8-3 カルデナ教

 私は、グラデル・ド・ハミュエル。

 カルデナ神聖王国の法王エリダヌス二世に仕える第二階位枢機卿であり、普通の王国であれば侯爵位に相当する地位にある。


 教団で私のような枢機卿の役職にある者は、他国に対してはその地位を秘匿し、司祭若しくは司教という触れ込みで他国へ出向する。

 私は7年前にジェスタ王国で唯一布教が許されたリグレス伯爵領の司祭として出向し、敬虔なカルデナ教徒である先代の伯爵夫人であるバーブラ殿の後見を受け、5年前には前任者であるカールベイン司祭も成し得なかった領都バードブルグに教会建設と領内布教の許しを得たのである。


 私が赴任した時点では領主館内にある礼拝所聖堂のみがあっただけだった。

 仮にも枢機卿である私が、こぢんまりとした館内の礼拝所のみを取り仕切るなど有ってはならないことである。


 私には神から与えられたと思われる特殊な能力がある。

 特定の者を洗脳し、私の望むことをさせることができるのだ。


 但し、この神から授かった能力は便利ではあるが使いにくい。

 永続性が無いのだ。


 一時的には人を支配下に置けるが、その効果は半日ほど続いて消える。

 だからあまり無理はできないのだが、少なくともその時はそう思ったと思わせれば、色々なことができるのだ。


 例えば支配下に置いた状態で無理なく契約書を交わすなどの手法で相手に義務を課す方法である。

 カーマイケル・ヴィン・リグレス伯爵に対しても用いた方法であり、契約書ならぬ誓約書を書かせて、一日経って伯爵から思い直して撤回したいとの申し出があったが、そこは御母堂であるバーブラ・リグレス殿が上手くけん制してくれた。


「カーマイケル、貴方は仮にも神に誓約したのですよ。

 それを破棄するなど有ってはならないことです。」


 おそらく、先代の伯爵が生きておられる頃ならば同じようなけん制は効果が無かったであろう。

 バーブラ様が輿入れした際は、バーブラ様の信教の自由を保障するという約状だけで、領内での布教活動までは許されてなかったのである。


 従って、領主館内に礼拝所を設け、そこにカルデナ教の司祭を招き寄せ、バーブラ様が毎日礼拝することだけは許されていたのである。

 しかしながら、前伯爵亡き後、跡を継いだカーマイケル・ヴィン・リグレス伯爵は、アルノス教も信奉しているが同時に御母堂様の影響でカルデナ教にも片足を突っ込んでいる状態なのだ。


 現伯爵を強制的に改宗させることは難しいが、徐々にその影響を強めることはできる。

 これはある意味長期戦なのだが、私がこの国にいる間に伯爵領を足掛かりにジェスタ国全てをカルデナ教団の色に染めることが私の野望である。


 一方で、最近、気になる情報を入手した。

 隣接する領地ではないが近傍の領地であるカラミガランダとランドフルトの領主に収まったリューマ・ヴィン・アグティ・ファンデンダルク伯爵は、ジェスタ国において多大な貢献を成したことにより市井の者が伯爵にまで成り上がった稀有な存在である。


 王家一族の危機を数度にわたって救い、王都への黒飛蝗襲来に際しては身を挺して大魔法でその大部分を殲滅して王都の滅亡を救った英雄でもある。

 また、最近起きたデュホールユリ戦役でも武勲を立てたとの噂であるが、詳細は知らない。


 ファンデンダルク卿は、ジェスタ国西方に拡がるゼルベルト魔境の開拓においても、シタデルンスタッドやウィルマリティモという都市をわずかな期間で建設した類稀な能力の持ち主でもあるらしい。

 私の手の者が、現地調査のためにシタデルンスタッドまで赴いたが、生憎と都市の中までは入れなかったようだ。


 どうも身分を詐称していると、大門での魔道具による審査が通らずに入域を許可されないようだ。

 それでもシタデレンスタッドに出入りする商人などから得た情報によれば、シタデルンスタッドは、47平方ケールを超える広さ(三重県鳥羽市或いは茨木県鹿嶋市と同程度)を持った円形の城郭都市であり、その高く厚い周囲の城壁は10万の大軍をもってしても落とせないほどの堅固さを見せているという。


 機会があれば私も一度見てみたいものだが、生憎と他の領での自由行動が許されていないことが足枷となっており、自由には探索もできないのが実情だ。

 そうして何よりも、ファンデンダルク伯爵領から見て東に位置するリグレス領は、西の果てであるシタデレンスタッドまではかなり遠い。


 近頃、市井でも話題の馬なし馬車があれば非常に便利なのだが、リグレス伯爵の手に入るのは1年以上も先の話の様だ。

 リグレス伯爵は中道派に属し、主流の国王派から外れているので、申し込みは早かったようだが優先順位は下げられているようだ。


 しかも、馬なし馬車を生産しているのはファンデンダルク卿自身のようで、年間に8台しか生産できないというから一般に普及するにはまだまだ後の話だろう。

 できれば二台購入して一台は私専用に、もう一台は法王様に献上したいと思うのだが、流石に高額なためにバーブラ様にもご無心できない。


 仮に経費が補填できたにしても、領主以外の者が入手できるのはかなり後になそうである。

 そうして気になる情報とは今のところ噂の類にしか過ぎないのだが、以前、ファンデンダルク卿がエステルンド砦を訪れた際に、瀕死の重傷となり得る深手を負った者多数を治癒魔法で治したとの情報である。


 初級魔法のヒール程度なれば、稀に冒険者で使える者もいるが、その場合は精々三人も癒せれば上々であり、教団の上位聖職者でも続けて五人とか、一度に三人とかはかなり難しい。

 しかも重傷者の治癒は初級のヒールでは難しいのだ。


 カルデナ神聖王国でも重傷を癒せるほどの力量を持つ者は三人しかいない。

 そもそも治癒魔法は聖職者にこそ与えられるべき能力であるとの見識から、その能力の兆候があれば少なからずいずこかの教会に取り込まれるのが普通である。


 幼少期に発現が無く、少年期若しくは青年期に能力の発現があった者は、往々にしてその能力が低いと言われている。

 従って、カルデナ神聖王国に限らず、いずこの教団でも治癒魔法の使い手がいないかどうかについては、幼子であっても目を凝らして探している現状なのだ。


 聞くところによると、ファンデンダルク卿の出自は大陸東方の島国出身の平民であるらしいから、幼少期・少年期に教会の手が及ばぬ地域に居たのかもしれぬ。

 私も大陸の東の果てには未開の島嶼があり、異文化の民族が住んでいると聞いたことがあるが、流石にカルデナ神聖王国の手はそこまで伸びてはいない。


 蛮族を改宗させるよりも、ある程度進んだ文明を持った地域に根を張って布教する方が便利であり、かつ、神聖王国への貢ぎ物も豊かなのである。

 蛮族の住まう地域は労多くして功成らずの感が強いのだ。


 そうした辺境地域の布教には、新アルメラニア教団ノウスラ派が非常に熱心と聞いており、必要があれば、彼らが開拓した後を根こそぎ奪えばよいのだ。

 我らが苦労してまで手に入れる価値は今のところないだろう。


 いずれにせよ、ファンデンダルク卿が治癒魔法の使い手であることが真の話であれば、是非にもわがカルデナ神聖王国に属すべきである。

 それこそがカルデナ神と法皇様の御心に叶う唯一の方策である。


 しかも、ファンデンダルク卿の築城技術、治世能力、産業振興能力は極めて高く、錬金術・薬師の能力も高いという評判だ。

 カルデナ神聖王国が、彼の力を得ることができれば鬼に金棒であろう。


 何としてもファンデンダルク卿を取り込まねばならぬ。

 さて、その方法だが・・・。


 私が直接には動けぬ以上、ここはカルデナ神聖王国の至宝組織デ・ガルドを使うべき時だろう。

 彼らが持つ多彩な能力ならば、ファンデンダルク卿を取り込むこともたやすいはずだ。


 法皇様にお願いしてデ・ガルドの出陣を請い願うことにしよう。


 こうしてホブランドに巣くう闇組織がまた一つ動き出す。



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 12月12日 一部字句修正を行いました。

 1月11日 一部字句修正を行いました。

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