10ー2 バイフェルン家 その二

 ところでシレーヌには実の妹二人と弟がいる他に、義理の弟妹で男の子二人と女の子一人がいる。

 義理の弟妹は側室の子だが、兄弟たちの仲は良いようだ。


 因みに、義理の弟妹は、側室エレノアの子で、次男がオズワルド10歳、三男がブリングス8歳、四女がサディア6歳である。

 実妹である次女のミレーユは既に他家に嫁いでおり、バイフェルン家にはいない。


 昨年16歳で同じ派閥の子爵家へ嫁いでいったのだ。

 これまでは遠隔の地にある場合、領主の身内の結婚式だからと言っても、式への参列もままならなかったのだが、馬なし馬車が徐々に貴族に普及しつつあるために、今後は貴族領主の参列も多くなるかもしれない。


 残念ながら、ミレーユ嬢の結婚式にはいろいろと理由もあって、俺は出席せず、シレーヌが出席し、祝いの品を届けている。

 そうしてまた、バイフェルン伯爵には側室が一人だけで一般的には側室の数が少ないと言えるだろう。


 極稀にではあるが、側室を持たない貴族もいるのだ。

 因みにバイフェルン伯爵には、第三子で嫡子のカール15歳が居り、側室の子ながら次男、三男も控えているので、世継ぎの問題は今のところない。


 仮にカールやその下の次男、三男に万が一の場合があった場合は、俺とシレーヌの子、九男のイサクを養子として迎えたいという内々の話が、イサクが生まれたときにあった。

 当然にシレーヌやコレットとも相談の上、一応の内諾を与えているところである。


 ファンデンダルク家に限って言えば、少なくとも世継ぎが居なくて困る事態にはなり得ない。

 四男セシリオが嫡男として辺境伯家を継ぐような可能性は極めて低いものの、一般的な貴族の考えで行けば、養子には出しにくい継承順位にある。


 その辺も考慮の上でのバイフェルン伯爵からの申し入れだった。

 バイフェルン伯爵の末っ子のアネットも既に婚約が決まっており、おそらくは二、三年後には他家に嫁いで行くことになるだろう。


 嫡男カールも既に婚約者が決まっている様だ。

 お相手は、ブレグナン伯爵家の次女マレナ嬢と聞いているが、俺自身は直接会ったことは無い。


 但し、親戚づきあいの範疇になるので、デルタ型ゴーレムにより情報は得ている。

 マレナ嬢は13歳であり、末っ子のアネットよりも数か月だけ年上のようだ。


 性格は温厚であり、ブレグナン家の教育の所為か非常に礼儀正しく几帳面な性格で、社交性もあるようだ。

 少なくとも次代のバイフェルン家に嫁ぐのに当たって不安材料はなさそうだ。


 シレーヌの元婚約者であったマクレガーのように、妙な人物に育たなければ今後とも大丈夫だろう。

 因みに、件のマクレガーは、シレーヌを襲撃した罪により鉱山奴隷として服役していたが、俺とシレーヌが結婚して二年後には亡くなっていた。


 鉱山奴隷は過酷だと聞いているが、二年で死んだのはそもそもが体を鍛えていなかった所為じゃないかと思っている。

 鉱山奴隷で五年以上も身体が保つ者はなかなか居ないのだが、普通の冒険者や騎士ならば三年は保つらしい。


 働かせる鉱山監督側でも、労働者に簡単に死なれては困るから鉱山奴隷とは言いながらも最低限度の生活保障はしているようだ。

 その意味では、早死にしたのはマクレガー本人の所為に違いない。


 シレーヌの弟妹であるカールやアネットには四、五年ぶりに会ったのだが、年相応に成長していた。

 ウチの子らのように目立つオーラは持っていないが、二人ともに良い色合いで程々の大きさのオーラが見て取れるから、順当に成長したと思える。


 このオーラという奴はある時期から見え始めたので俺もそれだけ成長しているということなのだろうが、すごく便利だぜ。

 オーラの色は人の感情を反映するし、大きさや輝度で概ねその人物の能力がわかるようになる。


 俺の場合鑑定能力でより詳細な能力はわかるのだが、鑑定を掛けずとも見ただけでおよその力量がわかるのは色々な面で都合がいい。

 例えば敵対勢力であれば、初めに頭を潰せば後は烏合の衆になることが多い。


 しかもパッシブなスキルのようだから相手に気づかれる心配がない。

 例えば、アムールやマーレィぐらいになれば鑑定を掛けただけで気づかれるし、鑑定そのものが弾き返される。 


 余計な話になったが、カールやアネットに対して特段に俺の方から話すことは無かったのだが、カールが盛んに俺の領内の様子を聞きたがっていた。

 対外的に秘密にしていることは別として、できるだけの情報を教えてやった。


 カールの質問に答えて色々な話をしている時には、必ずアネットが近くで聞き耳を立てていたようだ。

 将来的に領地経営に役立てようという意図が透けて見えるのだが、ある意味で怖い話だよね。


 十代半ばで貴族らしい雰囲気をこの弟妹二人が持っているんだ。

 能力的にどうかということは別としても、この二人ならば貴族社会でもたくましく生きて行けるだろうと思ったぜ。


 その夜、皆が寝静まった頃合いで、俺はちょっとお出かけだ。

 同衾しているシレーヌにはちょっとした魔法をかけてぐっすりと寝てもらっている。


 俺が転移魔法で向かったのは、バイフェルン伯爵の加増領地となったビエスカス地方だ。

 ここには未だ表面に出てきていない不穏分子が徒党を組んでいる。


 情報元のδデルタ203号によれば、この徒党のボス的な人物が、元ジェファーソン子爵の代官であったグレッグ・ロベールである。

 騎士爵を持っていたが、ジェファーソン子爵家の失脚とともに職を失い、今現在は浪人であるが、反逆者となった元子爵家所縁の者として知られているので、就職は難しいのである。


 既に妻子は離縁して実家に帰らせているために身軽であるが、まぁ、就活もなかなか難しく止むに止まれぬ事情という奴だろう。

 ビエスカス地方の寒村ムルドアに居つき、村長の下働きのような仕事をしている。


 ムルドア村長は、曰く因縁があって代官時代に甘い汁を吸わせたうちの一人であった。

 その為に村長のところに転がり込んだ時には、村長が断り切れなかったという事情もある。


 グレッグは、少なくとも代官をやっていたぐらいなので、村長の手代として使う分には優秀な男であった。

 そして、グレッグ自身はいずれ村長を排して自分が実質的な村長になるつもりでいたのだが、そんな緩やかな計画とは別に、自らの人生を狂わせた国王派の貴族に対して反感を募らせていた。


 今のグレッグが領主であるバイフェルン伯爵に正面から立ち向かうのは無理だが、搦手からめてならば可能性もあると思っていた。

 グレッグが接触したのは、元闇ギルドの構成員であったのだが素行が悪く闇ギルドから追放されたガレシアである。


 過去において、ジェファーソン子爵の命により裏組織である闇ギルドとの接触も何度かあり、その折に、ガレシアと面識があった。

 ガレシア自身は、表向き、仕事で必要な場合以外は、対象者から勝手に盗みを働いてはならないという掟に反したために闇ギルドから追放されたのだった。


 闇ギルドの構成員としてはかなりの力量もあったが、普段から仕事でもないのに盗む、犯す、殺すと盗賊さながらの悪行続きであったために、流石に幹部の目に余り追放処分となったのだ。

 そんなワルではあるが、ガレシアとグレッグとは馬が合った。


 生憎とガレシアが闇ギルドを追放されたのは五年以上も前の話なので、ファンデンダルク伯爵及びその身内周辺には手を出すなという闇ギルドの通達は知らなかった。

 まぁ、それでも蛇の道は蛇というぐらいであるから、顔見知りから噂話でという程度の情報は入手していた。


 グレッグとその同志がなけなしの金をはたいてガレシアに依頼したのは、バイフェルン伯爵の当主と世継ぎを殺害することだった。

 ジェファーソン子爵の再興は無理である。


 ジェファーソン子爵本人が処刑され、嫡男を含む一家は国外追放処分になっている。

 グレッグにしてもジェファーソン子爵はともかく、その家族に対しては左程の恩義は感じてはいない。


 しかしながら、せっかく築き上げて来た自らの地位と権勢を、奪われたことに対しては我慢がならなかった。

 そもそもが上が変わっても地方の役人などはそのまま継承されるのがこれまでの子爵領の慣行だった。


 にもかかわらず、バイフェルン伯爵の領地に変わった途端に、問答無用で代官も首を切られたのである。

 その措置に恨みを抱いたのはグレッグ一人ではなく、旧ジェファーソン子爵の代に仕えていた四人の代官等の内、三人までが首を切られていて、同様の不満を抱えていたことから、その三人がなけなしの金をかき集めてバイフェルン伯爵の暗殺を企んだのだった。


 しかしながら、その依頼を受けたガレシアが仕込みの準備を行っている最中に、ファンデンダルク卿がバイフェルン家を訪れたことを知った。


--噂では、ファンデンダルク卿には手を出さない方が良いとのことだったが・・・。

--その側室の一人を出したバイフェルン家はどうなの--


 そんな不安が一瞬ガレシアの脳裏をかすめたが、いずれにしろファンデンダルク卿が滞在する間は動かないことを決めた。


 しかしながら、その警戒は無駄であった。

 その夜寝台でガレシアは酸欠に陥り、人知れずアジトで死体となっていた。


 同じく、旧ジェファーソン子爵領に散らばっていたグレッグとその仲間二人も翌朝に目覚めることは無かった。

 いずれも周辺の酸素を奪われ一瞬にして気を失い、五分後には絶命していたのである。


 リューマが自ら出向いて処分したのだった。

 翌朝、朝食を頂いてからリューマとお付きの者はカラミガランダの本宅へと戻っていった。


 シレーヌとその三人の子たちは、バイフェルン家にしばし逗留することになる。

 さて次は、第三夫人のマリアの実家、ヘイエルワーズ子爵家だが、一応一月だけ空けて行く予定だ。


 本来は四半期程度遅らせたいところなんだが、ヘイエルワーズ子爵領の様子があまり宜しくない。

 実のところ、リューマとしてはバイフェルン伯爵のところよりもヘイエルワーズ子爵領を優先したかったのだが、世間体もあり、側室の順番に訪問を決めた。


 まぁ、余り状況はよくないけれど、今すぐということにはならないからそのまま監視だけ続けている。

 本当に危ういとなれば人知れず敵性分子を殲滅するつもりではいる。

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