第七章 面倒事の始まり
7-1 盗掘を試みる者
王宮魔術師団次席魔術師であるジョルジュの巧妙な機密漏洩により、古代遺跡の存在を嗅ぎつけた王弟派の連中は、エクソール公爵の指示により闇でこそこそと動き始めていた。
俺はインセクト・アイと蟲使いのハイジからの情報でその動きを察知していた。
王弟派の中堅処であるヴェイガン子爵が命により秘密裏に動いていた。
ヴェイガン子爵は、先祖から十二代にわたって続く領主であり王都の北北東に領地を構える五十路の古株貴族だ。
ジョルジュの情報により、ほぼ無駄と知りつつも、万が一もあろうかと確認のためにランドフルトの遺跡を無断で発掘しようとしているようだ。
実際のところ、普段は巡視警戒もまばらな無人の丘陵地帯の一角であるし、二日前に定例のラドレックに駐屯するファンデンダルク家黒揃え騎士団による訓練を兼ねた巡視が終わったばかりである。
通常であれば、この後一月以上も巡視は行われない。
そうした動きを従前から察知していたらしく、冒険者や商人に身をやつした者20名ほどがラドレック近郊の村に分散して入り込んでいる。
但し、その動きはある時点から俺が高々度定点監視ドローン(静止衛星程高所にあるわけではない)で直接チェックをしている。
俺の脳内センサーに連動させていつでも確認ができるようにした。
隠密行動を行っている者達のリーダーは、ヴェイガン子爵の騎士団幹部でもあるウォルヴォリフという騎士爵だ。
配下は、一人を除いて全員がヴェイガン子爵の騎士である。
残り一人は、騎士ではなくヴェイガン子爵お抱えの魔術師のようである。
ヴォアールランドやラドレックなど都市部に入るには、門前で身分確認も厳重に行われるが、地方の村では左程厳格ではない。
因みに各地にあるギルド発行の証明書さえあれば、冒険者や商人で通ってしまうのである。
流入者が多いので治安維持のために、不審な者は可能な限り事前に排除するためである。
その門衛でのチェックを避けるために、不審者たちは近郊の村に散在しているのである。
ベルム暦726年中秋前月10日の日没後、奴らが密かに動き出した。
半時遅れて黒揃え騎士団の特命隊40名がフル装備で俺の指示により動き出す。
古代遺跡のある場所は、ラドレック近郊とは言いながらラドレックから徒歩では2時間余りかかる距離である。
奴らは2時間ほど先行している筈だが別に構わない。
そもそもが、あからさまに立ち入り禁止の立て札をし、柵と縄で囲った場所は、遺跡の場所ではない。
掘り返した痕跡だけを残した全く別の場所である。
奴らが事前に調査した際に偽装した場所を見つけさせているので、実際の場所は更に2ケールほども離れた場所にある。
掘り返した痕跡とともに立ち入り禁止の立て札があれば、ここ以外の場所とは疑うまい。
何せ実際に遺跡に案内されたジョルジュは、俺の馬無し馬車で運ばれたから正確な方位も距離も知らないままなのだ。
俺が案内したから遺跡入口に
奴の日記には大まかな方位と大まかな距離(俺が作為的に教えてやった偽の位置)が書かれているだけだ。
注意マーカーのついているジョルジュがわざわざ尋ねてきたので、虚偽の場所を教えてやったわけだ。
どうせ入る資格など得られない奴に正確な位置を教える必要も無いからな。
で、盗掘を意図している奴らはその情報だけを頼りに動いているのだから偽の遺跡地点に導かれるのは当然のことだ。
奴らが誘導された場所でいくら掘っても何も出ては来ないから、おっとり刀で大捕り物に行く騎士団にも十分に時間はあるわけだ。
装輪装甲車二台、大型馬無し馬車二台で騎士達を輸送し、偽の発掘地点から1ケール北西、北東、南西、南東の四か所に各10名を配置した。
そうして時刻は略アラ9の時(午前1時過ぎ)、奴らが立てた見張り四名の周囲から酸素を奪って一気に制圧、網を絞るように偽の発掘跡を急襲した。
俺が打ち上げた光属性の魔法による照明弾で周囲500mほどが強い光にさらされた時、泥まみれになりながら懸命に穴を掘っていた17名は周囲を完全に取り囲まれ逃げ場を失ったのである。
俺も黒揃えの扮装で現場に居たのだが、ここは黒揃え騎士団中隊長を前面に押し立てて、一応の言い訳を聞いてみる。
「ここは、ファンデンダルク伯爵領であり、なおかつ立ち入りを禁止されている場所だが、それを承知の上で斯様に大穴を掘っている貴様らは一体何者だ?」
慌てながらも不審者のリーダーは一応の言い訳をする。
「
かれこれ50年以上も前になりますが、ランドフルトが王家直轄領になる前の前領主、バッセオ子爵ありし頃、我が先祖がこの地にゲーリック家の家宝を埋めたとの伝承これあり、探していたところにございます。」
事前に調査してきたのだろうが、苦も無く虚実を絡めて言い訳をする。
このラドレックは、確かに王家直轄地になる以前は、バッセオ子爵家が管理していたものであるが、その当時にゲーリックなる家臣が存在したかどうかまでは定かではない。
「先ほども申したように、ここはそもそも立ち入り禁止となっている場所だ。
そこに無断で侵入している以上如何なる理由があっても厳罰は免れない。
覚悟は良いか?」
「お待ちください。
伯爵様の代官所には事前に発掘の申請を出して既に許しを得たという話を聞いております。
どうかそれをお確かめください。」
「生憎とそのような申請は出ておらん。
昨夕に確認しておる故間違いはない。」
「あぁ、そんな・・・。
では、
信用しておったに、そんなところで裏切られるとは・・・。」
「そのような依頼を誰にしていようがしていまいが関わりは無い。
お前が我らに示すことのできる許可証を持たない以上、違反は明白。
言い訳は代官所で改めて聴く。
全員を召し取れ、抗う者は切り捨てても構わない。」
17名に対して40名からのフル武装の騎士団である。
如何に凄腕でも普通ならばこれはかなわない。
しかしながら一人逆らおうとする者が居た。
魔術師である。
俺の目の前で詠唱魔法を行使しようとしたので、こいつも一瞬のうちに酸素ではなく周囲の空気を取り除いてやった。
で、グロっぽい姿が出ましたねぇ。
「トー*ル・リコール」だったっけか?
シュワちゃんが火星の気圧の少ないところに放り出されて口をパクパク、オメメが飛び出そうになるすんげぇ形相だった。
魔術師は、同じように口をパクパクさせながら瞬時にその場で昏倒する。
空気はすぐに戻してやったけれど、こいつは危険だから魔法で麻酔をかけておくことにする。
更に数名が反抗する気配を見せたが、そっちは騎士たちに任せた。
ウチの騎士団員たちはスパルタ式ブートキャンプの訓練成果が出ており、並の腕の兵士には負けない力量を全員が身に着けている。
そんなこんなで深夜の捕り物劇は、大した波乱もなしに終わった。
捕り物よりも、捕まえた奴らをラドレックまで輸送する方が大変だった。
新たに作った、大型ジープ仕様のハ*ヴィー擬きに牽引車をつけて護送に使ったんだ。
21名を運ぶのに牽引車付きハ*ヴィー3台を用意しなけりゃいけなかったんだ。
翌朝、当然の様に後始末の取り調べがある。
ゼーマン・ゲーリックの取り調べは俺自身が行った。
騎士団の者に任せても良かったのだけれど、後々支障が出る恐れもあるので念のため俺が出張ることにしたのだ。
「さてと、ゼーマン・ゲーリックとやら。
予め言っておくが俺に嘘は通用せん。
そうしてお前も承知しているように、貴族のしきたりというものがあって、貴族に何らかの関わりがある場合には当然に貴族院や王家にも報告が行く。
因みにお主が誰かに報告できるわけもないから言っておくが、件の立ち入り禁止場所はファンデンダルク伯爵家のみならず、王家も関わる重大な国家機密に属するものだ。
それに無断で触れようとした以上、お前に盗掘を指示した者は言うまでもなく、お前の家族を含めて一族郎党は、国家機密の暴露をしようとした罪で裁かれることになるだろう。
その上でお主に聴こう。
誰が主犯だ?
また、関わったものは誰と誰だ?
その所属を含めて全て吐け。」
シュリーマン・ウォルヴォリフこと、ゼーマン・ゲーリックは、まっ青な顔をした。
主筋を言えば、当然にヴェイガン子爵家が潰される。
場合によっては更に上のエクソール公爵にまで罪が及ぶかもしれないのである。
妻や子も下手をすれば極刑に処されるかもしれない。
あるいはヴェイガン子爵の名を出して逃がれようかとも思っていたが、王家まで絡む国家機密であればこれは絶対に真実は告げられない。
自分が受けた命令は、あくまでランドフルトにある遺跡の調査を周囲に知られずに秘密裏に行うことであり、国家機密に関わるモノとは聞いていなかった。
本名シュリーマン・ウォルヴォリフは、他の配下達の供述状況を気にしながらも全ての罪を一身で被る覚悟を決めた。
予め決めておいた発覚した場合の嘘を繰り返したのである。
捕らえられた者達の結束は固かった。
主犯はゼーマン・ゲーリック、他の仲間たちもいずれも最後まで偽名を通した。
彼らが捜したのはあくまでゲーリック家の失われた家宝だった。
伯爵からの許可を貰っていたものと思っていた。
但し、そんな中で、一名だけ阿呆がいた。
魔術師のボールドマンである。
こ奴は、主家がヴェイガン子爵であることを明言し、自分は何も悪いことはしていないとほざいた。
止むを得ず、王宮と貴族院へその申し立てたことを報告することになる。
返事は思っていたよりも早く届いた。
ヴェイガン子爵から証拠書面をもって明確な回答がなされ、『件のボールドマンという男は、横領の不実これあり、一月前に放逐した輩であるからして、それ以後、当家とは一切関わりない者につき、如何様にも処分をお任せする。』とされた。
まぁ、ヴェイガン子爵は配下を切り捨てたわけだが、当然に王家の不興も買ったわけである。
とどのつまりは、シュリーマン・ウォルヴォリフを含めて21名の輩は伯爵領にて立ち入り禁止区域に入り、無断で盗掘を為した者として裁かれ、全員が犯罪奴隷に落とされた。
犯罪奴隷として引き立てられて行く間際に俺はそっと伝えた。
「ゼーマン・ゲーリック、お主には関わりの無い話だが、世間話の一つを教えておく。
王都の北北東のとある所にウォルヴォリフを名乗る一族が居るようだ。
アンナと呼ばれる女性とその娘エルザは、名も知らぬ者からとある通知を受けた。
曰く、シュリーマンは、一族と主家を守るためにその命を落とした。
命を落とすに至った理由はともあれ、最後まで男らしく振る舞い、配下達をも最後まで守り通した。
シュリーマンは、良き夫、良き父であったとな。」
それを聞いて、シュリーマンは涙を一雫流し、俺に向かって深く頭を下げた。
シュリーマンは犯罪奴隷として過酷な鉱山に送られ、三年後に病死した。
◇◇◇◇
一方で、王弟派は事が露見したことでかなり慌てたようだったが、関係者を切り捨てることで何とか体制を立て直した。
エクソール公爵の手駒の内でまた一人大いに信用を失った者が出て、公爵を悩ませた。
「ファンデンダルク卿か・・・。
あ奴は鬼門だな。
手を出すたびに煮え湯を飲まされる。
だが、何とかせねば、国王派がますます付け上がることになる。
ここまでくれば、止むを得ん。
遺跡の情報を、オルテンシュタインに流すか。
情報提供はオルデンシュタインへの
我が手を汚さずに、遺跡の謎が手に入れば、ジェスタの縄張りを少しも失わずに済むやも知れぬ」
こうして将来を見通せない愚かな王弟派トップは、オルテンシュタイン帝国との共闘に片足を踏み込んだのである。
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