9ー16 海龍との会合 その二

 海龍の疑問に答えるために、俺も飛空艇から転移してサンゴ礁の砂浜に降り立った。


『ヒト族?

 ほう、大きなオーラを持つのぉ。

 お主ほどのオーラを持つものは見たことがないが・・・。

 何者だ。』


『初めまして。

 海龍さんには初めてお目にかかるけれど、私はリューマ。

 長ったらしい名もあるが、単にリューマで覚えてくれれば良い。

 私はアムールの盟友だ。

 アムールとは呼び名に困ったので私がつけた名だよ。』


 海龍さんの深い青緑の瞳がちょっぴり光ったね。


『盟友・・・。

 我ら龍種にヒト族の盟友とな?

 黒龍よ。

 左程さほどにこのリューマとやらは力ある者なのか?』


『実は、我の棲み処に近いところにも徐々にヒト族が住み着いてきた。

 余り我の棲み処に近づくようならば、その存在を消そうと思っていたが、このリューマが大きな都市をわずかの間に作ったのを見て、その気を変えた。

 我も黒龍なれば、ヒト如きに負けるつもりはサラサラ無いが、リューマと争えば我とて無傷では済まぬと判断したのじゃ。

 それで我からリューマに会いに行き、縄張りの協定・・・、確かの盟約とかいうものを結んだのじゃ。

 我の領域を侵さぬ代わりに、我もリューマの領域を侵さぬとな。

 但し、リューマ以外の他の人族のことならば知らぬし、迂闊に領域に入った者は殺す。

 じゃによって、取り敢えずは、リューマと我だけの盟約のつもりであったが、リューマの子らと会って、リューマのみならず、その子らとも盟約を継続することに決めた。

 リューマの嫁女達は、ヒト族としてはそれなりの能力も持っておるが、我らが脅威を覚えるまでのことはない。

 だが、リューマの子らは凄いぞ。

 このまま成長すればリューマをさえ凌ぐやもしれぬ。

 それにな、リューマは転移魔法が使える。

 その能力を使われれば我でも勝てるかどうかは怪しいぞ。

 何しろ隣の大陸からここまで一跳びで来られる。

 海龍よ。

 お主でも左様な力は持っておるまい?』


『おうよ、さすがに転移魔法は使えぬわ。

 その昔、大賢者と呼ばれたハイエルフのスワビーが行使できたとされる伝説の魔法じゃろう?

 我の記憶では、そのスワビーですら目で届く範囲を跳ぶのがやっとであり、一日に二度も使えば魔力が枯渇すると聞いている。

 なのに、大陸を跨いで飛ぶとは、・・・。

 まことのことか?』


『我は昨夜リューマの屋敷で泊まり、朝飯を食べてからここへやってきた。

 跳ぶのは一瞬のことだったぞ。

 瞬きする間に大陸を跨いでおったわ。

 そこからこの地に来るまでは、何やら空を飛ぶ魔道具で参ったが、転移魔法なればリューマが一度訪ねた場所ならばいつでも行けるそうな。

 空を飛ぶことのできる我でも大陸を渡るには半日ほどはかかろうものを、ほんの一瞬じゃぞ。

 お主ならば隣の大陸に如何ほどで着ける?』


『周囲に及ぼす迷惑を考えねば、およそ2日かのぉ。

 大波などを起こさずに移動するとなれば、7日程度は間違いなくかかろう。

 で、転移魔法はともかく、リューマとやら、この我に取り付くモノを取り除く方法は無いのか?』


『正直なところ難しいですね。

 そこに取り付いたモノは、邪神イフリスの欠片かけらと推測しています。

 不完全な邪神とは言いながらその力は強く、仮に海龍さんが乗っ取られれば、ここにいる黒龍のアムールでも退治は難しくなり、むしろ返り討ちに遭う可能性は高いですね。

 ですから未だ力を持たぬうちに退治する方法が一番なのですけれど・・・。』


『それは今ならば退治できるということか?』


『多分、その通りなのですが、海龍さんとその邪神の欠片は、同化して一体です。

 その邪神の欠片を退治することは、同時に海龍さんも滅することになります。』


『それでもかまわぬ。

 このまま放置すれば二年後か三年後には我の意識は消滅し、邪神とやらに乗っ取られる。

 そうなってからでは、我の統べる海の安寧は図れなくなる。

 ならば不甲斐なきモノ共なれど、我の眷属達に後を委ねるしか方法はあるまい。

 アムールができぬというなれば、・・・。

 リューマよ。

 其方に頼む。

 我を殺し、同時に邪神の欠片を葬ってくれ。』


『うーん・・・。

 そこまでの覚悟があるならば、俺にその命を預けてください。

 失敗するかもしれませんが、もしかすると千分の一、或いは、万分の一の確率で海龍さんを助けることができるかもしれません。』


 アムールが尋ねてきた。


『リューマよ。

 不可分一体のものを一方だけ退治して一方を生かすとはどのような方法じゃ?』


『あまりやりたくはないのですけれどね。

 海龍さんの角を切り取ります。』


『馬鹿な。

 そのようなことをすれば、海龍は死ぬぞ。』


『そうですよね。

 でも即死ではないでしょう?

 海龍さん、角を切られてどの程度生き永らえますか?』


『これはまた異なことを・・・。

 試したことは無いでな。

 良くはわからぬが、我に行き渡っている魔力とその消費率から見て・・・。

 我が動かずば、早くて半日、長ければ三日程度は持とう。

 但し、おそらくは動かずにはいられまいと思うぞ。

 ヒト族で言えば心の臓を切り取られるようなものじゃ。

 動けるならば暴れまくるに違いない。』


『なるほど・・・。

 暴れるのは困りますね。

 それだけ体力も使うでしょうし・・・。』


 さてさて、この巨大な海龍に暴れられると本当に困る。

 角を切断した後は、こちらの事情で海龍に暫くじっとしてもらわねばならん。


 海龍を拘束するにはどうしたらヨカンべかな?

 しばし考えた末に、俺は黒龍とゴーレムに頼んだ。


「海龍の助命措置を施した後は、その成否にかかわらず、多分、俺がぶっ倒れるはずなので、黒龍とゴーレムは俺を飛空艇の中に収容してほしい。」


「フム、それはわかったが、いったいどうするのじゃ?」


「海龍さんの角を切り、俺が回復魔法をかけて角を再生させる。

 但し、それだけの魔力があるかどうかがわからん。

 失敗すれば海龍さんは死ぬが、うまくすれば生き残れる。

 そこは大きな賭けになるが、少なくとも海龍さんごと消滅させるよりはましだろう。」


 ここまでは会話で話していたのだが、黒龍とのやり取りを聞いていたのだろう。

 海龍から念話が届いた。


『我はとうに死も覚悟しておる。

 失うものは何もない。

 リューマの思う通りやってくれ。』


『わかった。

 海龍さん、いずれにせよ不快な思いと痛みはあるだろうがしばらく我慢してくれ。

 では始める。』


 俺が最初に行ったのは、サンゴ礁のある岩盤の基部深くに海龍を転移することだった。

 海底の岩盤の奥深くに放り込まれた海龍は、周囲を岩で囲まれて全く身動きができない状態に陥ったはずであるが、達観しているのか左程パニックにはなっていないようだ。


 次いで一呼吸おいてから海龍の角を根元近くから切断、切るというよりは空間の断裂で切り離した角を例の虚数i空間に送り込んだ。

 これで、取り敢えず邪神の欠片の措置は済んだことになる。


 次いで、海龍を岩盤ごと俺の亜空間に放り込み、回復魔法をかけた。

 回復魔法というより組織再生の魔法なんだが、リサ(旧名アリス)の再生の時と異なり培養液で育てるわけじゃないから、ゴリゴリと俺の魔力が大量に消費されて行く。


 2mほどの角を何とか再生し終わった時には、俺は完全にブラックアウトに陥っていた。

 次に俺が気づいたのは、サンゴ礁に着陸している飛空艇の中であり、外はものすごくきれいな夕焼けだった。


 隣の座席では人化したアムールが心配げに見守っていた。

 俺が完全に目覚めたと知って、アムールが訊いてきた。


「海龍はどこに行った?

 もしや消滅か?」


「いや、海龍さんは、俺の亜空間の中にいる。

 でももうちょっと待ってくれ。

 俺の魔力がもう少し回復したら、この礁湖の中に戻す。」


 それから概ね二時間ほど待って魔力が5割ほどまで回復したので、海龍を礁湖に戻すことにした。

 大波ができるかもしれないので、飛空艇は20mほど上空に避難させといた。


 そうして海龍を礁湖の真上5mほどに転移させた。

 当然に大波がサンゴ礁を襲う。


 本日二度目の津波だが、サンゴ礁に生きる動植物にとってはいい迷惑だったよな。

 ゴメン。


 すかさず、黒龍が念話を送った。


『海龍よ。

 大丈夫か?』


『おう、黒龍か?

 流石に我も死んだかと思うたぞ。

 何やら岩の中に閉じ込められたと思ったら、一瞬のうちに角を切られた。

 全く身動きできない状況下で、これまで一度も感じたこともない強烈な痛みで気も狂いそうだったが、そのうちに何故か痛みが薄らいで行きおった。

 左程の時間も経たずに全く痛みを感じなくなったが、その後も一向に動けぬ状態であったぞ。

 何とはなしに、角が元に戻っている感覚を味わってはいたが、リューマがしばらく我慢してくれと言うていたでな、そのままじっとしておった。

 それから半日も放っておかれるとは思わなんだが、ようやく出してもらえた。

 今のところ全く不具合は無いぞ。』


『そうか、それはよかった。

 我もお前がいなくなっては寂しいでな。

 生き残っていてくれて本当にうれしいぞ。』


『リューマよ。

 我を救ってくれてまことにありがたく思う。

 何か欲しいもの或いはして欲しいことは無いか?

 我でできることならなんでもするぞ。』


『いや、とくには無いよ。

 これからもうまいこと海を統べていてくれていたなら、それだけで俺はうれしいよ。』


『そうか・・・。

 なれば今回のことは「借り」にしておこう。

 そうして今一つ我から頼みがある。

 黒龍と同様に我にも名前を付けてはくれぬか。

 黒龍に名があって我に名がないのは、差がつけられているようで何とのう嫌じゃ。』


『名前ですか?

 ウーン、海を統べる海龍さんなら、・・・。

 海にちなんで「マーレィ」はどうですか。

 俺の故郷のとある場所で海という意味合いのある言葉です。』


『フム、マーレィか。

 面白き響きのある言葉じゃな。

 その名でよい。

 アムール、我の名はマーレィじゃ。』


『うん、わかったぞ。

 マーレィ、リューマの身内が帰りを待っておるでな。

 今日は帰らねばならぬが、そのうちに我はまた来る。』


『おう、アムールにも感謝をせねばな。

 我とリューマを引き合わせてくれた。

 リューマよ。

 今度は、其方の子らも連れて来るがよい。

 ここの砂浜は子らが水辺で遊ぶには最上の場所じゃぞ。

 ヒトに危険な生物は近寄らん。』


『なるほど、機会があればお邪魔するかもしれません。

 では、いずれまた。』


 海龍との会合はこうして終わった。

 邪神の欠片もこれで一応は退治できたように思う。




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