10ー19 ソラヴィーノ その一

 オラは、ソラヴィーノと言うだ。

 貴族じゃねぇから、家の名は無いべさ。


 住んでいた土地と親父の名からオリゴッティのダヴァラの息子であるソラヴィーノって呼ばれていたんだが、オラは次男坊で、親父のが継げなかったで、15の成人を機に家を出て、新しくできた海の町とやらで一旗揚げるつもりでオリゴッティを出てきただ。

 オラも小さいころから親父のを手伝いながら育ったでぇ、船なら何とか扱えるんじゃなかろうかと思ったでよぉ。


 但し、オラの住んでいたリンダース侯爵本領の田舎町オリゴッティからは、海の町と呼ばれるウィルマリティモはえらく遠かったぞぃ。

 乗合馬車をいくつ乗り継いだからわからねぇほど乗っただが、ウィルマリティモの領主であるファンデンダルク侯爵様の本領カラミガランダの検問所で、入領の目的を尋ねられたで、オラは海の町へ行って船乗りになりてぇと正直なところをぶちまけただ。


 ほしたら、その文官様がオラに教えてくれただ。


「この書状を持って、領都の役所を訪ねて移民の手続きをなさい。

 そうすれば、ウィルマリティモまでの馬車に乗って無料でウィルマリティモへ運んでくれる。

 領都ヴォアールランドとウィルマリティモの役人には同じように目的を尋ねられるだろうけれど、今の通り応えれば問題は無い。

 ウィルマリティモでは、貴方が望んでいる職業に就くことができるだろうが、軍人になるか商船乗りになるか或いは漁師になるかをできれば予め決めておいた方が良いでしょう。」


 おらは、正直言って面食らっただ。

 軍人、それに漁師?


 何じゃい、それは?

 商船乗りというのは、多分と同じじゃろうけれど、海ってのは見たことが無いでようはわからん。


 オラの親父がやっていたは、言うてみれば人を船で対岸に渡す仕事じゃぁ。

 人を渡すついでに馬や荷物を渡すのも一緒にやっとるだが、あくまで人と一緒じゃなければならんべさ。


 海とやらも対岸に人を渡す仕事があるのじゃろうと思うておったんじゃが、商人というたら何かを売り買いする行商人のクラバス爺さんのような仕事じゃろうか?

 ひょっとして船を使って商売をするんかな?


 まぁ、馬車を使って大量の荷を運ぶ大手の商人もおるから、馬車の代わりに船を使うというのもあるのじゃろうが・・・。

 軍人というのは、船に乗る軍人が居るということかいのぉ。


 じゃが、オラは他の者よりも力はあるんじゃが、昔から気が弱いで争いごとは好かん。

 ウーン、軍人には成れそうにも無いべさぁ。


 漁師というのは、川辺で網を仕掛けて魚を取っているクラーグル爺さんのようなことを言うのじゃろうけど、クラーグル爺さんは流石に船で魚を獲ったりはせんかったべ。

 オラは船から魚を獲っているところを見たことが無い。


 ようわからんが、軍人は無しで、商人か漁師のいずれかを選ぶとして、向こうに行ったらまた改めて詳しい話を聞いてみるべさ。

 船乗りになると言っても、海もわからず、商人が何をするかもわからず、また船でどうやって魚を獲るのかも知らずして商人にも漁師にもなれめぇ。


 オラは結論を先送りにして、検問所の文官様が教えてくれた領都ヴォアールランドの役所へ向かっただ。

 検問所からその役所まで直通の馬車が出ており、文官様に貰った書状を見せるとタダで運んでもらえるようじゃった。


 うん、噂通りじゃな。

 領内への移住を希望してカラミガランダに入ると、移住先までは無料で運んでくれるらしい。


 同じ馬車にはオラと同じでファンデンダルク領で一旗揚げるつもりで出て来た各地の若者が一緒に乗っていただ。

 貴族の御曹司も居れば商人もいるし農民の子もいるべさ。


 なんとのぉ、貴族風の男の近くには行きたくなかったで少し離れていたが、別段絡まれることも無かったな。

 8名の移住希望者が乗ると馬車は動き出し、一刻ほどで文官様の言っていた役所前に着いた。


 着いたならばすぐに係の文官様の案内で受付に回され、そこで、また同様の質問があり、今度は苗字を持つように言われたでぇ。

 苗字と言われてもオラには無いで困ったが、受付の文官様は、では文官様の方で苗字をつけても良いかと言ってくれた。


 その時言われたのは、出身地を苗字にしたりすると後々面倒が起きる可能性もあるので、苗字は別にする方が良いということじゃ。

 確かにオリゴッティに住む者は他にもいるので、同郷とわかるのは良いにしても同じ親族と思われてはいかん場合もあるのじゃろう。


 オラがいちいち考えるよりは目の前の文官様に頼んだ方がエエ名をつけてくれるじゃろう。

 そう思って、文官様に苗字付けをお願いした結果、オラの名はソラヴィーノ・ブラウンとなった。


 何でも乱数表で与えられる苗字らしく、役所から同じ苗字が与えられるのは十万人に一人ぐらいなんだそうじゃ。

 何となく、苗字を貰ったおかげで偉くなったような気もするが、オラ自体は何も変わっとりゃせん。


 単なる気の所為じゃ。

 その文官様に、軍人、商人それに漁師の船乗りにどんな違いがあるのか教えてもらおうと思って尋ねてみたんじゃが、生憎とその文官様もウィルマリティモのことは良く知らないので、ウィルマリティモの役所に着いたら尋ねてくれと言われてしもうた。


 マァ、しゃぁあんめい。

 文官様は次のオラの予定を教えてくれたぞぃ。


 もう陽が傾きだしておるというのに、これからウィルマリティモへの直行便があるからそれに乗りなさいというのじゃ。

 おいおい、日が沈んでしまうのじゃないんだべか?


 日が沈んだら普通は旅なんぞはできめぇ。

 でも、文官様の言うことには逆らえんわな。


 下手に逆らえば、領外に放り出されるかもしれんだに。

 もう一刻もすれば日没かと思われる時分に文官様からもらった書面を手に、乗り場に向かった。


 そこで見たのは、一応馬車ではあるんじゃが、巷で評判の馬なし馬車じゃった。

 こいつはオラの親父でも運べない代物じゃった。


 村一番の大きな川舟を持っていたマーベリック爺さんとこが一手に引き受けていたな。

 結構重い上に、すごい高価な代物らしいのじゃ。


 万が一にでも、川の中へでも落としたら爺さんが首をくくっても間に合わんらしい。

 じゃからマーベリック爺さんも依頼が来るとびくびくしながら瀬渡ししていたぞぃ。


 その代わり実入りは良かったらしいが、マーベリック爺さん曰く、あんな依頼は貴族じゃなければ絶対断っているそうじゃ。

 まぁな、命がけで運ぶってのもなぁ、たしかに実入りが良くてもやってられんわ。


 いずれにしろ、ウィルマリティモへ向かうオラが乗ることになっていたのは、その馬なし馬車の大きめのやつじゃった。

 馬なし馬車の内部には座席が18ほどもついておる。


 御者席には2人、乗客が18名で20名乗りということなんかな?

 出入り口には御者らしき人が居って、書面を確認してから載せてくれた。


 手荷物は、床下に専用の物入れがあってそこに入れてくれたが、代わりに番号札を手渡してくれたんじゃ。

 降りるときにはその番号札が持ち主の証明書になるらしく、なくすなと言われただ。


 番号札と交換で荷物を引き渡してくれるらしい。

 今までの馬車は手荷物は自分で抱えているしかなかった。


 まぁ、金さえ出せば馬車の天井に載せてくれるらしいが、金持ちじゃない限りそうはせん。

 但し、手荷物というても限度があって、大きなものや重たいものは別に手荷物代を取られるんじゃ。


 オラの手荷物には、精々着替えと小物しか入っていないからそれほど嵩張ってはいないんじゃが、一応御者さんにお願いして預かってもらったべや。

 王都を過ぎた辺りから、気づいたんじゃが、オラの住んでいた侯爵領に比べると道がすごく良いんだべさ。


 道幅も広く、ようわからん何かで道が覆われておってすごく滑らかなんじゃ。

 途中まで一緒だった商人さんの話では、これは「舗装」というらしいぞぃ。


 この舗装道路が王都からずっとカラミガランダまで続いており、実はこの後もずっと舗装された道路だったんじゃ。

 そうして驚いたことにカラミガランダからは街灯がところどころについておるんじゃ。


 人気も無いところに街灯じゃぞ。

 大きな町では稀に見かけたこともあるが、王都でも街灯のついている場所と言えば、身分の高い人や大商人が住んでいる区画だけのはずじゃ。


 それが何もない山野の道路に点々と付いておるというのは、魂消た話だべさ。

 そいでもって、馬なし馬車の速いこと速いこと。


 今まで乗った馬車の速度が蝸牛カタツムリかと思えるほど早いんじゃ。

 窓から見える風景が飛ぶように後ろに流れていて、それを見ているだけでオラの目が回ったべさ。


 ウィルマリティモに着く前に、シタデレンスタッドという大きな城塞都市に入り、検問所を通過するといきなり地下に続く洞窟に入った。

 いや、洞窟ではないな。


 人が造った隧道ずいどうと言うらしいぞい。

 結局ウィルマリティモに着いたのは、夜更けじゃった。


 隧道を出て外に出たときに星が瞬いておったが、驚くべきはウィルマリティモが不夜城だったことだべさ。

 街灯が至る所についておって、暗いところを探す方が大変なくらいじゃ。


 夜更けじゃというのに役所は人が動いておった。

 そこで手続きをし、ようやくオラもウィルマリティモの住人として認められたのじゃ。


 その際に、商人と漁師の船乗りの違いについて聞いてみた。

 ウィルマリティモでは船乗りになるためには学校に入らねばならんらしい。


 商人だと2年間、漁師だと1年間の研修の後で然るべき免状と許可状を貰ったら商船の船乗り、若しくは漁船の船乗りになれるらしい。

 因みに軍人の場合は3年の研修訓練があるようだ。


 単純に言って動かす船の大きさが違うので、研修期間も違うのだそうだ。

 オラが知っている川船で一番大きな船はマーベリック爺さんのとこの船じゃが、長さが12イード、幅が4イードのはしけじゃな。


 両側に渡した綱を艀に乗った人夫が手繰り、対岸で待ち受ける者が別の綱を引いて対岸に渡す方式じゃから荷が重いと何人も人夫を使わねばならんやつじゃ。

 オラの親父がやっていたような魯櫂船の渡船(4イード型と6イード型)とは違うんじゃ。


 じゃが、ウィルマリティモの船は、それよりも大きなものが多いらしい。

 一番小さな釣り船型の漁船でも長さは8イードほどと親父が持っていた船よりも大きそうじゃ。


 大型の漁船になると全長が12イードを超えるものが多く、外洋船?(良くわからん)になると30イードを超えるものもあるんじゃそうな。

 こいつには運航要員以外にも20名以上もの水夫が乗るというからたいそうな船じゃな。



 商船になると更にでかくなり、50イード型、65イード型もある様じゃ。

 そんなにでかいものを一体どうやって動かすんじゃろうと思ったぞぃ。


 いずれにしろそこで決めずとも良くって、またまた、書面を貰って船員の養成学校を明日訪ねることになった。

 船員養成学校では三か月間の基礎研修の後で、軍人、商船乗り、漁船員のいずれかのコースをを選ぶことになるんじゃそうな。


 いずれにせよ、オラのこれからの方向付けは決まった。

 今晩はお役所が斡旋してくれた宿で泊まることになる。


 ついでに言うと宿代も飯代もタダなんだと。

 但し、ウィルマリティモの市民の義務としてしっかりと研修訓練に励み、良き市民として職に就きこの地に定住しなければならんらしいぞぃ。


 市民としての義務に反したままだといずれは鉱山に送り込まれて、強制的に働かされるそうじゃ。

 オラはそんな鉱山奴隷のようなことはしたくないから、この新天地で一生懸命頑張るつもりだぞぃ。


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