5-7 アリス~リサへ
俺は、アリスの蘇生に関して、アリスとしっかりと相談した。
俺が繰り返した予備実験を含めて、蘇生の可能性と危険性の全てを打ち明け、その上で彼女の意向を確認したんだ。
全てを聞いた後、アリスは、魂の消滅も覚悟の上で復活にかけたいと俺に言い切った。
アリスがそう言うなら俺にはそれ以上何も言うことはない。
俺ができることをやるだけだ。
但し、仮に蘇生に成功した時にどうするか、アリスの立ち位置を決めておかねばならない。
アリスは、5年以上も前に死んでいる身の上だ。
今更生き返りましたと言って世の中で通用するわけがない。
仮に通用したならしたで、後が問題だ。
アリスを生き返らせた俺は、神の使徒か、それとも悪魔だ。
どっちにしたって教会勢力が黙ってはいまい。
俺もアリスも、平穏な生活は到底おくれないだろう。
アリスの存在を知っているのは、俺とアリス以外では、フレゴルドの屋敷で雇った執事トレバロンとメイドのラーナとイオライアの三人、それに王都別邸のメイド長フレデリカの四人だけだ。
アリスの親父さんの知り合いの男性が、アリスの死体を確認しているし、フレゴルドに古くからいる人は、アリスが死んだことを知っている筈だ。
その後、幽霊屋敷となって誰も入れなくなった事実があるにしても、アリスの死を無かったことにはできないだろう。
ましてや死んだ時の年齢そのままのアリスの姿で蘇ったなら、どうやっても説明がつかない。
神の
さもなければ教会が唱えるであろう「人の生死は神が司る」が否定され、神の存在そのものが疑われかねない。
アリスの希望は聞いた。
どんな形にしろ、俺のお嫁さんになりたいんだと・・・。
まぁ、伯爵の立場なら町娘を側室にできないわけじゃないな。
但し、その場合でも何某かの出自は必要だ。
但し、この世界じゃ、戸籍なんてものは殆ど無いに等しい。
あれば俺のシンガポール国籍みたいにでっちあげるのは簡単なのだが・・・。
むしろ無いだけに、ごまかすのが難しい部分もある。
この世界では、どこそこの鍛冶屋のアルフレッドの娘だとか、パン屋のカブスの息子だとかで通用している。
まぁ、集落単位での事実上の子供の認知だな。
結婚だって教会で正式に上げる者も居れば、事実婚だって存在する。
どんな形にしろ、生まれてきた子はそうした夫婦の子供だ。
貴族の場合は、状況により認知と言う手続きを経ないと子供とは認められない場合もあるけれどね。
一応大枠の頭数だけは国またはそれぞれの領地で把握している。
さもなくば、人頭税が取れないからな。
とは言いながらも、僻地などの人口は左程きっちりと把握できている訳では無いようだ。
地球でも途上国になればなるほどそうした状況に陥りやすい。
例えば、中国(中華人民共和国)では戸籍の無い者が存在しているらしい。
一人っ子政策の影響で、生まれてきた二人目を戸籍に入れられずに、戸籍外のまま育てちゃった者がいるということだ。
アリスの場合は、フレゴルドの商人ハイル・エーベンリッヒの娘アリスだったわけだが、それはもう使えない。
日本の江戸時代みたいに町や村の教会が過去帳や人別帳でも作っていれば、それに潜り込ませることも出来そうだが、それも地域によってはバラバラで確固たる制度は無いようだ。
止むを得ないのでアリスの過去をでっちあげることにした。
教会に付属する孤児院に寄生することにしたのである。
俺の領都であるヴォアールランド郊外にある小さな教会に孤児院が併設されていたんだが、これが10年程前から機能していなかった。
原因は、教会の司祭が病死し、孤児たちを世話していた修道女も老齢のために面倒が見られなくなって、どちらかと言うと自然消滅に近い形で孤児院が閉鎖されたのだ。
その当時の記録はあり、閉鎖された時の孤児たちの行き場所も明記されていた。
それを丹念に追って行くと、当時収容されていた孤児達全員がこの10年の間に死んでいた。
死因は様々だったが、その多くは貧困のために食えなくなったのが主因であった。
正直言って、一人ぐらいは生きているんじゃないかと疑ったのだが、名簿に残されていた者は、一昨年までに全て死亡、若しくは死亡扱いになっていた。
死亡扱いと言うのは、冒険者になってクエストを受けたが、未達成のまま消息不明となっている者を言う。
まぁ、九分九厘死んでいるわなぁ。
で、その残っていた10年ほど前の孤児院の名簿に細工をした。
俺のインベントリの中で複製をし、同時に書体をコピーしたら、当時のインクそのままに記録が作成できたのだ。
「アリス」改め、「リサ」の名で登録し、二歳で孤児院からヴォアールランドの南部にあるセグレ村の農民に貰われたことにした。
因みに、当該セグレ村は、2年前に魔物の群れに襲撃されてほぼ全滅した村であるが、たまたま、当時10歳のリサは当時養父の義兄であるカーレス・ボーレンに連れられて別の場所に居たために助かったということにする。
その後、一月前にそのカーレス・ボーレン叔父が病気で亡くなり、その遺産を受け継いでセグレ村近傍のグレービアに住んでいたリサが、たまたまヴォアールランドを訪ねた際に、俺と知り合ったことにするのである。
従って、当座リサはグレービアに俺が建てる元カ―レス・ボーレン名義(現在はリサ・ボーレン名義)の別邸(中古物件に似せた新築の建物)に住むことになる。
執事及びメイドは、ヴォアールランドの口入屋(奴隷商)で雇うことにするが、その経費は養父カーレスの遺産(実際は俺の隠し財産)から支払われることにした。
アリスは蘇生しても成人するまで(生物学的年齢から言えばあと三年ほど)は俺の側室にはなれない。
それらの手筈を整えてから、アリスの蘇生を試みることにしたのだが、肝心なことをアリスに言い忘れていた。
アリスの骨から培養液の中で身体を復元させるのに、結構な時間がかかるのである。
外で俺が待つ時間は精々二分か三分程度なのだが、時間を進めた亜空間内部の実時間でなら最低でも半年ほどかかるのだ。
そうしてその間、何時復活するかわからないから幽体のアリスは、その傍らに居なければならない。
これは随分と退屈な話になるはずだ。
アリスは、パソコンが有れば大丈夫と言っているが、アリスに預けっぱなしになっている*PadPro(元の世界に行けるようになってから新型機も購入したけどな)に関しては、電池が流石に半年は持たないぞ。
これまではソーラーパネルで時折充電していたから保っていたけれど、さて、俺のインベントリに入れた亜空間の中でどうやって充電する?
するとアリスが言った。
「じゃ、できるかどうかやってみるから、私を亜空間に入れてみて。」
そう言ってチャチャッとソーラパネルと*PadProを手に持って待機している。
俺が亜空間を作るとすぐにその中に入って行った。
中で何をしているかと言うと、多分、光魔法を使いながらソーラーパネルで充電ができるかどうかを試しているんだろう。
半日ほど経ってからアリスが出てきて言った。
「リューマの亜空間は、魔素が一杯あるから、光魔法を目一杯使っても私の魔力が減らない。
ちゃんとソーラパネルで充電できたから、これが有れば大丈夫。
それに、リューマがフレゴルドの屋敷に現れるまでは、五年もの間、私は地下室から動けなかったんだよ。
それを思えば、半年や其処ら、何のことは無いよ。」
そんな訳で俺の心配は杞憂に終わった。
で、いよいよ覚悟を決めて、アリスの蘇生を始めることになったわけだ。
結果から言おう。
あっさりとアリスが復活しちゃったよ。
満面の笑顔でアリスが亜空間から出てきて、俺に飛びつくように抱き着いて来たもんだ。
正直生身のアリスに抱き着かれたのは初めてのことだったな。
見た目、幽体と同じ身体つきのアリスだったが、唯一衣服のことを忘れていた。
今までの動物実験ではモルモットになった動物たちが衣服をまとっているはずもない。
だからこそ、完全に失念していたのだが・・・。
で、俺はいま幼女と言うには育ち過ぎたマッパの少女に抱き着かれているわけだ。
俺はパニくりかけたのだが、幸い俺の工房の中だったから
生憎と俺の持ち物の中には12歳の少女用の衣服なんてものは無い。
止むを得ず、アリスには再度亜空間の中に入ってもらった。
それからフレゴルドの屋敷に飛び、元アリスの部屋をこそっと探したところ、何とか着られそうな下着やらワンピースやらを見つけ、それに取り敢えず着替えてもらった。
ついでにアリスが色々見繕って衣類を亜空間に取り込み、アリスを連れて俺の工房へ転移したが、その間管理人の夫婦には気づかれていない。
当面、アリスの姿は、執事のトレバロン、ラーナ、イオライアの三人以外には見せられないな。
あ、メイド長のフレデリカもいたな。
フレデリカの場合は、アリスのエクトプラズムに反応していたわけだが、生体に戻ったアリスをどう感ずるのかはわからない。
まぁ、気づかれた時に考えよう。
フレデリカは、俺の秘密を外に漏らすようなエルフじゃない。
全ての準備が整うまでは、屋敷の者にも紹介はしないことにした。
但し、面倒は続く。
蘇ったアリスは生身なのだ。
当然に飲み食いもすれば、出るものも出る。
これまでは幽体だったから無縁のものだったが、蘇生と同時に肉体の全ての欲求も始まったのだ。
早急にアリスの生活できる家を手当てしなければならなくなったのである。
それから一連の手配をするとともに、工房に三日籠った。
俺の亜空間の中で丸ごと一軒の家を建てるためだ。
まぁ、さほど難しくはなかったな。
余所者が目にすることを考えると、あまり最新の装備を備えるわけには行かなかったが、フレゴルドにあった幽霊屋敷程度の設備は整えた。
工房にあるバス・トイレを見て、これも備え付けてほしいとアリス改めリサが言うので、やむなくつけてやった。
但し、兼ねてからの懸案だった水道を使わずに魔石で動く魔道具使用の温水便座付きトイレを造ってやった。
ビジネスホテルのバスルーム構造で、バスとトイレが一緒についているタイプ。
こいつは魔力を感知してお湯を入れるタイプの魔道具を利用しているからアリスが準備しなければ水風呂にしかならない。
リサ専用で、リサの寝室に取り付ける。
いずれ売り出すことも考えているが、リサの家の執事やメイド、来客が使うトイレは取り敢えず従来型のままだ。
俺がヴォアールランドに転移し、夜の間にグレービアの高台の森を伐採し、地面をならし、その家を据え置いた。
周囲に高い塀を設け、井戸を掘り、手押しポンプを据え付けてやれば水は台所等で簡単に使える。
取付道路は、舗装なんかするわけには行かないが、まぁ馬車程度が通れる道を、村の広場から街道に通じる道に派生して作っておいた。
セグレ村近傍の集落グレービア村は、30数軒しかない小さな農村だが、俺が闇魔法を駆使して、ほんのちょっと執事候補、メイド候補及び住民の記憶をいじった。
『リサの屋敷は、グレービア村に20年ほど前からあるもので、カーレス・ボーレンのものだったが、カーレスが一月前に亡くなり、姪であるリサが遺産を引き継ぎ、執事一名、メイド二名と共に生活している。』
関係者の意識は、そう変わったのである。
ヴォアールランドにある徴税控えにも、当然それらしき記録が残っているのである。
一応対外的な誤魔化しは何とか出来たのだが、残る問題は、嫁sの問題だな。
少なくともこれまでの経緯からして、正室のコレットには何とか納得してもらわないとアリス改めリサを側室にはできないぞ。
執事とメイドは、予定通りヴォアールランドの口入屋(奴隷商)でリサが直接面談し、雇用を決め、馬車を購入して四人で屋敷へ乗り込んだ。
俺は一切表に出ていないが、未成年のリサ一人ではちょっと問題なので、契約の際にはヴォアールランド在住の者(闇魔法で意志を操っている)に一時的な保護者としてついて貰った。
心配だったから、俺もその奉公人(借金奴隷)たちの
うん、問題なかったヨ。
で、俺は全ての手配を終えてから、山の神二人の説得に当たったのだ。
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<参考>
「山の神」: 口やかましい妻の呼称の一つ
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