5-5 シンガポールでの出来事

 少し時はさかのぼるんだが、俺は、シンガポールのコンドミニアムの一室に居た。

 高層ビルの上階だが最上階ではない。


 シンガポールのケッペル・ベイ、ヨットハーバー近くの高層住宅であり、一戸当たりの居住面積が広く、景観がとてもいいので購入した物件だ。

 所謂いわゆる集合住宅だが、デザインが物凄く変わってる。


 普通なら垂直に切り立っているビルの外壁が、内側に沿ったり外側に沿ったりしてカーブを描いている。

 そんな曲がったタケノコのようなビルが6棟集まっており、6棟全部が形も高さも違っているというとっても前衛的なデザインの代物だ。


 俺の部屋は、40階建ての36階にある3LDKって奴で、寝室が3室ある。

 別にベッドルームは一つでもよかったのだが、シンガポール海峡を眺められる部屋で売りに出ていたのがここしかなかったのだ。


 何しろ、眺望がすばらしい。

 遠くに航行している超大型船が、リビングのソファーに座っていながらにして眺められるというのは中々に味わえない贅沢だろう。


 40畳近くある広い居間からの眺望は、南南西から北東にかけてさえぎるものがない。

 共用の屋上庭園に上がると全周が見られるんだが、・・・。


 まぁ、そいつは俺が独り占めできるモノじゃないしね。

 このコンドミニアムは、プール、スポーツジム、BBQピット、テニスコート、ジャグジーなどの設備があり、入居者は無料で使える。


 但し、日本のマンションなどと違って色々と住みにくい部分はあるな。

 一見豪華なんだけれど、中身が伴っていない部分もあるんだ。


 電気の電圧が違う所為か、バスルームには鏡はあってもコンセントが無いからドライヤーなどが使えない。

 シンガポールは結構熱いから冷房が欠かせないし、ホテルなんかは必要以上に冷えている場合が多いのに、何故かコンドミニアムのキッチンには冷房が無いところが普通らしい。


 まぁ、俺のところはラッキーなことに冷房がついていたんだけどね。

 しかしながら、妙なことにキッチンなのに排気用のファン(換気扇)が無い。


 因みに電熱グリルの上にダクト擬きはあっても、排気ダクトは無いので、サンマ(シンガポールでは売っていないヨ。)でも焼いた日には家中に煙が充満することになるだろうな。

 水はマレーシアから給水管で送られた水を使っており、日本と同じく水道水でも飲める水ではあるがフッ素の含有量がかなり多いそうだ。


 但し、飲めるにしても途中の水道管が汚れている場合も結構あるらしいので、俺はもっぱらペットボトルの水を愛用している。

 当然のことながら換気扇の無いキッチンでは臭いが付いてしまいそうなんで料理は原則としてこのコンドミニアムではしないようにしている。


 それと給湯器は、ガスではなく電気利用なんだが容量が小さいためにバスタブに湯を満たすには非常に心もとない。

 従って、シンガポールではお風呂に入らず原則シャワーで我慢するしかない。


 尤も、俺の場合は、東京のマンションで風呂に入るし、食事も味に慣れている東京ですることにしている。

 たまに気が向いたらシンガポール市内で外食をすることが有るぐらいかな。


 ところで、シンガポーリアンが日本に渡航する場合、日本滞在が90日以内ならばビザは不要なのだが、逆に言えば90日以内にシンガポールへ戻って出直す必要がある。

 今回もその出直し手続きのために、日本からシンガポールへ戻り、二週間ほどシンガポールに滞在したことにして明日の航空便で日本へ向かう予定なのである。


 今朝、シンガポールに転移してきて、明日のフライトの予約を取り、今日一日は暇なので、東京に一旦転移して昼メシを食べた後に、散歩がてらシンガポール市内を歩いていたら、ちょっとした異変に気付いてしまった。

 冒険者の際の癖で、周辺にサーチをかけていたら、本来なら人がいる筈のないところに人がいることに気づいてしまったのだ。


 ウェスト・コースト・ハイウェイ高架下の遊歩道を散歩していたわけだが、その前方に赤信号で停車しているトレーラーにシー・コンテナが載せられているのを見かけたんだ。

 多分40フィートコンテナという大きな奴だと思う。


 その中に人間10人が二段重ねで寝っ転がっているという状態は、どう見たっておかしいだろう。

 しかも鑑定を掛けたら全員若い女性だ。


 以前はできなかったが、ブラインド状態で視界に入っていなくても近距離であればその気配だけで、俺は鑑定ができるようになっている。

 まぁ、そうでもなければ、魔物の待ち伏せなんかに対応しにくいよね。


 鑑定結果は、16歳から22歳までの女性で、殆どがアジア系だけど白人系の女性もいるみたい。

 顔が見えるわけじゃないから、まぁ、ハーフかもしれないけれどデータで金髪、青い目というのは白人系だよね。


 二段重ねの状態ながら、間が等間隔で空いている状態だから、多分細長い箱にでも個別に押し込められている?

 一応、データ上は生きているみたい。


 これって明らかに犯罪の臭いがしますよね。

 大事おおごとじゃん


 さてさて、どうすべきかな?

 「コンテナの中に人が入ってますよぉ。」と、警察にご注進申し上げてもいいのだけれど、絶対に何故お前が知っているという話になるよね。


 説明できない時は、安易にそう言う申し出はしちゃいけない。

 匿名電話で知らせるのもありだけど、信憑性に欠ける時は、警察も動いてくれない場合が多いのです。


 何せ結構いたずら電話も多いから・・・。

 最近はかけてきた電話を結構特定できるらしいけれど、逆探知はそれなりに時間がかかるし、使い捨ての携帯電話と言う奴もあるからね。


 匿名電話に一々反応していたら、愉快犯と言う奴にすぐ悪用されるから、警察もなかなか腰が重いわけだ。

 まぁ、よっぽど信憑性のある通報ならば警察も動いてくれるけどね。


 匿名というのはそもそもが信憑性に欠けるのです。

 本来は国民の義務として公明正大に自分の名を語って犯罪を告発すべきなんだけど、俺にはそうできない事情がある。


 出来るだけ騒がれたくないし、注目されたくないんだ。

 だから、表立っては、動きにくいなぁ。


 あ、そんなことを考えている間にトレーラーが動き出しちゃった。

 この先には大きなコンテナふ頭がある。


 きっとそこに運ばれて船積みされるのだろう。

 CIQもあるし、警察もいるけれど、コンテナの開封検査は滅多なことではしないと聞いている。


 だからこのまま外国へ送り届けられちゃうのだろうね。

 何もせずに知らんふりもできるけど・・・。


 やっぱり、放置はできないよね。

 俺は覚悟を決めて正体不明の犯罪シンジケートとの戦いを始めることにした。


 既にマーカーは十人分つけてあるから、行く先はいずれ解かる。

 俺の方は、明日の正午には羽田行きのシンガポール航空に搭乗しなければならないんだけど、場合によってはキャセルもあり得るか?


 最初に調べたのはコンテナの貨物情報である。

 これらは通関業者、輸送業者、税関等の関係者が情報を共有しているので、コンテナに封印されている登録ナンバーがわかれば、そのネットワークで情報を見ることができる。


 俺の場合、端末が無くても勝手にネットの中に意識を潜り込ませて検索ができるからね。

 コンテナヤードに当該トレーラーが着く前には関連情報を入手していた。


 送り主は、シンガポール所在のChan Bowdre Limited Company、住所を調べると貸事務所でウィークデイの日中なのに人がいない。

 因みにシンガポールの人は昼食時間を多くとる。


 だから午後二時ころまで不在もあり得るが、今の時間は午後三時だから、事務所に誰もいないというのは少々おかしい。

 まぁ、ゴーストカンパニーの可能性大ということか。


 で、市役所やら警察やらのデータを色々漁って出てきたのが、チャイニーズマフィアとつながりのある連中だった。

 因みにコンテナはコンテナヤードに置かれ、今夜中には中東ジュベルアリ向けのコンテナ船に積み込まれる予定だ。


 コンテナの受取人はアブダビの商社だ。

 コンテナ船の出港は明日の夕刻らしい。


 例外はあるものの中東のイスラム世界は女性蔑視の社会だ。

 無論、表向き人身売買なんかは禁止されてはいるが、アラブの酋長(首長?)の中には本人の意思に関わりなくハーレムの中に取り込んでしまう場合もあるという噂を商社時代に聞いたことがある。


 まぁ、背後にチャイニーズマフィアがいるとなれば、犯罪の裏固めをするとしましょうか。

 先ずは、疑わしいマフィアのアジトに忍び込み、パソコンなどからデータをそっくりいただきます。


 俺の姿を不可視にして隠密と認識疎外をかけたままアジトに潜り込み、スマホを含めて電子情報端末全てのコピーを取りまくった。

 そんなことをアジト三か所で繰り返し、コンドミニアムに戻って精査する。


 で、浮かび上がったのが東南アジアを網羅する人身売買シンジケートだった。

 これまで誘拐し、外国に売られた女性の情報もできるだけ調べ上げた。


 構成員は東南アジア七か国に渡っており、それぞれにハブ組織があるようだ。

 そこまでわかって、警察にご注進という方法もあるが、ここはやっぱり正義の味方の登場でしょう。


 月光仮面さんも怪傑ゾロさんもかなり古いんで、名探偵コナンぐらいにしておきましょうかねぇ。

 でも、「コナン」とかいう名前出したら日本人関係者ってバレちゃうかも知れないから、そこは「JUSTICE」若しくは「KEADILAN(マレー語;正義。正義感?)」ぐらいかな?


 何れにしろ、俺の行ったことのあるフィリピンとシンガポールの組織だけは物理的に潰します。

 異世界での考え方に染まってしまったのかも知れないけれど、俺の中で悪人の命は物凄く軽くなっている。


 その夜シンガポールで総勢48人の男女が何者かに切り殺されました。

 警察の調べではいずれも鋭利な刃物で首を切断されていたそうです。(はい、全部俺がやりました。自首はしません。)


 当該殺害現場の数か所に膨大な犯罪の証拠が積み上げられていたのを警察が押収しています。

 そうして翌日夕刻に出港しようとしていた某コンテナ船に捜索の手が入り、人身売買の被害女性10名が無事に救い出されました。


 因みに殺害のあった時刻頃に、シンガポール警察の詰め所にはKEADILANの名前でメールが送られてきており、コンテナに10名の女性が隠されていること、シンガポールで総勢48名の関係者を殺害したことが明記されていたんです。

 そしてまた、追記としてフィリピン国内においても「同志」が総勢69名を殺害している旨の記載があったのです。


 果たしてシンガポール警察がフィリピンの治安機関に問い合わせたところ、フィリピン国内で69名の惨殺死体が発見されていたという返事が返ってきた。

 罪を犯した者に対する呵責無き正義漢の断罪と受け止められる一方で、当該殺人犯は複数いるものと判断されたのである。


 犯行場所はシンガポール市内でもかなり広い範囲にわたっており、検視結果によれば午前一時から二時の間の犯行と判明したからである。

 それ以後、殺害犯の探索に合わせて実施された遺留書類や証拠資料の検証確認から、インドネシア、マレーシア、ベトナム、タイ、中国広州における人身売買のシンジケートの存在が確認され、それぞれの国で一斉摘発が開始されました。


 俺はと言えば、日本のマンションでそのニュースを聞いていたよ。

 ちょっと面倒だけれど、場合によっては、中東のハーレムもぶち壊しに行かねばならないかなとその時思っていた。

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