3-11 王都滞在中の出来事 その七(シレーヌ嬢の家族)

 俺は応接間に通された。

 この屋敷はバイフェルン伯爵の王都別邸であり、普段伯爵が住む屋敷は、王都の北方にあるバイフェルン伯爵領の領都デュラントに在る。


 今回は3年に一度の王都参詣さんけい(江戸時代の参勤交代みたいなもの)で家族を連れてやってきたのである。

 領地持ち貴族は、通常王都に別邸を設けているものであり、このバイフェルン邸もその類であるが別邸とはいえ、貴族街にあって他の貴族に負けないようにと相当に見栄みえを張ることになるから、屋敷も相当にでかく、また華美になる。


 公爵・侯爵クラスで10万ベード、辺境伯クラスで8万ベード、伯爵クラスで6万ベード、子爵クラスで4万ベード程度が相場なのだそうだ。

 まぁ、江戸時代の大名屋敷とでも考えればいいのかもしれない。

 男爵でも1万ベードから2万ベードの屋敷を構えないと周囲の者から侮られるというから中々に貴族も大変である。


 俺の場合、今は准男爵と言う役職無しの単なる名誉貴族扱いだから三年に一度の参詣も義務付けられていない。

 しかしながら、今回国宝ともいうべき宝冠の発見の功績で、更なる褒章ほうしょうを与えられ陞爵しょうしゃくするとなれば、仮に男爵クラスで領地を持たない法衣貴族であっても、特定の役目を与えられたりすると、少なくとも連絡場所として王都に邸を構える必要がある。


 それが面倒だから王太后にそれとなく断れないかとにおわせたのだが、呆気なく「無理」と却下された。

 折角、フレゴルドに邸を構えたのに、これじゃぁ、無駄になってしまいかねないよね?


 ひまかせて、王都滞在中の宿であるハイリリアの女将おかみにたまたま聞いた話では、仮に領地無し男爵への陞爵であった場合、最低でも領地持ち男爵の半分ほどの広さの屋敷を持つのが王都での慣例だそうだ。

 無論のこと、その屋敷の購入には結構な金額が必要になる。


 フレゴルドと違って王都は地価が高いからねぇ。

 王都貴族街には、何件かの屋敷の空き地があるようだから、仮に王都別邸を入手しなければならない羽目になったら、商業ギルドに相談してみようとは思っている。


 まぁ、そんな話は別として、怖い顔をした伯爵当主を中心にバイフェルン伯爵ご一家と応接間で絶賛ぜっさん面談中である。

 メイドさんが折角せっかくお茶を出してくれているのに、それを飲む余裕が俺にはない。


 カイゼルひげの伯爵が俺を終始にらんでいるのだ。

 伯爵夫人のミシェル様が、色々と気を使ってはくれるのだが、カイゼル髭のおっさんがとにかくウザイ。


 俺とシレーヌ嬢との関係を根掘り葉掘り聞きだそうとしている。

 無視するわけにも行かないから丁寧に受け答えはしているけれど、いっそお前なんぞとは話もしないという態度をとってくれた方が余程気が楽なのに・・・。


 隣に座っているシレーヌ嬢の方がどっちかと言うと激オコに近いかもしれない。

 まぁね、シレーヌ嬢も一応は成人しているし、一人前の近衛騎士なんだから何時までも子供扱いされることには我慢がならないのだろうけれど・・・。


 まぁ、素性の良くわからない男が娘の傍にいるもんだから親御さんとしては警戒するのは当たり前なんだけれどね。

 でも、いつまでもその態度じゃシレーヌ嬢の縁談が来なくなるよ?


 本音では、あんたの娘を少しは信用しなさいと俺は言いたいのだが、流石にこの場では言えません。ハイ。

 約一時間ほど質問を浴びせ続けてようやく気が済んだのか伯爵は席を外しました。


 後は順番にご家族と面談中です。

 ミシェル夫人は、38歳。


 ドリトル子爵家の長女からバイフェルン家に嫁いできたようです。

 何でもカリラナ侯爵閥の重鎮がバイフェルン伯爵とドリトル子爵らしく、その結束を固めるための政治的配慮と言う奴でつながった縁らしい。


 実は、コルドレン子爵家も同じ派閥内だったので嫡男マクレガーとシレーヌ嬢との縁談が進められたのだが、とにかく成長したマクレガーの素行が悪く、とんでもない男だったことから両家の話し合いで縁談話は早々に切れていたはずだったものだ。

 ミシェル夫人と伯爵とは仲睦なかむつまじくシレーヌを含めて一男三女を設けているが、男子が少ないために領地には側室が一人いるようだ。


 その側室との間には二男一女を設けているのだが、いずれも5歳未満とあって側室を含めて今回の王都参詣には連れてきていない。

 長女がシレーヌ嬢で、次女ミレーユ嬢が16歳、長男(嫡男)カール君が13歳、三女アネット嬢が11歳である。


 実は、シレーヌ嬢の前に長女が生まれてはいるのだが1年も経たないうちに亡くなっており、シレーヌ嬢は次女でありながら長女なのだ。

 ミッシェル夫人の血筋なのか、いずれも美少年美少女であり、先行き楽しみなお子達ではある。


 面談の中でも一番返答に困ったのが、末っ子のアネット嬢の質問だった。

 先ほどからカイゼル髭の伯爵が根掘り葉掘りとオブラートをかけて尋ねて来た事柄なのだが、子供と言うこともあるのか、実にストレートに質問してきた。

 

「お姉さまとリューマ様は恋人なのですか?」


 俺とシレーヌ嬢は思わず顔を見合わせた。

 途端にシレーヌ嬢が顔を赤らめて俯いてしまった。


 あれまぁ、返事は俺任せなの?

 カイゼル髭のおっさんの質問は曖昧あいまいだったから何とか切り抜けたけれど、この質問はイエスかノーの答えしかないだけに答えづらい。

 

 彼女の意向をかずに、「イエス」とも「ノー」とも言うことはできないし、答えないのもおかしい。

 苦肉の策で絞り出した答えは、以下の通り。


「シレーヌ嬢と私は、とても親しい友人で戦友です。

 ですから友人以上恋人未満の間柄でしょうか?

 私は平民上がりの末端貴族ですから、今のところ身分的にシレーヌ嬢に相応しくはないのですが、今後もしさらに陞爵するようなことが有れば、或いはシレーヌ嬢に釣り合う身分になれるかもしれません。

 そうなれば、あるいは、恋人候補の一人になれるかも知れませんね。」


「お母様、リューマ様の言う様に恋人同士になるのには身分が釣り合わなければいけないのですか?」


「そうねぇ、アネットにはまだ早いかもしれませんが、ミレーユの婚約者はコール子爵の三男ブレット様ですよね。

 今は破棄されて仕舞いましたが、シレーヌの元婚約者もコルドレン子爵家の次男でした。

 我が家に見合う家格としては最低でも男爵以上侯爵未満でしょうか。

 まぁ、伯爵家から王家に嫁ぐことは稀にありますけれど、逆に王家から伯爵家に嫁ぐことは慣例上ありません。

 ですからアネットの婚約者もおそらくは男爵以上の爵位をお持ちの方から選ばれることになるでしょう。

 これはどちらかと言うと不文律のようなもので、王命で定められた律法ではないのですけれど、これに反する行いをすると貴族社会からつまはじきにされてしまいます。

 極々稀に貴族から平民の方に嫁ぐ方もいらっしゃいますけれど、その場合、貴族の家からは勘当されて籍を外されます。

 殿方が平民の女性をめとることは左程多くはありませんが、その場合は、一旦、いずれかの貴族の養女にしてから嫁ぐ方法を取りますけれど、貴族の社交界では平民上がりとして蔑視べっしされる場合が多いようですし、正妻にはなれませんね。

 貴族社会では身分と言うものはかなり重要な問題なのですよ。」


「そうなんだぁ・・・。

 シレーヌお姉さまが初めて家までお連れした殿方なので、ご本にあった恋愛の主人公みたいと思っていたのに・・・・。

 リューマ様、頑張って陞爵してお姉さまの婚約者になってくださいな。

 シレーヌお姉さまの婚約者だった方はとてもひどい殿方だったのでお父様が申し入れて破談にされてしまったのです。

 私にはよくわかりませんけれど、どんな理由があっても一旦婚約して破談になった場合、女性側にも何らかの原因があるとして以後の縁談が避けられてしまうのです。

 ですからシレーヌ姉さまは、もう行かず後家の一歩手前です。

 アネットの一生のお願いです、

 どうか、どうか、お姉さまをよろしくお願いします。」


 それを聞いて益々シレーヌ嬢は顔を真っ赤にして俯いている。

 一方母親のミシェル夫人はあけすけな末娘の発言に苦笑しているが、それでもアネットの言い分をフォローするように言った。


「アネットのお願いですから、一応頭の片隅に置いていてくださいな。

 シレーヌの素振りを見る限り、リューマ卿にはそれなりの好意を抱いている様子ですね。

 今のところ、近衛騎士団の役目を放り出してまで貴方の元に走ることはないでしょうけれど、差し支えなければ今後とも親しきおつきあいをしてくださいな。

 それと、主人はとても厳格です。

 シレーヌが平民と結ばれることは決して許さないでしょうし、実のところ子爵以上の爵位を持たない貴族との縁談は歯牙にもかけません。

 同様に侯爵以上の貴族からの縁談も可能な限りお断りしているようです。

 主人には明確な信条があり、娘の嫁ぎ先は余り格上でも格下でもならないと考えているようです。

 そのために娘たちの嫁ぎ先は、辺境伯、伯爵、子爵の中に概ね限定されているのです。

 更に言うと、主人はどちらかと言うと武辺者ぶへんものですから、文官たる法衣貴族を嫌っています。

 娘たちの伴侶としては、最低でも領軍を有する領地持ちの貴族若しくはその子息でなければいけないようです。

 ですから中々に縁談話も進展が難しいのですけれどね。」


 うん、これは「お前は駄目だ」とくさびを打ってきたのか、それとも「もっと頑張れ」と発破はっぱをかけているのか、どちらなんだろうね?

 何れにしろ、陞爵なんてそうそうできるもんじゃない。


 特に領地持ちの子爵にまで陞爵するには更なる功績が二つほども必要なんじゃないの?

 それはちょっと無理だよねぇ。


 心なしか、シレーヌ嬢の表情が強張って見えますよ。

 その後は、広い食堂に移動して昼食でした。


 食事中は会話をしないのがバイフェルン家の習わしとかで、とても静かな食事風景でした。

 その後、居間に戻ってシレーヌ嬢の妹や弟たちと歓談。


 ちょっとした魔法を見せたり、簡単な遊び道具を作り上げて楽しみました。

 遊び道具はトランプです。


 ババ抜きを教えて、皆でやってみたら、とても楽しんでくれましたので、トランプカードを2セットほどプレゼントしてきました。

 実はこのトランプは、王都滞在中の暇に任せて俺のパソコン(一台は留守番の詫び料代わりにアリスに取られているけれどもう一台は持参していた。)の中にあるトランプ・ゲームの図柄を参考に、樹木の繊維を分解、貼り合わせて作った紙に、塗り絵よろしく色づけして作り上げたもの。

 

 表面を樹脂でコーティングするなどしてみたら、プラスティック製のカードみたいになって、思っていたよりも綺麗に仕上がったので、フレゴルドに戻った際には商業ギルドに登録しようと思っていたのだが、ここで披露してしまったので、明日にでも首都の商業ギルドに登録だけしておこうかなと思う。

 魔道具ではないけれど、商業上のアイデアは料理のレシピなどと同じく登録することで製造権や販売権が保護されるようなんだよね。


 俺としては別にそんなものが無くても構わないが、自分で造ったモノが他人の功績になって独占されるのは不合理だよね。

 夕刻になる前には伯爵家をおいとました俺であるが、少なくとも伯爵ご夫妻やシレーヌの弟妹ともそれなりの知己にはなることができたとも思う。


 ======================


 5月16日、バイフェルン伯爵の領地についての記述を一部変更しました。

   

   By @Sakura-shougen



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る