4-8 領地の視察

 伯爵への叙爵から2か月余り、ようやく伯爵邸の改修が終わった。

 まぁ、改修とは言いながら、かなりの部分が新築に近い。


 金に物を言わせて昼夜兼行の工事だったが、幸いにして大量の人員を投入したので事故も無く、無事に落成の運びとなったわけである。

 工事関係者を集めての落成式を開き、次いで貴族へのお披露目のためのパーティを開催しなければならないわけだ。


 ファンデンダルク邸が完成するまでの間にすることも多かった。

 領地であるカラミガランダとランドフルトの視察に行き、両方の仮代官とも会ってきた。


 カラミガランダの領都は、ヴォアールランドという人口三万ほどの都市である。

 一方のランドフルトの中心地は、ラドレックという人口1万五千ほどの街だ。


 カラミガランダはボーヴォアール子爵が亡くなって、子爵の爵位返上に伴い一旦は王家預かりとなり、臣下等で希望する者はそのまま仮採用されて従前の職に就いている。

 但し、代官と数名の官吏は旧臣ではなく、王都から派遣されて、領地の管理を請け負っているのである。


 ランドフルトの方は元から王領直轄地であるので代官が存在している。

 これも引き継ぎを受けるまでは、当面そのままの役職を継続している。


 どちらの期限も俺が伯爵に叙爵されてから半年の間だけであり、その後は俺若しくは俺の臣下により領地の差配をしなければならないわけだ。

 王都からヴォアールランドまでは馬車で四日、ヴォアールランドからラドレックまでは、馬車で二日の距離である。


 因みに王都からラドレックまでは馬車で五日程度なので、いずれも俺の馬無し馬車であれば、王都から一日で行ける距離ではあるようだ。

 ところで、ボーヴォアール子爵の臣下であった者達について言えば、新たな領主に雇って貰えるか否かがある意味で自分たちの死活問題なのだ。


 ボーヴォアール子爵の臣下で残っている者は340名ほど。

 その家族や従者を含めると実に三千名を超す大所帯だ。


 赤穂城断絶ではないが、残された臣下にとっては滅多に無い一大事なわけである。

 ボーヴォアール子爵が亡くなったのは、俺がフレゴルドに現れた頃だから既に4か月近くも宙ぶらりんな状態が続いているわけだ。

 

 端的な話、別な子爵が領地替えなどでカラミガランダに着任した場合は、その臣下になれる望みは極めて少なかった。

 子爵ともなれば、当然に古参の臣下を引き連れており、余分な臣下を抱える余裕は殆どないからである。

 

 また、男爵が子爵に陞爵された場合は、子爵並みの家臣を揃えるのに新たな需要が生まれるが、当然に全員が雇われるわけではない。

 そんなこんなで、自分が家臣として雇われるかどうか、これまでの仲間とともに疑心暗鬼の状態がずっと続いていた。


 そんな中での朗報は、准男爵から男爵への叙爵に続いて伯爵にまで一気に上り詰めた王都の英雄が、領主と知らされ、ある意味で多少の安堵感が漂ったらしい。

 少なくとも准男爵であれば、家臣は居ないか若しくは居ても一人か二人であり、伯爵の威信を保つには故ボーヴォアール子爵の家臣数では足りず、少なくとも500名ほどの騎士が必要な筈。


 或いは、家臣全員が召し抱えられるかもしれないとの希望の目が出てきたのだ。

 しかしながら半月もしないうちに、その希望もかなり危ういかもしれないと思われるようになった。


 理由は、王都の伯爵邸に召し抱えられた騎士たちの情報が入ってきたのである。

 新しい伯爵様は、寄親の侯爵様から推薦のあった派閥内の子息たち30名以上の中から僅かに四名を選んだだけで、残りは不採用としたようなのだ。


 王都伯爵別邸詰めの騎士の場合、少なくとも20名ほどは必要であり、残りはどうしたかと言うと、騎士学院と冒険者学校に在学中の者をかき集めて凡そ25名ほど雇ったとの情報が入ったのである。

 この情報から見ると、新しい領主である伯爵様はかなり厳しい目で家臣の選定をしているのではないかとの噂が駆け巡ったのである。



◇◇◇◇ カラミガランダの家宰と騎士団長 ◇◇◇◇


 旧子爵邸の家宰マイケルトンは、領主館の使用人を束ね、統率しているが、彼とて不安で仕方がない。

 執事・メイドギルドでのやり取りの噂が流れてきており、新たな伯爵は家宰を雇うに際して、選抜試験を行って王都別邸の家宰を選んだらしいことがわかったからである。


 マイケルトンとて、故ボーヴォアール子爵の信用を一手に受けて、領主館を切り盛りしてきたという自負もあるが、王都の執事・メイドギルドが紹介する執事等に比べれば間違いなくワンランク下である筈。

 そんな自分が果たして伯爵のお眼鏡に叶うか否かがとても不安なのである。


 また、元メイド長が不機嫌なのも困っている。

 領主館のメイド長には、王都の執事・メイドギルドから推薦された者が新たに来るらしい。


 どうも待遇如何では、彼女(元メイド長)は辞める心づもりでいるようだ。

 それに追随するメイドも恐らく片手ではきかないだろう。


 そのような状態では、領主館が無事に運営できるかどうかについても非常に不安なのだ。

 上司がそうであれば当然の様に部下も動揺するのは当然であり、領主館の雰囲気が何となくとげとげしくなっている。



 同じく、カラミガランダ騎士団を束ねていた騎士団長トボレスクとて不安が一杯である。

 ボーヴォアール子爵は代々内政に優れた人物であり、武力にはほとんど縁がない人物であったから、これまで三代にわたる子爵家の治政下で、領地外への出征は一度もなかったのである。


 二十年ほど前にあったカトラザル王国との戦役でも王家から騎士団派遣の要請は来なかった。

 一応日々の鍛錬には励んではいるのだが、騎士団長の目からしても、カラミガランダ騎士団は決して強兵とは言えない。


 その騎士団を見て王都の英雄はどう思うかである。

 たった一人で黒飛蝗の群れのほとんどを殲滅してしまった希代の英雄である。


 当然に魔法師としてもまた冒険者としても武勇に優れているものとみなければならない。

 噂によれば、フレゴルドでは単騎でオークの集落を殲滅したこともあるらしい。


 噂と言うのは先走り、往々にして誇大になる恐れがあるので、ある程度は割り引かねばならないものだが、それでも今回の黒飛蝗くろびこう討伐の功績が認められて伯爵にまで上り詰めたのだから、黒飛蝗討伐に多大な実績があったのは間違いない。

 そうした武威に優れた貴族は、往々にして家臣にも相応の武威を求めることが多いのだが、生憎とカラミガランダ騎士団にそんな英雄紛いの者は一人もいないのだ。


 領内は魔物の出現も少なく、領地外への出征もその機会がないことから、騎士団はそこそこ治安の維持ができる程度の力しかないのだ。

 それを見て伯爵が家臣として雇わないと決めれば、家族もろともたちまち路頭に迷うことになる。


 そんな家臣が300名ほども居るのである。

 子爵からは騎士団長として任じられてはいたが、伯爵の元では降格もあり得るし、最悪は失職も覚悟しなければならないとやや悲嘆しているトボレスクである。



 伯爵の陞爵から一月近くたって、ファンデンダルク伯爵がヴォアールランドを視察に来ることが予め伝えられた。

 王都に居る伯爵家別邸の家宰からの先触れによれば、王家派遣の代官との正式な引継ぎはまだまだ先の事らしいが、事前に領地を確認しておくことが今回の視察の目的であり、ヴォアールランドで一泊の後は、同じく伯爵領地となるランドフルトのラドレックへ視察に行く予定があるらしい。


 未だ王都の屋敷も改修中との話を聞いており、伯爵自身は何とも忙しい毎日を過ごしているようだ。

 そうしてその知らせがあった三日後には、ファンデンダルク伯爵が三台の馬車を連ねてヴォアールランドにやってきたのだが、最初に度肝を抜かれた。


 伯爵一行は、伯爵様に王都別邸の執事が一名、馬丁が三名、新任のメイド長とメイド3名、王都別邸の警護騎士隊長以下4名の合計で13名であるが、通常の伯爵の旅行の規模としては至って少ないと言えるだろう。

 普通であれば、騎士が最低でも10名はつかねばならない。


 しかも彼らが乗って来たのはであった。

 ましてや、彼らが出発したのは、その日の明け方だったということが一番の驚きであった。


 ヴォアールランドから王都までは、通常馬車で4日、伝令のための早馬でも安全を期すならば一日半から二日を見なければならない距離である。

 それを僅かに一日で踏破してきたという事実に目を見張ったのである。


 伯爵一行は、最初に代官所に赴いて代官と挨拶を交わし、大まかな領内の事情を確認した後、代官所の役人を先導に、領主館を訪れた。

 領主館は、ヴォアールランドの中央にある小高い丘の上にあり、敷地は25万ベード(およそ68万㎡)ほどもある。


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