3-7 王都滞在中の出来事 その三(デート?) 

 ハイラル王子一行がいなくなっても、舞踏会は予定通り開催された。

 俺は、シレーヌ嬢とも踊り、当然のようにコレット王女とも踊る羽目になった。


 この二人のエスコートが俺の主な役割かと思っていたのだが、残念ながら他のお嬢様方からご要望が相次ぎ、俺はほとんど休む間もなく踊り続ける羽目になった。

 儀礼上、女性から誘うのはタブーとされているのだが、其処には抜け道もある。


 ここぞと思った女性は、狙った男性の前にそれとなく立つのである。

 女性が前に来たなら、男性は「踊っていただけますでしょうか?」と誘うのが舞踏会での礼儀作法の一つ。


 従って、数人の女性が俺の前に立った場合は、その中の一人を選んで踊らねばならないし、エスコートすべき女性以外のそうした女性と続けて踊るのもまたタブーなのです。

 従って、二回に一回は、シレーヌ嬢かコレット王女の相手を務めることもこれまた礼儀なのですけどね。


 いやぁ、3時間近くぶっ通しで踊るって言うのも体力がいりまっせ。

 お嬢さん方、ある意味で行列を作って順番待ちしてるもんね。


 何でこんなに人気があるのか知らんけど、流石に放置できないから休憩なしで順番にこなしましたよ。ハイ。

 舞踏会の終了でようやく休憩が取れたので、壁際の椅子に座ってほっと溜息をついたらシレーヌ嬢とコレット王女に笑われましたけどね。

 舞踏会が終わると予定されていた公式行事は全て終了、晴れて自由時間が貰えて王都探訪ができることになったのです。


◇ デートと元婚約者


 翌日はシレーヌ嬢の案内で王都の名所旧跡を訪ねた。

 王都には、今でも建国王と敬われているシャルル・デラ・ジェスタ王所縁ゆかりの史跡が多い。


 シャルル・デラ・ジェスタ王は流浪の騎士であったようだが、百家騒乱と呼ばれる戦乱の時代に、現王都付近に勢力を持っていたサレフィス領に辿り着き、種々の冒険譚を交えながらサレフィス随一の土豪の一人娘カレンと結ばれ、土豪の領土を引き継ぎ、一代で周辺領土を平定して現在のジェスタの礎を築いた英雄王であるらしい。

 街の中心部の広場に立っている凱旋塔は、ベルム歴587年の晩春月28日バッカジオ平原の会戦でシャルル王がエルモシアとゾラックス連合軍を僅かな兵力で打ち破った記念に建立されたものであり、ジェスタ勃興の象徴と見做されている。


 この会戦の勝利で弾みをつけたシャルル王は次々と近隣勢力を平定して行ったのである。

 シャルル王についての大まかな知識は、ラーナやイオライナ、それにトレバロンからジェスタ王国の歴史常識として教えてもらっていたのでシレーヌ嬢の前で恥をかかずに済んだ。


 中央広場の凱旋塔の次は、王都北部域の小高い丘の上にある見晴らし台を訪れた。

 見晴らし台は公園区画となっており、親子やカップルなどが訪れる場所らしく、小奇麗な屋台も軒を連ねていた。


 公園の一角にシャルル王とカレン王妃の石像が建てられており、碑文にはシャルルとカレンの逢瀬の場所であったようだと伝えている。

 そうして家族連れよりも明らかにカップルが多いのは、おそらくここがデートコースのスポットになっているからではないかと思うのだ。


 もっとも、シレーヌ嬢が俺に対してそんな恋情を持っているかどうかはわからないし、特段変わった素振りは見せてはいない。

 ただ、服装は近衛騎士の制服ではなく所謂令嬢然としたドレスで着飾っており、よく似合っていると思うのだ。


 二人連れ沿いながら丘を下っていると、前触れもなしに背後から声を掛けられた。


「シレーヌ、婚約者がありながら男と二人連れとは許せぬな。

 そ奴は何者だ?」


 二人が振り返るとそこにはキンキラ金の服装に身を固めた貴族らしき男が二人ほどの伴を連れて立っていた。

 一瞬、シレーヌ嬢には婚約者がいたのかと焦り、危うく頭を下げかけたのだが、シレーヌ嬢が語勢強く否定した。


「マクレガー殿、貴殿とのお話は明確にお断りしたはず、公衆の面前で婚約者呼ばわりは止めていただきたい。」


「何を言う。シレーヌ。

 親同士が交わした約定により10年前から許嫁の関係は変わっておらぬ。

 そなたの一存で変わるはずもないであろう。」


「我が父からコルドレン子爵に明確な絶縁状とともに婚約破棄を申し出たはず。

 親同士が既に破棄に同意している以上、貴殿がその破棄を拒否しようがしまいが、事実上の破談に変わりはない。

 婚約破棄の届けは既に王家にも受理されている。

 これ以上何を争うか?」


「ふん、一旦は婚約した以上、一方の破断申し入れのみで婚約は解消せぬ。

 そなたと儂は相変わらず婚約者同士だ。」


「はっきりとお断りする。

 貴殿のように金遣いが荒く、無辜の民に迷惑をかけ続けるような輩と付き合うつもりなど毛頭ない。

 早々に立ち去れ。」


「ほう、申したな。

 こちらが下手に出れば付け上がりおって、女は男の言うとおりに動いて居ればよいのだ。

 多少、剣の腕が立つからと言って、人を見下すのもいい加減にせよ。

 今日こそはそなたのその根性を叩きのめしてやろう。」


 その言葉と同時に周囲に潜んでいたのであろう十名近くの傭兵と思しき者達が私たち二人を取り巻いた。

 シレーヌ嬢は所謂ドレス姿なので剣戟けんげきには不向きの上に、無手で相手をするには少々人数が多すぎる。


 俺がシレーヌ嬢をかばう様に前に出て、同時に俺の亜空間倉庫から良さげな武器を取り出し、シレーヌ嬢に手渡した。

 昨日王都の商店街をぶらついている時に見かけた細身の剣がシレーヌ嬢の持っている剣と似通っていたので鑑定するとかなり古い名工の作ったものと分かったので、何かの折にでもプレゼントしようと買っておいたものだ。


 シレーヌ嬢はその剣を受け取ったが、鞘に入れたままであり剣は未だ抜かなかった。

 周囲の者が未だに剣を抜いておらず、マクレガーなる者が言葉だけで挑発しているからである。


 こうした場合、喧嘩両成敗とは言いながらも先に剣を抜いたほうが悪く、後から抜いたほうが正当防衛を主張できるからである。

 周辺にいた一般の人たちは巻き添えを恐れて少し距離を取っているがそれでも成り行きを見守っている。


 このような公衆の目に晒されている状況では、如何に相手の態度が悪く、戦力的に分が悪い場合でもこちらから仕掛けるべきではないのだ。

 俺は「無」魔法と「光」魔法を合成した結界を、俺とシレーヌ嬢の周囲に張った。


 仮に彼らが武器なり無手なりで攻撃をかけて来ても結界で跳ね返せると思うのだが、正直なところ、これまでフレゴルドにある屋敷を手に入れる際にしか防御結界を張ったことがないので、こうした修羅場で対応できるのかどうかについては、正直なところ自信があるわけではない。

 マクレガーなる男は、シレーヌが剣を手にしたことで眉をひそめたが、数で勝ると判断したのだろう。


「男は斬れ。女は無力化せよ。」


 そう怒鳴った。

 途端に周囲の傭兵たちと供の者二人が一斉に抜刀し、俺に向かって刃を突き付けてきた。


 だが彼らの思惑は外れた。

 俺の周囲一尋半ほどの距離で、いずれもが目に見えぬ壁に弾かれたのである。


 一旦弾かれて多少狼狽えたものの、すぐに立ち直って今度は袈裟切りに剣を振った者がいた。

 ギンと甲高い音がして、その男の剣の中ほどが折れるとともに力任せの反動があったのか剣を振った男が背後に吹き飛ばされた。


 どうやらこの結界は攻撃の度合いに応じて反射的な反撃をするようだ。

 彼らが攻撃力を強めれば強めるほど、反撃が強くなる。


 シレーヌ嬢は切りかかってきた時点で抜刀の構えだけ見せたが、彼らの攻撃が届かないことを知ると、すぐに構えを解いて俺に微笑んだ。

 多分、俺に任せるという意味なのだろう。


 俺もこのような場所で血を流したくないからな。

 俺はこの結界だけで防御して奴らを相手にしないつもりでいるのだ。


「シレーヌ嬢、これ以上狂犬どもは何もできないと思います。

 このまま警備隊のところまで引き連れて行きましょうか?」

 それともこ奴らをここで無力化しますか?」


 シレーヌ嬢がにこっと笑いながら言った。


「リューマ殿の例の不思議な術で意識を奪うのも良いかもしれませんが、今回は放置しておきましょう。

 次にこのようなことが有れば、その折は遠慮会釈なく手足の一本や二本を断ち切ることにいたします。

 この公園の出口に警備隊の詰め所がありますので、そこまでまいりましょうか。

 この方々が抜き身の剣を引っ下げたまま一体何処までついて来れるか見物みものです。」


 そう言って右手を俺の左腕に絡めた。

 如何にも親し気な雰囲気であるが、どうやらこのまま見せつけて歩こうということらしい。


 俺はシレーヌ嬢の誘うまま歩み始めた。

 その様子を見ながら真っ赤な顔で湯気を立てながら怒りまくり、怒鳴り上げるマクレガーであったが、傭兵どもが何をやっても全て弾かれ二人に近寄れないでいる。


 そのうちに、何を思ったか一人が切り掛からずに剣を突き出しながらゆっくりと俺たちに近づいてきた。

 しかしながら、一尋を僅かに切ったあたりで抵抗を受け、剣先は前に動かなくなった。


 で、それを見た数人が同様に俺たち二人の前に剣先を突き付け、前進するのを外力で止めようと考えたようだが、あいにくと結界を張っている俺に反作用は働かない。

 俺が進むのに合わせて結界が移動し、邪魔なものは排除してしまうのである。


 それでも無理をして力を込めて頑張ろうとしたものはそれこそ吹き飛ばされた。

 この時点で、最初に結界の発動に必要な魔力を行使した以外、俺には何の負荷もかかっていないのだ。


 マクレガーがわめき、他の追随者が右往左往しながらも何とか俺たち二人を押しとどめようとする姿が実に滑稽であった。


「ところであのマクレガーなる男は、どこの家の者でしょうか?

 先ほどシレーヌ殿が言ったコルドレン子爵に縁ある者でしょうか?」


「ええ、コルドレン子爵の次男です。

 私よりも一つ上で、親同士が話し合って婚約した折は、7歳でしたがまっすぐな性格のとてもかわいらしい子でした。

 ただ、13歳の頃に長男が不慮の事故で死亡した後で嫡男となり、15歳を過ぎたあたりから素行が悪くなり始め、良からぬ者と徒党を組み、市中の店などで金を払わずに品物を奪い、金を請求されれば民草に平気で暴力をふるうなど悪行が目につきだしました。

 彼が16歳の折にはコルドレン子爵が見放して、婚約破棄を受け入れるので絶縁状を以て婚約破棄を為してほしいと申し入れがあったのです。

 それが4年前の話で、両家合意のもとで婚約は当然破棄されています。」


「で、彼はそのようなふるまいをしていてもコルドレン家から勘当はされないのですか?」


「子爵には跡を継ぐべき男子が彼しか残っていないので、更生してくれることを願っているようなのですが、もうそれも時間の問題でしょう。

 コルドレン子爵の養子縁組の話が持ち上がっているようです。

 それがまとまればマクレガーは子爵家相続人から外されると思います。

 それを知っているが故に焦っているのでしょうが、返って自分の首を絞めていることに気づかないとは・・・。

 哀れです。」


 そうこうしているうちにも二人は丘を下り、遠くの樹木の陰に詰所の姿が見え始めた。

 流石にこれ以上の付け回しはできないと判断したのだろう。


「覚えてろ!」とマクレガーが捨て台詞を吐いて一斉に散らばって詰所とは反対方向に逃げ始めた。

 見ると遠目にも警備兵三人ほどが駆け足でこちらに向かって来ているのが分かった。


 それから間もなく警備兵が俺たちに合流し、若干の事情を聴かれた後、当然のように俺たち二人は無罪放免となった。

 何せ、口論的なものはあったにせよ、こちらからは結界による防御だけで一切手を出していない。


 その辺は周囲にいた目撃者からの情報で明確になるはずだ。

 そもそも、警備隊の詰め所には俺たちと破落戸ごろつきどもの様子をうかがっていた者の中から伝令が出て通報がなされたらしい。


 曰く、『ならず者たちが抜き身の剣で男女に切り掛かっている。』と言う情報で、警備兵が慌てて詰所を出てこちらに向かったらしい。

 まぁ、自業自得で相手側に打ち身等多少の怪我があったかもしれないが、お互いに無事で何よりだった。


 なんだか折角のデート途中で余計な闖入者により水を差された感じではあったが、おかげでシレーヌ嬢と腕を絡めて公道を歩くことができた。

 これは舞踏会でダンスを踊る以上に胸躍る快挙である。


 やろうと思ってもなかなかできないことが、なんだか自然にできてしまった感じである。

 前世で彼女いない歴が即年齢であった俺としては、大いに喜ぶべきことではあるのだが、必ずしもシレーヌ嬢が俺を好いていてくれているとは限らない。


 まぁ、嫌ってはいないだろうが、いわゆる男女の恋愛感情を俺に抱いているかと言うと正直なところ俺にはわからん。

 彼女のような美人が俺の彼女であってくれればという願望はあるが、俺は昔から高望みはしないことにしている。


 彼女は伯爵家令嬢であり近衛騎士団の副隊長と言う地位にある。

 一方の俺はと言えば単なる流れ者の冒険者に過ぎないからだ。


 まぁ、今回領地なしの准男爵と言う地位は貰えたが、これは単なるフロックに過ぎないと考えている。

 正直なところシレーヌ嬢と俺では明らかな身分違いだろうなと思うから・・・。


 それでも今のこの時間を大切にしたいと思う俺だった。

 夕暮れになって、彼女の家の近くまで送り届け、お互いにありがとうと言い合いながら別れた俺たちだ。


 あぁ、マクレガーという男とその取り巻き連中には当然の様にマーカーをつけている。

 少なくともシレーヌ嬢の脅威となる人物として俺のブラックリストに載った人物である。


 仮にマクレガーとその仲間が今後シレーヌ嬢にこれ以上の悪さを仕掛けるならば、人知れず消すことも考えている俺である。

 日本に生きている頃には殺人はおろか暴力行為だってできない俺だったが、この世界は違う。


 辺境の地では盗賊や魔物がのさばり、多くの罪なき人の命が奪われている。

 人命は大事だし、今後も助けられるものはできるだけ助けようと思うが、同時に重大な罪を犯す者に情状酌量の余地はないと思っている。


 襲撃してきた盗賊たちにも事情があったかもしれないが、俺は一切を考慮せずに殺すために弓矢を放った。

 そのことに悔いは無いし、今後とも同じようなことが有れば人を殺すだろう。


 懺悔が必要ならば幼女神アルノスに行うことにするつもりだ。

 彼女が俺にそのことで罰を与えるなら甘んじて受けるつもりでいる。

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