3-15 王都滞在中の出来事 その十一(王都の不動産事情)

 冒険者ギルドで、ギルマスにフレゴルドへの通信依頼をお願いした俺は、その足で商業ギルドへ向かった。

 未だ陞爵しょうしゃくしても居ないので、早いかもしれないが商業ギルドでも屋敷の入手についての情報収集だ。


 もしかすると伯爵に相応しい屋敷候補を商業ギルドが持っている可能性があるかもと考えて赴いたが、結果はギルマスのリックが言った通り、商業ギルドではそもそも子爵までの屋敷しか取り扱わないし、今現在手持ちで空き家になっているのは男爵クラスの屋敷しかないそうだ。

 参考までに値段を聞いてみると商業ギルド手持ちの男爵クラスの屋敷でお値段は紅白金貨5枚程度らしい。


 子爵でその2倍、伯爵で3倍から4倍程度が一応の相場であるらしいが、需給バランスで多少の変動はあるようだ。

 冒険者ギルドのギルマスからも聞いていたが、念のため、マッケンジー不動産とアーマレイド不動産が扱う貴族向けの不動産の大枠の相場の値段を商業ギルドで聞いてみた。


 商業ギルドでも正確な情報は無いらしいが、七、八年前の情報では、マッケンジーが手掛けた旧バーゲンホルン伯爵邸(7万6千ベード)の売買価格が紅白金貨30枚程度だったようだ。

 アーマレイドについての情報はほとんどなかったが、5年前に内々に流れた情報では元ダンケルガー辺境伯邸(8万6千ベード)で紅白金貨10枚、ブランディット旧伯爵邸(6万8千ベード)で紅白金貨7枚という噂話があったものの、無論誰も購入した者は居ないらしい。


 因みに、現在の持ち主はいずれもアーマレイド不動産であるらしい。

 経費節約のためには、曰く因縁付きの屋敷を入手できる方がいいのだが、本音で言えば祟られるのは勘弁してほしいぜ。


 翌日、一応マッケンジー不動産とアーマレイド不動産にをつけておくことにした。

 どっちにしろ、伯爵邸を王都で入手しなければならないのならば、どちらかを通すしかなさそうだからな。


 取り敢えず、挨拶代わりに会っておくだけでもいいだろう。

 俺は情報収集を兼ねて、午前中にマッケンジー不動産を訪ねた。


 商業ギルドで教えてもらったマッケンジー不動産は、貴族街の南西端に位置していた。

 まぁ、場所的には貴族街と大商人など富裕層の居住区の境だな。


 マッケンジー准男爵(貴族相手の不動産屋は長年の貢献というヤツで平民ながら爵位をもらえるようだ。)本人ではなく、番頭が出てきて応対してくれたが、正直言って対応が非常に悪かった。

 俺の姿形が若いということもあるだろうし、准男爵への陞爵の際に造った衣装と言うこともあるのかもしれないが、最初から高飛車な応対だった。


 俺の数少ない経験では、客商売でこんな殿様商売をしている業者に程度のいい奴はいない。

 どんな相手でも「お客様は神様」なのだ。


 ん?

 これって大昔の言い回しだっけか?


 まぁ、一応、番頭のお勧めの物件の話を聞くだけ聞いてみたが、話に出てきたのは敷地面積が5万ベード未満の子爵クラスのモノばかりだった。

 俺は伯爵用の屋敷とハッキリ言ったのだが、番頭は最初からこっちの話を信用していないのかな?


 しかもお値段が5万ベード弱の広さで紅白金貨40枚だそうな。

 吹っ掛けるにも程があるだろう。


 仮にも後々世話になる可能性もあるから喧嘩別れをするわけにもいかず、一応時間をかけて検討すると言って、お勧めの屋敷の住所だけ確認して店を出た。

 正直に言って、この店では余程の事情が無い限り買いたくない。

 

 仮に買うとしたなら徹底的に叩いてから買うことになるだろう。

 俺の魔力で威圧をかけてでもそうするつもりでいる。


 念のため番頭が一番にお勧めしてきた屋敷を、現地に行って周囲から確認してみたが、一部石造りながら7割方は木造建築の屋敷で屋根の一部が崩落しているなど、とてもそのまま住める状況にはない。

 恐らく痛み状況から察するに新築するほどの手間暇がかかるだろう。


 敷地も番頭が言う5万ベード弱の広さは無い。

 精々が3万8千か9千ベード程度、どう見ても男爵クラスの屋敷にしかならないんじゃないかな?


 次は貴族街の東端にあるアーマレイド不動産だ。

 同じく貴族街と商人街の境にあり、ここでは店員なのか女性が応対してくれた。


 年増ではあるが結構な美人で、自らエカテリーナ・アーマレイドと名乗った。

 お世辞半分で、随分とお綺麗な方に対応していただいて嬉しいですと言ったら、ポッと顔を赤らめましたね。


 このお姉さん可愛いじゃないですか。

 次いで伯爵邸の購入を考えていると俺が言うと、一旦俺のことを上から下まで見てから言った。


「あの、大変失礼ながら、貴方様は伯爵様のご用人なのでしょうか?

 その衣装からは爵位持ちのお方に見えるのですが・・・。」


「あぁ、用人ではありません。

 今現在は、私が准男爵の地位にありますが、近々男爵へ、更に同時に伯爵へと陞爵することが内々に決まっています。」


「それは大変御見それをいたしました。

 通常、不動産の購入の際には爵位持ちご本人が見えられることはとんどございません。

 その意味で、お客様は或いは遺産等の売却に見えられたのかと勘違いをしておりました。

 つい先日も男爵位をはく奪された方のご子息が屋敷の売却のご相談に見えられたもので・・・。

 本当に失礼を申し上げました。

 それで、お客様は当店の評判をお聞き及びでございましょうか?」


「えっと、始末屋と綽名されていることでしょうか?」


「はい、大変不名誉なことではございますが、当店で扱う物件は曰く因縁付きのモノが結構多うございまして、余り社交界ではよく思われてはおりません。

 必ずしもすべての物件がそうという訳ではないのですが、その印象が強すぎているのも事実でございます。

 或いは貴方様が購入後、口サガの無い者から悪い評判を立てられ、貴方様が何かしらのご迷惑を受けることが無きにしも非ずなのですが、その点は差し支えありませんでしょうか?」


「私のためを思っての発言でしょうけれど、そのように前置きすること自体が商売に支障が出るのではないですか?」


「確かに、支障がないとは申せません。

 しかしながら、准男爵から伯爵にまで一気に昇進するようなお方に嘘を申してまで瑕疵かし物件をお売りするわけにはまいりません。

 もし間違っていたならば申し訳ございませんが、もしや、貴方様は先日准男爵になられたばかりのリューマ・アグティ様ではございませんか?」


「はい、その通りでございますが、何故私のことを?」


「私どもの家系も平民でありながら貴族街のお屋敷を扱っている関係で一応爵位を頂いている家にございます。

 貴族の方々とのおつきあいも深く、種々の情報に接する機会がございます。

 中でも貴方様のことは、年若くして准貴族に陞爵されたにも関わらず、王宮での晩餐会や舞踏会での振る舞いに大層感服なされていた上級貴族の方が多いようでございまして、それを漏れ聞いた父が注目しておられました。

 そうしてあれから10日も経たずして伯爵への陞爵。

 それほどの功績とは・・・?

 もしや、黒飛蝗の襲来から王都を守った英雄様でございましょうか?」


 エカテリーナさん、随分と勘のいい方ですね。

 まぁ、ここで俺が否定するのもおかしいよね。


「ええ、まぁ、・・・。

 でも、騒がれるのはあまり好きじゃないのでどうぞご内聞にお願いします。」


「かしこまりました。

 あれこれと詮索するような物言いをいたしまして大変失礼いたしました。

 リューマ卿のご希望とされる伯爵クラスの物件は、正直申し上げてあまりよいモノがございません。

 手前どもで保有しています物件では、一応二件の伯爵クラスがありますけれど、いずれも除霊のできない物件で、とても他人様ひとさまにお売りできないものでございます。

 子爵クラス用として4万8千ベードの敷地の屋敷もございますが、伯爵におなりになるリューマ卿にはやや格落ち感が拭えない物件にございます。」


 うーん、どこまでも正直な方ですねぇ。

 これで商売ができるのかしらん?


「因みに教えてください。

 伯爵クラスの屋敷で除霊のできていない屋敷と言うのは、元ダンケルガー辺境伯邸とブランディット旧伯爵邸の事でしょうか?」


「はい、左様でございます。

 いずれも強力なたたりの霊が居ついており、聖魔法でも除霊ができないのです。

 二カ所とも貴族街の中央部付近にあって、立地条件としては申し分のない物件でございますが、元ダンケルガー辺境伯邸は56年間、ブランディット旧伯爵邸で42年間も無人状態が続いている屋敷です。

 斯様かように年月を経ていることから建物の大部分は石造りながら、人が住むにはかなりの手入れと修理が必要となります。

 正直申し上げて私の祖父の時代からのの遺産でございまして、出来れば手放したいのですが、王都の場合、貴族街の敷地はいかなる場合でも、所有権放棄はできないことになっております。

 これは管理責任者の居ないような土地を貴族街に放置することのないようにするための禁則事項なのでございます。

 まぁ、現実問題として私どもが管理をしているとは名ばかりで、実質的には土地へ入ることさえ難しい状況ではあるのです。」


「なるほど、参考までに教えてください。

 二つの屋敷、仮に私が購入したいと申し出た場合、いくらならお売りできましょうか?」


 エカテリーナさんが若干胡乱うろんな目つきをしましたねぇ。

 この人本気なの?という目つきですね。


「正直なところ、資産価値はほとんどございません。

 先ほど申し上げましたとおり敷地に入ること自体が今では難しくなっております。

 建物どころか庭の手入れすら全くできておりません。

 一方で貴族街の敷地を所有することで毎年地租税がかかりますので、一切利用できないのにも関わらず経費が掛かると言う非常に問題のある土地なのです。

 祟りという事情から王宮よりの特段の思し召しに依り、私ども不動産を扱う者への特例措置として地租税は百分の一ほどに抑えられておりますが、広いためにそれでも結構な額でございます。

 実は貴方様が土地を購入されますとその特例措置がなくなり、地租税全額の納付義務が生じます。

 因みに私どもでは毎年金貨1枚だけの納付になりますが、土地を購入されますとダンケルガー辺境伯邸で金貨86枚、元ブランディット伯爵邸で68枚の税を収めねばなりません。

 そのような事情をご承知の上で購入されたいと申されるならば、いずれの物件でも紅白金貨6枚でお売りいたします。

 但し、遺憾ながら購入後の補償には一切応じかねます。

 また、購入後に何らかの事情で売却をお望みの場合は、当店が無償でのみお引き受けいたします。

 そうした場合でも遺憾ながら瑕疵物件でございますので買値はつけられないのです。」

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