6-9 おめでたと裏切の気配

 結局、俺が王家に贈呈した飛空艇の調査研究は王宮魔術師団と錬金術・薬師ギルドの共同作業となり、王宮で信頼のおける者とされた数名でスタートさせることにしたようだ。

 調査要員として、王宮魔術師団からは団長と次席魔術師が、錬金術・薬師ギルドからはギルマスとサブマスが選出され、国王陛下の承認を得られたようだ。


 俺は調査研究にはたずさわらないのだが、飛空艇贈呈後二ヶ月ほど経ってから、この四人を遺跡入口まで連れて行って、一応、遺跡入域のトライをするよう要請された。

 まぁ、要請といいながら、事実上の命令だけれどね。


 拒否はできないんだが、都合の悪いことにコレットとシレーヌの産み月に入ったことから、何とか頼み込んで調査自体を一月ほど遅らせてもらった。

 様々な魔法技術はあれど、ろくな医療設備も技術も無いこの世界だから、出産はそれこそ命がけなんだ。


 その愛妻の一大事に夫が立ち会わないというのは無責任に過ぎるだろう。

 国の存亡がかかっている戦争のような場合はそうも言っていられないだろうが、遺跡は逃げも隠れもしないから、少々遅らせることはできるんだ。


 結局は俺の希望が通って、二人の出産が終えてから、ランドフルトに向かうことになった。

 さて、コレットとシレーヌの初産なんだが、どちらも300日前後で出産となった。


 計算してみると、どちらもハネムーンベビーのようだ。

 二人が同時に輿入れして来てから301日目でコレットが男の子を産み、シレーヌは302日目で女の子を産んだ。


 この時ばかりは、ファンデンダルク家の王都別邸も朝から大騒ぎの二日間だった。

 俺もコレットの陣痛が始まってからは全く落ち着かず、政務も工房での錬金も全く手につかなかった。


 とは言いながら男の俺ができることは殆どない。

 出産に立ち会うメイド達の衛生教育は十分にやったはずなので心配は無い筈とは思いながらも、やはり不安であり、クマの様に落ち着きなくうろうろと屋敷内を動き回って、家宰のジャックやメイド長のフレデリカにしっかりと呆れられていた。


 結果から言うと二人とも安産で、元気な子供を産んでくれた。

 コレットが産んだ男の子にはフェルディナンドと名付け、シレーヌが産んだ女の子にはアグネスと名付けた。


 親の贔屓目ひいきめながら二人ともに可愛い子であり、将来はきっと美男美女に育つだろう。

 俺が順番に二人の母に祝いと労いの言葉をかけると、二人とも我が子を抱きながらほっこりと微笑み、聖母の佇まいを見せてくれた。


 出産から一週間後、コレットとシレーヌの産後経過が順調なのを見極めてから、改めて王宮からの要請に応えて、俺はランドフルトへと向かったのだった。

 無論、アシとして俺の持つ馬無し馬車を提供してやった。


 馬車で行くとなると往復で6日ほどもかかるからそんな悠長な旅はしておられん。

 魔術師団や錬金術・薬師ギルトの連中はいざ知らず、俺は忙しいんだ。


 遺跡への入域トライの結果は火を見るよりも明らかだったよ。

 調査団の彼らには古代語なんてわからないし、遺跡に張り巡らせられた結界を破ることもできない。


 俺が予め十分に警告しておいたにもかかわらず、魔術師団のアホ(次席)は、無断で結界を破ろうとして攻撃を仕掛けたために警備ゴーレムから強烈な反撃を受けた。

 一度目は、強烈なスタンガン程度なんだが、二度目は黒焦げになるほどの電撃を浴びることになる。


 そうして更に本気の攻撃が必要と判断されれば、ゴーレムはレーザービームを放つから、俺の戦闘車両でも持たずに一瞬であの世行になるはずだ。


 雷撃を浴びて気絶した次席魔術師アホは幸いにして軽傷で済み、一度で懲りた為か、以後は手を出さなくなったようだが・・・。

 何となく俺の感が、この男は怪しいと感じている。


 俺の脳内センサーのマップでは黄色表示なんだよね。

 それも何となくオレンジ色っぽいので裏切りの可能性もある。


 情報漏洩の恐れもあることから、念のために俺は関係者に複数のインセクト・アイを張り付けた。

 小さなノミ程度の虫型ゴーレムと考えてもらえばわかりやすいだろうが、監視用の自立行動型スパイカメラだよ。


 但し、超小型の所為で余り活動範囲を広げることはできない。

 数時間ほども周囲の魔素を吸収して目いっぱいエネルギーを貯めた場合でさえ、一度に数メートル移動するのが関の山であるけれど、監視対象者の動きと接触者を確認する為に一人につき数匹を張り付けた。


 単純に接触者にも監視の目を追加するためだ。

 因みに王宮魔術師団の次席魔術師アホはジョルジュ・バルカンという男だが、その周囲の者が一月後には不審な動きを見せた。


 実のところジョルジュは日記をつけている。

 俺はインセクト・アイが送ってくる情報でそれを知っている。


 その日記には、事細かにランドフルトの遺跡や遺物である飛空艇の調査結果が記入されている。

 勿論調査結果は極秘だが正規の記録は別途なされており、それを公にしない限りは秘密が守られるはずだった。


 特に調査に携わる者はいずれも契約魔法により縛られており、秘密を暴露することはできないようになっているのだが、実はその契約魔法にバグがあった。

 そもそも契約魔法上は本人の意思までも縛るものではない。


 従って、自分の頭の中で暴露を考えていても実行に移さない限り、契約には触れないのである。

 そうしてまた、このジョルジュは契約魔法の瑕疵かしを知り尽くしていた。


 こいつは自分の部屋を掃除する従者の一人に日記を普段から読ませていたのである。

 契約魔法を為す以前から定例的に行わせており、従者が日記を読むことになっている慣行までは契約魔法では縛られなかったのである。


 かくしてランドフルトの遺跡の位置、遺物である飛空艇の概要などの情報は、このジョルジュの従者であるマルキリスの手によって外部へ持ち出され、王弟派の首魁エクソール公爵の手に渡ってしまったのである。

 これは明らかに重大な機密漏洩なんだが、俺は放置をした。


 そもそも関係者の監督責任は俺にあるわけじゃない。

 国王や宰相、彼の上司である魔術師団長に監督責任がある。


 厄介事が増えることは間違いないのだが、インセクト・アイの存在を明らかにしない限り、実際に何らかの謀略の端緒が起きてみないと糾弾もできないわけだ。

 俺のスパイカメラ(インセクト・アイ)の存在を教えるのは拙いから、違背行為が明らかになるまで待つしかない。


 遺物としての飛空艇が存在するという情報そのものはともかく、飛空艇が現状の研究員の手により解析されて再生されるとは思えないし、敵対的な存在がどう動こうとも対処できるだけの方策は既に準備している。

 俺の家族や従者たちの安全確保のためにそれぞれに背後霊の様な高性能の自律型ゴーレムをつけている。


 このゴーレムたちは、普段は0.01秒遅れの時空間領域に存在して保護対象者を見守っている。

 この0.01秒遅れの時空間領域は、修理再生した飛空艇を実際に使う様な場面で他人目ひとめを避けるために俺が作り上げた魔法空間だ。


 俺の倉庫であり作業空間ともなっている亜空間とは全く異なる時空間だ。

 実のところ亜空間については、ランクの高い魔術師などの場合はその存在を感知できる可能性がある。


 実際に俺は、他人のマジックバッグやインベントリの存在を感知できてしまうから、そんなユニークスキルを有する者が他に居ても何ら不思議ではない。

 だが、この0.01秒だけ遅れている時空間領域は、俺でも探知ができないんだ。


 まぁ、海上を動いている船が、海中に潜む潜水艦を通常のレーダーでは発見することができないようなものだ。

 ソナーが出現して潜水艦が見つけられるようになったのと同様に、いずれ探知が可能になるかもしれないけれど、今現在は探知できない代物なんだ。


 当該空間に隠れているゴーレムは、0.01秒後の外界の視覚情報を捉えることができるわけで、何か危機が迫った時に即時対応ができる訳では無いが、通常の場合、0.01秒差の対応は反応速度の上では十分に無視できる範囲だ。

 但し、余程の事でなければゴーレムは動かないようにしている。


 例えば俺の従者が馬車にはねられる等の事故であれば、命を失う危険性があってもゴーレムは介入しない。

 そのような危険性は人が生きて行く上で普通に許容できる範囲だからだ。


 冷たいようだが、俺も際限なく保護する者を増やすつもりはない。

 俺の嫁sは無論可愛いし、愛してもいるが、通常の貴族ができる範囲の保護と然るべき環境を整えるだけにできるだけとどめなければならないとも思っている。


 また、俺は地球世界から様々な文明の利器を持ち込むことは可能だが、『過ぎたるは及ばざるが如し』で、俺が居なくなった時にこの異世界が継承できないものならば、本来は持ち込むべきでは無いし広めるべきではないと考えている。

 だから可能な限り、領内で領民が様々のものを生産できるようにしているのだが、中には技術移転が難しいものも当然にある。


 そうしたものは持ち込むことを避けるべきだと思っている。

 そうは言いながらも俺の魔法でできる範囲の改革はどんどん推し進めてはいるがね。


 典型的な例は、魔境に造り上げた城塞都市だろう。

 城塞都市の方は魔境まで出向かないと見ることもできないが、俺の領地であるカラミガランダとランドフルトでは、かなりの土木工事を実施している。


 無論、地域経済活性化のために必要経費として開発費用はかなりの額を落としているのだが、それでも道路、橋梁、宅地造成等までで民活力の利用は限界だろう。

 河川の治水と運河建設の大工事までは手が回りそうにないので、そっちの方は大半を俺が手掛けることにしている。


 ◇◇◇◇


 カナリア・レイズ嬢を五人目の側室に迎えて半月後、取り敢えず本拠地をカラミガランダに移すために、俺は嫁sとリサ、それにお付きの侍女たちなどを引き連れて、ヴォアールランドに向かった。

 それまでの間にヴォアールランドにあった領主館は増改築を行っている。


 元々の領主館もかなり贅を凝らしたモノであったのだが、王都別邸の便利さに慣れてしまうと元の生活には戻れないし、前領主の子爵は正室と側室1名だけであったので、俺の側室たちの数で言うと部屋の絶対数が足りないのだ。

 従って旧館に隣接して新館を建て、其処にハーレムならぬ、正室と側室の住む館としたのだ。


 旧館はどちらかというと領地の政務や接待を行う場所、新館が主たる生活の場になる。

 基本は現地の大工に造らせたが、完成後に俺が直に手を入れて、色々と改造しているのは王都別邸と同じだ。


 これ以後、俺は20日余りを領地で過ごし、5日程度を王都で過ごすことになった。

 王都にはまだ一人側室予定者がいるからね、定期的なデートが必要なんだ。


 領地というのは、当然に魔境にある城塞都市も含まれる。

 ヴォアールランドから城塞都市までの道路も途中の領主に了解を貰ってその整備を開始しているところだが、王弟派所属の領地はできるだけ避けるようにしている。


 これまでの道路を石畳で整備するとともに山間部などはトンネルなどで距離を短くしている。

 全体の道路整備は三年計画で推し進めており、完成後はヴォアールランドから城塞都市まで馬無し馬車でなら数時間で到達できるようになるはずだ。


 その頃には王都に残る側室予定者であるケイト・バーナード嬢も側室に迎え入れて、俺が王都に行くのは特段の用事がない限り一年に一度程度になるだろう。

 尤も、その頃領都と呼べるのはヴァ―ルランドなのか、魔境の城塞都市なのかは不明だがな。


 多分、その頃には魔境の海岸部に港湾建設も始まっているだろうと思っている。

 城塞都市から港湾都市まではハイウェイが必要になるんだろうなと思っているよ。


 俺の将来構想としては、馬無し馬車を含めた魔道具の生産は城塞都市で始めるつもりなんだ。



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