6-8 王宮参内

 その日、俺とコレットは、馬なし馬車ではなく馬車で王宮へ参内した。

 王宮まではさほどの距離があるわけでもないが、貴族の慣行と見栄というものが馬車を使わざるを得ないのだ。


 間違いなく馬なし馬車の方が手軽だし乗り心地も良いのだが、馬車を使うのは貴族につきまとう義務のような物らしい。

 最近ではジャックやフレデリカと争う覇気もないよ。


 まぁ、身重のコレットもいるのだから徒歩で参内なんてのはハナから無いのだが・・・。

 今現在は七か月目に入ったところで俺のCTスキャン擬きの能力でも親子共々順調なので心配は無いと思っている。


 それよりは、コレットとシレーヌの産み月を控えて、フレデリカを中心に出産時の衛生体制の維持についてしつこいほどに教育しているところだ。

 実際のところ、この世界の産婦人科医療体制は不衛生に過ぎる。


 消毒なんてぇのはそもそも発想にないから、多少の手洗いや身綺麗に留意し、掃除はよくしていても、目に見えない病原菌の存在を知らないから、そのために嬰児が死んだり、産後に産褥熱で母が死んだりすることが当たり前のように起きている。

 メイド達には、ケミカル薬品と熱湯利用による消毒貫徹をくどいほどに叩き込んでいるところだ。


 出産時に治癒魔法は使うけれど、消毒まではこれまで行っていなかったようであり、貴族における出産は、産婆治癒師とメイドが助産するようだ。

 もう一つ注意すべきは、治癒魔法が必ずしも万能では無く、怪我などには極めて効果的なのだが、病原菌による症状悪化などについては必ずしも対応できていない。


 浄化魔法により異物を除去できるのだけれど、そもそもが病原菌の存在を知らない術者にはそれを取り除こうとする意志が伴わない。

 魔法にはイメージが付きまとって、それが力となるのだが、認識しないものに対しては魔法も発動しないのだ。


 むしろ、体力低下を補うために行う治癒魔法の支援が逆に病原体の活性化を促すことさえもある。

 従って、いわゆる病気に対しては薬師の造るポーション一択なのだが、実のところこちらも症状に応じたポーションまでは開発できていないので効き目は薄いと言わざるを得ない。


 どちらかというと体力低下を補って身体に備わった自然治癒力を当てにしている感があるな。

 俺とて病原菌の全てを知っているわけではないが、鑑定で病原菌存否の認識はできるんだ。


 だから俺ならば浄化をイメージしつつキュアをかければ、病原菌の除去もできるんだが、それを知らない治癒師や薬師に文句を言っても始まらないだろう。

 だから、取り敢えずは、病原菌を寄せ付けないような衛生環境を維持させるしかない。


 勿論、俺が傍にいるときは適宜に病原菌の排除を繰り返しているけれどね。

 まぁ、出産準備はともかく久方ぶりの王宮参内である。


 俺自身は伯爵になったからと言って特段王宮での政務を言いつかってはいない。

 従って、公的な宴会や舞踏会などには招かれることもあるが、特段の用事もないのに王宮へは参内しないのだ。


 仮にこちらからお願いの筋があって参内するような場合には、結構な手続きが必要なんだ。

 今回は王宮からの呼び出しだから、その呼び出し状を手に王宮へ行けばよいだけだ。


 一応特大の土産になるかも知れない品は、亜空間倉庫に入れてあるからいつでも出せるけれど、他人目は避けなければならないな。

 そもそも亜空間倉庫の能力はまだ明確には知られていないはずだ。


 まぁ、何もないところから大量のエチルアルコールを製造して使ったり、液体窒素で魔物を凍らせたりしたからね。

 感の良い人は薄々気づいているかもしれない。


 だから土産物を出すとしたなら、そのことがばれる可能性はある。

 現地に来てもらって工場内で見てもらうの方法が俺の能力もばれずに済むからその意味ではいいのだが、能力の無い他所者よそものを入れるのは遺産を残した先輩に失礼だから、ここは譲れない。


 であれば俺が持ち出して献上するしかないんだ。

 ランドフルトの現地でこれをやると、王宮に運び込む際に他人目ひとめにつく。


 痛し痒しいたしかゆしだが、後々の安全を考えると亜空間倉庫の能力を一部知られてもやむを得ないと覚悟している。

 まぁ、その前にひょっとすると魔術師等の古代遺跡へのトライありきだけれどね。


 正直な話、ジェスタ王国の魔法師団や騎士団程度の能力では強行突破は無理だ。

 だから謎解きに挑戦はあり得るかもしれないが、言語で間違いなく躓くだろうな。


 コレットと話をしてから秘密裏に諸外国の古代文字の解読状況を調べたが、五千年前の古代文字でさえ一部解読できた程度にすぎず、一万二千年前の古代文字の存在すら知らないのだから、それらになじみの薄いジェスタ王国の知識技量では無理だろうと思っている。


 まぁ、そうした言語理解の可能な能力の持ち主や魔道具があれば別だが、どうなんだろうね。

 まぁ、遺跡にある取説や関係書類は持ち出し不可という説明にしておこう。


 そんなこんなで俺とコレットが通されたのは王宮の小会議室だ。

 居合わせているのは、国王陛下、宰相閣下、魔法師団団長と副団長、それに見知らぬ者が二人いた。


 自己紹介をしてもらって分かったのは、一人は、王宮宝物庫管理局長のカール・ラインハルト殿、今一人はジェスタ王国錬金術師・薬師ギルド本部のギルドマスターであるクレイグ・ヴァンスという男だった。

 クレイグ・ヴァンスなる人物は、民間人ではあるが王宮に信用されている人物の様だ。


 俺も錬金術師・薬師ギルドに登録はしているが、納品や新規製品の登録に必要なのは受付であって、幹部連中に会う必要もなかったので当該人物を知らなかった。

 ひとしきり定番である貴族の謁見の挨拶でやり取りがあり、すぐに本題に入った。


 皮切りは国王陛下だった。


「さて、先日コレットが久方ぶりに参内した際に思いがけなく、古代遺跡の話を聞き、また、その関連で書状ももらったが、今日はそのことでわざわざ来てもらった。

 ファンデンダルク卿に尋ねるが、古代遺跡の一件は確かに間違いのない話であるのだな?」


「はい、間違いございません。

 ランドフルトに赴いた折に、定例となっている騎士団の領内警備探索訓練に同行し、我領内において地中に埋もれている古代遺跡を発見いたしました。」


「で、その中に入ったと?」


「はい、地中に埋もれた遺跡の中からわずかに結界の魔力が漏れていたので、それを頼りに、穴を掘り、入り口をこじ開けました。」


「書状では遺跡の結界が維持されており、無用の侵入者を拒むとあったが、何故にそなたは入れたのじゃ。」


「遺跡の入り口が扉で閉ざされていただけで、扉を開ければ遺跡通路へは侵入できました。

 その奥にゲートがあって、そこから先は謎解きをできた者だけが入れる仕組みになっておりました。」


「フム・・・、で、その謎解きをして中に入れたということか?」


「はい、左様にございます。

 古代遺跡の建立者こんりゅうしゃが、資格なき人物の侵入を拒むために作った魔道具です。

 色々調べて分かりましたが、一度認定を受けた人物は簡単なチェックだけで、再度の謎解きは不要になります。

 しかしながら出題される謎はそのたびに異なるものが出されるようになっており、私が答えたものを仮に教えても役には立ちません。

 また、入域が許された者、例えば私に同行する者であっても、無条件で撥ねつけられます。

 従って、遺跡内部に入るためには、ゲートで謎解きをせねばなりません。

 これは絶対条件です。

 因みに、当該遺跡は少なくとも一万二千年前に建立された施設であり、飛空艇の制作研究を行う施設だったようでございます。

 先ほども申し上げた通り、この施設の保安施設が生きており、ゴーレムがゲート後方で待機しておりますので、武力による突破はまず不可能と思われます。

 因みに結界は私の能力ではとても歯が立たぬほど強固であり、おそらく王国の魔法師団総出でも歯が立たないものと判断しています。

 そもそもが、入り口からゲートに至る通路は幅が6イード程ですので魔法師10人が横に並べばいっぱいになるでしょう。

 仮に結界が攻撃を受けたと判断した場合は、ゲート付近のゴーレムが強制排除もしくは攻撃に転じます。

 ゴーレムの攻撃を防ぐことはおそらく不可能ではないかと存じます。

 ゴーレムの保持する火力は、ただの一体でわずかの間にこの王宮を灰塵に帰すことができますが、それがゲート付近に常時四体存在する上に、予備の20体が付近の壁の中に待機しています。

 王国の騎士団を含めた総力をもってしても撃破はできないと思われます。」


 魔法師団長が特に発言を求めた。


「謎が人によって異なるということは承知しましたが、それでも参考になるかと思われので、ファンデンダルク卿の謎解きの方法を教えてはもらえませぬか?」


「遺憾ながら、遺跡へ入る条件の一つに、回答方法を教えることはしてはならない禁忌とされているのです。

 仮に私がその禁忌を破れば、私も入域の権利を奪われてしまうのでできません。

 例えば、秘密裏に王宮へ入るために特殊な通路があった場合、それを他人に教えることは王宮の住む人々の安全を脅かすことになります。

 おそらく、遺跡の建立を成した方は、飛空艇の秘密を外部に漏らさないよう細心の注意を払ったものと思われます。

 私もその建立された方の意志を尊重するとともに、遺跡への立ち入りを禁止されたくはありません。」


 宰相が尋ねた。


「ファンデンダルク卿の意向として、遺跡にあった遺物を王家に寄贈しても良いと聞き及んでいるのだが、飛空艇の秘密を漏らさぬようにするとの禁忌に反するのではないのか?」


「完成品であれば、多分、できないのでしょうね。

 ですが、未完成品であり、なおかつ経年変化により部品のほとんどが劣化して機能を失っています。

 そのために、保安機能を有する管理ゴーレムは建造途中であった飛空艇を廃棄物と見做して搬出を許可してくれました。」


 宰相は驚いていった。


「何と、古代遺跡の遺物とは、建造途中の飛空艇のことであったか・・・。」


 どうやら、コレットの親書を宰相は見せてはもらっていないようだ。

 宰相がそうであれば、ここに居合わす者すべてがそのことを知らなかったと思われる。


 錬金術師・薬師ギルドのギルマスが言った。


「遺跡には、蔵書もしくは設計図のようなものは保管されてはいないのでしょうか?」


「おそらくはあったのではないかと思われますが、一万二千年という悠久の時が、塵芥ちりあくたに変えてしまったようです。

 書庫と思しき所を開けただけで、書物の残骸と思われるものが埃になって飛びました。

 あれでは、読むのは難しいと思われます。」


 魔法師団副団長が尋ねた。


「失礼ながら、謎解きの出題はどのようになされるのでしょうか?」


「謎は、金属に埋め込まれた水晶画像により出題されます。

 その魔道具で必要な回答をすることにより、ゲートの保安装置が可否を判断するようです。

 元々は、そこに働く人を対象にしていたもののようですね。

 謎解きに関して私が申し上げられることはここまでです。

 必要であれば、特定の日に私がゲートまでの案内はできますが、予め計画を出していただかないと対応ができません。

 こちらも都合がございますので・・・。」


 宰相が言った。


「陛下から伺ったが、ファンデンダルク卿は機密保持に随分と注意を払っているようだが・・・。

 それほどに重要なものなのか?」


「宰相殿ならばお判りと存じますが、他国や王家の反勢力に知られれば問題となりましょう。

 これまでは飛空艇とは神話に出てくるお伽噺のような魔道具。

 しかしながらその現物が存在したとなれば、その所在をめぐって騒乱の種になることは必定です。

 仮に使用できないものであれ、使用できるかもしれないとの疑心暗鬼を必ずや生み出します。

 国家間の争いの原因とは、そうした疑心暗鬼の部分が半分、欲が半分の筈です。

 ですから、古代遺跡の存在、それに遺物の存在そのものを対外的に隠匿しなければなりません。」


「ふむ、その点をおもんぱかって、本日の出席者とは事前に秘密厳守の魔法契約を結んでおる。

 従って、この場での話が漏れる心配はないが・・・。

 遺物とやらの扱いをどうするかじゃな。」


 すかさず、魔法師団長が言った。


「是非に魔法師団と錬金術師・薬師ギルドに調査をお命じください。

 かなわぬまでも、飛空艇の秘密を解き明かしたく存じます。」


「フム、儂や宰相が預かっても、ただ宝物庫に保管するだけじゃのぅ。

 魔法師団や錬金術師・薬師ギルドに委託する件については、ファンデンダルク卿の意見を聞きたいが・・・。」


「私から申し上げることは、秘密保持のために限定的な人員でのみ調査をなすべきかと存じます。

 先ほども申し上げた様に、仮に、この一件が他国に漏れたならば、それだけで戦の原因になりましょう。

 我が国が飛空艇を生み出せるようになれば、間違いなく国家間に武力のかたよりが生じます。

 そうなる前に仮想敵国は征服しなければならないと考えるのは当然の成り行きです。

 また、一般の方々に秘密が漏れるならば当然に敵対国にも知られますので、絶対に秘密を守り通していただくことを条件として、王家が指定する然るべき人物に調査を委託することに異論はございません。」


「ふむ、相分かった。

 なれば、ファンデンダルク卿から古代遺跡の遺物の献上を受けることとしよう。

 なれど、ランドフルトから王都まではかなりの距離がある。

 その間を人目にあまりつかずに運ぶのは結構な労力を要することになる。

 ましてや、飛空艇なるものは馬車と同程度の大きさなのではあるまいか?

 少なくとも神話では複数の人が乗り、武器も搭載していたとあるが?」


「はい、高さはほぼ馬車と同じぐらいですが、長さと幅では馬車を上回りましょう。

 そのようなものを道路を使って運び込むには人目を惹き過ぎます。

 先ほどお聞きしたところでは、皆様はこの一件で守秘の魔法契約を結ばれたとか、従って大丈夫とは思いますが、今一つ、皆様には是非とも飛空艇以外にも秘密をお守りいただきとうございます。

 実のところ、私の能力で遺物を異空間に保管しております故、何時如何なる所へでも出すことができます。

 国王陛下、遺物の献上いずこにていたしましょうや?」


 コレットには亜空間倉庫のことを昨夜のうちにちょっとだけ説明しておいたから、俺とコレットを除く、同席者全員が暫く呆けていた。

 最初に立ち直ったのは国王と宰相で、二人目を合わせてから、国王陛下が言った。


「儂の聞いた神話には、古代には無尽蔵ともいえるインベントリの能力を保持する魔法師が存在したという。

 もしや、ファンデンダルク卿はその能力を有するのか?」


「無尽蔵ではないと思いますが、かなりの大きさのモノを異空間に保管できるのは事実です。

 私の知る限り、インベントリは時間の経過が止まると聞いておりますが、異空間の保管では時間が止まることはありません。」


 うん、俺も平気で結構嘘をつきまくっているよね。

 古代遺跡の安全装置を修理して俺以外の者が遺跡に入れなくしているのは権限移譲を受けた俺だし、参考にすべき書簡もしっかりと存在しているし、遺跡から持ち出すものに制限などそもそも無い。


 時間経過の無いインベントリも持っているけれど、亜空間倉庫はその上を行くかもしれない。

 時間を遅らせたり、早めたりできるし、俺自身が内部にも入り込めちゃう代物だ。


 でもその秘密を公表する必要性はないよね。

 だから俺は平然と嘘をつく。


 結局、飛空艇の遺物は、地下王宮宝物庫に隣接する宝物点検倉庫に預けることになった。

 そもそも王宮の地下にある宝物庫区画は、宝物庫管理局が所管する区域であって、国王陛下の委任を受けた局長の承認がない者はこの区画に入ることさえ許されない。


 無論、区画に入るためには近衛師団の騎士が守るゲートを潜らなければならないし、宝物庫を含むいくつかの倉庫はそれぞれ厳重に鍵がかけられている。

 会議室同席者が全員で宝物庫点検倉庫に赴き、その場に俺が飛空艇を取り出した。


 俺が取り出したのは、武器などが取り付けられていない未完成の戦闘用飛空艇だ。

 民生用の飛空艇は俺が再現させたが、あっちの方は今のところ秘密にしておく。


 構造物自体は軽量頑強な金属でできているけれど、管制系の部品や、浮上するための魔石機関の部品が劣化もしくは腐食消滅しているから、取説や設計図なしでの復元はできないはずだ。

 コレットに言った通り、優秀な魔法師と錬金術師などが50人ほども集まって数十年もかければあるいは復元できるかもしれない。


 だから、王家に献上できるんだ。

 そうでなければそもそも紛争の種になるんだから献上などしない。

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