4-4 転移と異世界転移?

 元辺境伯邸の改修は、最初に植物の伐採から始められた。

 ある程度伐採が進むと大工や石工などが大量に投入されて、館の改築と補修が急ピッチで始められた。


 何せ予算は多い。

 執事の採用試験の際に言ったように紅白金貨50枚をジャックに預け、邸の改築と補修を一任している。


 フレデリカには同じく紅白金貨30枚を預けて備品や調度品或いは生活に必要なこまごまとした品の準備に当たらせている。

 色々と王都でもやることが目白押しなのだが、フレゴルドにも一度戻らねばならないな。


 フレゴルドの屋敷をどうするか決めねばならない。

 王都や俺の領地とはかなり距離があるからね。


 王都とフレゴルドでは馬車で足掛け三日かかるし、王都と俺の領地であるカラミガランダの領都ヴォアールランドまでは四日前後かかるらしい。

 貴族ってのは、領地は代官任せの者が多いと思っていたが、ジャックの話ではまともな貴族はきちんと領地にも赴いてしっかりと領地経営もしているようだ。


 うーん、これは絶対に特別な足が居るよね。

 少なくとも領地と王都を1日で移動できる手段が欲しい。


 錬金術で馬無し馬車を作るか?

 それと魔法創生で転移魔法をやってみるか?


 悩んだ末の結論は、一応どちらもやってみようだった。

 錬金術の馬無し馬車は、動力を如何にするかがちょい面倒なので、先に転移魔法を先にすることにした。


 但し、転移魔法はできるだけ秘匿する必要がある。

 暗殺なんかに用いたらこれほど便利なものは無いからね。


 俺が使えること自体を絶対に他人には秘密にするのでなければ使えない。


 ◇◇◇◇


 俺は、今、試行錯誤で転移魔法を試している。

 無論、近場の二地点間を転移するだけの魔法を取り敢えず考えただけである。


 深夜、不可視インビジブルの魔法に、隠密と隠蔽をかけて、仮住まいの男爵邸を出て王都郊外に出張り、誰もいない森の中に居て、俺の視界の範囲にある僅かに20mほど先の場所への転移である。

 ちょっと発動に苦労したが、紙を折りたたむように空間を折りたたむことをイメージしてやると意外にうまくできた。


 俺は瞬時に20mほどの距離を移動していたのである。

 超能力のテレポーテーションが如何なるものかは知らないが、俺はさしたる労力も使わずにそれを成し遂げた。


 実際のところ20mの移動に際して減った魔力はたったの1だけであった。

 そうしてこれが徐々に距離を増やして行っても魔力の消費は変わらなかったのには驚いた。


 魔力の消費は空間を折り曲げる際に使うだけで距離には余り関係がないことが分かったのだ。

 まぁ、念のために徐々に転移距離を増やしていったのだが、十日後には俺が行った場所であればどこにでも転移できるようになった。


 単純にイメージの問題であるらしい。

 ただ、イメージがずれていたり、転移場所に障害物が有ったりすると目的とした場所に転移せず、別のところに移動することがままある。


 夜中に仮住まいの書斎から三階の屋根裏部屋をイメージしながら、少々腹が減ったなと考えつつ転移してみたら台所に転移していたことが有る。

 誰も居なかったので幸いだったが、台所に誰か居たなら大騒ぎになっていたかもしれない。


 この経験を踏まえて、俺は転移する場合には必ず不可視の魔法を発動するようにしている。

 同時に認識疎外を掛ければ、普通の人には間違いなく無視されるはずだ。


 まぁ、鑑定Lvの高い者が居ればこっちの存在がばれてしまう恐れもあるけれどね。

 いずれにしろ、注意していないととんでもない場所に転移してしまうこともあり得るなと若干の不安を感じていた。

 そうして、ある時偶然にそれが起きてしまった。


 家宰のジャックからは渋い顔をされているのだが、俺は未だに冒険者でもある。

 従って、王都の冒険者ギルドにちょこっと顔を出して、依頼をこなすために王都近郊の山間の道を歩いていた時、突然起きた大規模な崖の崩落を避けるため、咄嗟に隠れ家的な俺の仮住まいの家の書斎への避難を試みたのだが、転移した場所は少々違っていた。


 そこは、俺が子供の頃に近所の幼馴染のガキどもと隠れ家にしていた神社の裏山にある洞窟の中だったのだ。

 神社の由来はよく知らないが、俺たちが「コマガタ神社」と呼んでいた古い社が小高い山の中腹にあり、そこからさらに少し登った場所で、山道から外れた場所にあった洞窟である。


 洞窟は大きくも深くもない。

 間口が二間けんほど、入り口の高さは一間けんも無いかもしれないが内部の高さは二間けんほどあり、奥行きは精々三間けんほどか。


 入り口部分が木立や藪に囲まれているので、余程近くに行かないと洞窟があることすら外見上はわからない。

 ここは俺たちが小学生だった頃の隠れ家だった場所なのだ。


 で、何故か俺がそこに立っていた。

 場所はすぐにわかった。


 だが、なぜそこにいるのかがわからない。

 アルノス幼女神様は元の世界には戻れないと言っていたはずだ。


 だから、俺の元居た世界に戻れるはずがないのだが、・・・。

 ひょっとしてタイムワープまでして、子供時代の洞窟なのか?


 いや、隅っこにある残骸から見て子供時代ではない。

 経年劣化で薄汚れたプラスチックの壊れた玩具が転がっているが、その風化状態からすれば間違いなく10年以上は経っているだろう。


 あれは、確か隣組のタロウが捨てた新幹線のプラモデルだ。

 ではここが俺の田舎のだとして俺はホブランドに戻れるのか?


 そもそもこっちの世界、田舎の北上では勿論のこと、東京でも俺は多分失踪しっそう中になっているはずだ。

 ホブランドに召喚されてからほぼ二か月が経った。


 その間音信不通のままなら、家賃の未払いで当然に俺のアパートも引き払われているはずだ。

 大家さんが昔気質の人で口座引き落としをしてくれなかったからなぁ。


 俺が毎月末に現金で家賃を支払っていた。

 大家さんが俺の不在に気づいて実家に連絡するだろうし、親父が俺の保証人だったから、多分、親父たちが俺の荷物の整理等始末若しくはその準備をしているだろう。


 だが、どうする。

 このまま俺が日本に戻って生活できるのか?


 今の生活基盤はホブランドにあって、こちらにはない。

 元の就職先だって二か月以上も無断欠勤すれば当然クビになっている筈だし、事情があってのこととしても今更簡単に復職できるとは思えないぞ。


 種々悩んだ末に取り敢えずホブランドに戻れるかどうか試してみたら、思いのほか簡単に出来ちゃったよ。

 ちゃんと王都の俺の仮家屋の書斎兼工房に転移できたのだ。


 但し、魔力は膨大な量が減っていた。

 おそらく俺の魔力保有量の三分の二近くにもなるだろう。


 異世界から地球へ、地球から異世界へと往復で、魔力消費量は実に4万超えだぜぃ。

 危ういところだった。

 仮に片道で半分以上を使っていたなら戻れなくなる可能性もあったのだ。


 転移は可能だったとして元の世界で魔法が使えるとは限らない。

 魔法が使えるのは、ホブランドにあまねく存在する魔素のおかげでは無いかと踏んでいる。


 元の世界である日本では魔素が有るのかどうかすら不明なのだ。

 まぁ、一応魔法の一種である転移は可能だったので、他の属性魔法も試してみる価値はあるな。


 で、再度の冒険、1日ホブランドで時間を置いて、俺の魔力が完全復活しているのを確認の上、翌日にもう一度北上の神社裏にある洞窟に転移した。

 驚くべきことにこれもまた簡単に出来ちゃったのだ。


 確認すると片道分の魔力の減りはおよそだが32%ほどだった。

 帰りも同じとして一往復に64%程を使うことになる。


 で、こちらに魔素があるかどうかを確認するために火魔法を試してみた。

 問題なく出来たヨ。


 水も含めて全属性の魔法全てが使えたので、おそらく魔素はあるのだろう。

 一方で俺の魔力の補充だが、数時間を置いて幾分補充はなされたが、充填量はかなり少ない。


 正確にはわからないが、おそらく異世界に比べると多分三分の一程度なのじゃ無いかと思う。

 まぁ、無茶はできないが自然に補充できるのがわかれば、魔法の行使を惜しむ必要もない。


 で、俺の扱いが元の世界でどうなっているのか密かに調べてみた。

 俺は若干の変装をし、認識疎外をかけてひたすら目立たないように動いた。


 そこらの高校生と左程変わりは無い筈だが、ちょっとイケメンで足長だ。

 まぁ、顔立ちと瞳の色でおそらくはハーフでも通るんじゃないかなと思う。


 服装はジャージに似た衣装をホブランドで用意した。

 素材は違うがそれらしく見えれば差し支えないだろう。


 その出で立ちで北上市内のネットカフェに行き、俺のことを調べてみた。

 お金があったかって?


 勿論、俺が召喚された時に持っていた現金が、さほど多くは無いけれどそっくりそのままありましたよ。

 驚いたことに俺の名前がネットの中にかなりあった。


 ネットを見て、初めてホブランドと日本では時間の流れが少し違うことに気が付いた。

 二か月ほどならば未だ2021年の年末か翌年正月である筈なのに、目の前のPCモニターに表示されている暦は2025年5月7日だった。


 実際に俺の不思議時計で確認すると、日本での1時間は、ホブランドでの3分(180秒)ほどなのだ。

 俺の時計すっかりホブランド仕様になってしまっていて、日本に戻っても正常には動かない。


 秒針が一秒分動くのに20秒ほどもかかるもんで、秒針がなかなか動かないから、最初は時計が止まってしまったのかと思ったよ。

 結局俺がホブランドで過ごした2か月余りは、日本では3年半ほどにもなっていたわけだ。


 そのネットでは、2021年10月6日、行徳駅近くのファミレスで突如失踪した5人のうちの一人として俺の名前がネットで大フィーバーしていた訳よ。

 あのファミレス、24時間営業だけあって店内にいくつもの防犯カメラが設置してあったようだ。


 で、そのうちの二台のカメラに俺たちがバッチリと映っていた。

 俺もその映像を確認したのだけれど、例の魔法陣もおぼろげながら浮かび上がってきたのが見えていた。


 画質が良くないから流石に魔法陣の文字まではよく見えない。

 そうして魔法陣様のものが浮かび上がった次の瞬間、席に座っていた四人の高校生たちとその脇の通路を歩いていた俺の姿が消えていた。


 で、これがラノベ好きの若者たちの間で大炎上。

 好き者はどこにもいるもんで、警察の調査と合わせて、すぐに5人の名前が割れたようだ。


 ネット情報によれば、ヤンキーな4人の素行は余り宜しくなく補導歴もあるらしい高校生達だ。

 当然のことながら、5人が異世界に召喚されたという説が大々的に流れた。


 無論お上や学者たちは不可解な現象としてオタクの言う異世界召喚などは一応否定したが、一部の学者は従前からある「神隠し」説を唱えたりもしたようだ。

 で、俺の名前や勤務先なども、かなり詳細に週刊誌でバラされ、同時にネットで紹介されていた。


 当初の一月余りはネットを賑わしたようだが、その後は余り情報が無く、どうやら俺も例の4人のヤンキーたちもそのまま行方不明のままになっているようだ。

 まぁ、このままだといずれ失踪宣告で除籍になるだろうけれど・・・。


 『生きていました。』と言って今更名乗り出られるかどうかだよなぁ。

 ラノベ展開は流石に説明が面倒だし、魔法を使って見せるのも後々面倒そうだ。


 絶対に政府筋に隔離されてこき使われるか、学者連中のモルモットにされる未来しか思い浮かべられないぜ。

 やっぱり、このまま行方不明のままでいるとしよう。


 両親なんかも多少心配ではあるが兄貴夫婦がついているから、まぁ、大丈夫だろう。

 陰ながら支援をしてやるという方法もあるしな。


 一応マスクをして、実家の近くに行って様子を見てみた。

 俺の顔立ちは元の顔に多少似てはいるものの体形が完全に外人さんだからな。


 誰かに気づかれる心配はないし、認識疎外をかけているから、ある意味ほとんど無視されている存在だ。

 遠目で見る限り親父もお袋も元気そうだったし、鑑定をかけて確認もした。


 まぁ、まだ50代前半の親父だ。

 さほど心配する必要はないようだ。


 唯一、家で飼っている秋田犬のジローが俺を見て盛んに尻尾を振っていた。

 あいつは見知らぬ奴に吠えることはあっても尻尾を振る犬じゃない。


 たまたま俺が風上に居たので、多分臭いで俺を嗅ぎ分けたのじゃないかと思うが、家人に気づかれてもまずいので余り近くには寄らないようにした。

 取り敢えず日本に転移できることがわかって当座はそれでよしとした。


 帰ろうと思えばいつでも日本に帰ることはできる。

 但し、ホブランドの方に随分と関わり合った者ができたから、今更それを切り捨てることはできないな。


 元居た世界と今居る世界の両方を訪れて交易と言うか物のやり取りもできるはずだが、どちらにしても下手な持ち込みをして急激な変化はさせない方がいいだろうと思う。

 できるだけ抑えた範囲でのみ調整することが望ましいだろう。


 少なくともこの件に関しては、幼女神様にも報告がてら相談しなければならないだろうな。

 ホブランド内の転移、或いは日本国内での転移では、魔力を1しか消費しないが、ホブランドと日本の間での転移には魔力を大量に使うから、余り頻繁に往復すると俺の魔力が持たない可能性もある。

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