3-2 アリス嬢との交渉?

 その後の手続きで代官所でもなんだかんだと窓口で多少のやりとりはあったが、屋敷が正式に俺のモノと代官所に認定された翌日、俺はくだんの邸の前に居た。

 屋敷の中からは気配は感じられないのだが、マップには実はアリス嬢じゃないかと思われるモノが表示されている。


 これまで見たことのない表示でおぼろな感じがする表示であり、薄青でブリンクしている。

 で、俺が、門の鉄柵に手をかけた途端、薄青が薄い黄色に変わった。


 そうして門の鉄柵に絡むツタ類を切り離し、ギィーっという音を立てて開くと、薄い黄色が薄赤に変わった。

 俺は既に結界を発動しているのだが、実のところ結界の外は凄いことになっている。


 至る所に生えている植物がうねうねと触手を伸ばすように俺にめがけて襲来するのだが、結界に触れると途端に普通の植物に戻るのだ。

 それから玄関までが結構遠い距離だった。


 障害物は多いのだが何とかそれを乗り越え或いは避けて玄関まで達した。

 アリス嬢の状態は薄赤のまま。


 玄関を開けると、途端に、それこそいろんなものが飛んできた。

 中には台所にあった包丁のようなものまでが俺めがけて飛んで来る。


 植物と同じように結界に触れると途端に力を失い床に落ちてしまう。

 ばらばらといろんなものが俺に向かって投げつけられたようだが、それがばたっと止んだ。


 アリス嬢は依然として薄赤のまんま、きっとすこぶるご機嫌斜めのままなんだろうね。

 そうして俺は徐々にアリス嬢に近づいている。


 アリス嬢は、地下の一室に籠っているのだ。

 俺はその一室に辿り着いた。


 ドアを開けると、床には少々薄汚れた青色ドレス姿の白骨死体が転がっていた。

 これが多分アリス嬢の亡骸だ。


 で、エクトプラズムはと言うと、薄いホログラムのような少女が空中に浮かんでいた。

 12歳から13歳ぐらいなのだろう。


 明るい髪の色に多分緑の瞳、間違いなく美少女の部類に入るが、その目付きは険しい。


『貴方は誰?

 どうして、此処の平穏を乱そうとするの?』


 彼女から思念が来ました。

 どうやら話を聞いてくれる雰囲気ではある。


 というか、彼女の力では俺の侵入を拒めなかったというのが正しいのだろう。

 俺に気を許したわけではなく、むしろより警戒している。


『僕は、リューマ、冒険者をしている。

 この屋敷は君とご両親のモノだったけれど、ある時、その書類が盗まれて人手に渡った。

 で、表の社会ではその人のモノになっていた。

 今現在は、僕がその権利を買い取って、僕のモノにした。

 だから、この屋敷は君のモノであると同時に僕のモノでもある。

 提案なのだけれど、君が棲んでもいいから僕も一緒に住めないかな?』


『何で?

 貴方、私が怖くはないの?』


『俺の名前はリューマだよ。

 さっき言ったよね。

 先ず名前を言い合うところから始めようよ。』


『あたしはアリス、アリス・エーベンリッヒ、死んだ時は12歳だった。

 リューマ、貴方はいくつなの?』


 よしよし、普通の会話だよね


『俺は17歳、アリスが亡くなってから5年が過ぎた。

 だから本当はアリスと俺は同じ年だ。』


『あ、もう五年も過ぎたんだ・・・・。

 此処にいると時がわからない。

 私のむくろがあって、両親の絵があるだけ。

 時折、屋敷の敷地に入ろうとする者を追い払ったのだけれど、・・・。

 リューマ、貴方には私の力が及ばなかった。

 どうして?』


『アリス、君の力の根源は、「聖」属性の魔力ともう一つ「闇」属性の魔力があるみたい。

 それにさっきのお出迎えの様子からすると、「木」魔法に「風」魔法も使えるのじゃないかと思う。

 「火」属性の魔法が使えると危ないね。

 家が燃えちゃうから。』


『ええ、「火」魔法も使えるけれど、使うと危ないと思って使ったことはない。

 「水」も同じよ。

 家が傷んでしまうもの。』


 会話をしている内にアリスのマップ上の色が落ち着いてきた。

 今は薄い青と薄い黄色が入れ替わりでブリンクしている。


『僕は「光」と「聖」属性の魔法を使えるからその両方で結界を張っている。

 だから君の攻撃が効かなかった。

 それだけのことだ。

 アリス、君を訪ねて来たのはね。

 君が闇の感情に捕らえられていることを残念に思っていてね。

 闇の感情と言うのは、「闇」属性の魔法によって自分が気づかずに落ち込んだ負の感情を言う。

 俺はこの街に来て一月も経っていないけれど、色々と調べてアリスがどうしてこうなったのかを探ることができた。

 詐欺事件がもとで、アリスのご両親は亡くなった。

 その悲しみがえぬまま、次には信頼していたメイドに裏切られ、大事な家の書類を奪われた。

 アリスは人間不信に陥り、誰も寄せ付けなくなって引きこもった。

 人は水を取らないと10日も持たない。

 水があっても食事を食べなければ20日ほどで死に至る。

 多分アリスはそれで衰弱してこの部屋で息を引き取った。

 それでもアリスと両親の幸せを奪った者達への恨み、憎しみの心は残り、肉体は死んでもなおアリスを別の形で生き永らえさせた。

 俺は、アリスの今の形をエクトプラズムと呼んでいる。

 肉体のない精神エネルギーだけの存在だ。

 多分、寿命は無いのじゃないかな?

 エネルギーがある限りアリスは生き続ける。

 でも、それは恨みや憎しみだけではないような気がするんだ。

 アリスは両親と、この屋敷で暮らした幸せな時間を大切にしている。

 その思い出を削り取ろうとする存在は許せないから、力をふるった。

 でも、何もなければアリスはこの屋敷と共に平穏を望んだのだろう。

 アリスは隣の家に住むキャスリン夫人と執事のギャランさんは知っているかい?』


『ええ、覚えているわ。

 幼いころからお世話になった人達よ。』


『先日、俺はキャスリン夫人とお話をして色々とアリスやご両親のことも聞いた。

 その時は、夫人の依頼で隣の家に生えている雑草狩りを任されたんだけれどね。

 アリス、この家が周囲に少し迷惑をかけていることを知っているかい?』


『え、どういうこと?』


『この家はもう5年以上も人手が入っていない。

 そのために庭の植物は生え放題に生い茂って、虫たちの繁殖場所にもなっている。

 中には人に有害な虫もいる。

 庭を整備していれば、そうした害虫の繁殖は防げるんだが、このままでは繁殖は防げないんだ。

 例えば近所の幼い子が害虫に刺されて病気になったりするのは困るからね。

 普通は家の庭を手入れして害虫を防ぐようにするんだ。

 でもこの家はできていない。

 それに隣のキャスリン夫人のお宅にまでツタや雑草が浸食を始めていて、その速度は普通よりもかなり速いんだ。

 君の力が関与しているかどうかはわからない。

 でも、アリス、君が昔お世話になった人たちを困らせるようなことはすべきじゃないのはわかるだろう。

 俺は、この家をアリスが幸せに住んでいた頃の状態に戻したい。

 庭を整備するだけでも違うと思う。

 で、さっきの提案だ。

 ここはアリスの家だけれど、俺の家でもある。

 だから一緒に住んでこの家を綺麗にしないか?

 俺ならアリスのできないことができる。

 ひょっとして俺のできないことをアリスができるかもしれない。

 そうやって家族の様にこの家で生活できないかなぁ?』


『私の家族は、私の両親だけ・・・。

 でも友達ならなれるかも知れない。』


『ウン、そこからでいい。

 友達から始めよう。

 だから友達としてアリスに提案しておこう。

 俺は、治癒魔法ができる。

 でもアリスを生き返らせることは流石にできない。

 少なくとも今はね。

 でも、君が「闇」属性の魔法によって取り憑かれているかもしれない負の感情は癒せるかもしれない。

 アリスにそのための治癒魔法をかけてもいいだろうか?

 俺はアリスをそんな境遇に置いておくのは嫌なんだ。

 だから、アリスの許しが得られれば、その魔法を使ってアリスを癒したい。』


 アリスは考えているようだった。

 やがてぽつりと言った。


『リューマは嘘をついていない。

 でも、その魔法は、私を、私の存在を消してしまうものかもしれない。

 そこはどう思っているの?』


『あぁ、アリスが心配しているのは、アンデッドのことだね?

 確かにアンデッドに「聖」属性の治癒魔法をかければ、アンデッドの存在を消し去ることもできる。

 でもアリスはアンデッドではない。

 リッチでもない。

 スケルトンならそこに横たわっている君の身体が動くだろう。

 アリスはね、この世界ではとても稀有な存在なんだ。

 この世界では霊魂という形では中々に残れない。

 死して放置すればアンデッドになるから、それを防ぐ意味合いで「聖」、「光」、「火」、「土」及び「水」属性の魔法が存在し、それでアンデットにならずに大地に帰ることができる。

 でも、君は、それらの措置を受けないでもアンデッドにならず、魂魄こんぱくとして生き残った。

 誰にも内緒にしているけれど、俺は、神の加護を受けし者なんだ。

 神様がアリスを助けてやって欲しいと俺に言った。

 神様がアンデッドを助けるように言うと思うかい?

 だから俺は此処にいるんだ。』


『でも、可能性はゼロじゃない。でしょう?』


『俺がかけるのはキュアという治癒魔法。

 肉体と精神と両方に傷を負ったものにかける魔法だ。

 他にリライズという蘇生魔法も使えるが、練度はとても低い。

 だから、今のところ白骨化した君を蘇生できるだけの力はないし、エリクサーなどという奇跡の蘇生薬も持っていない。

 俺が望んでいるのはアリスが今後もこの家で平和裏に過ごせることそれだけだ。

 だから「闇」魔法の所為で知らず知らずに溜まった負の感情を取って楽にしてあげたいだけだ。

 俺を信じてくれるかい?』


 アリスは、ゆっくりと頷いた。


『アリスはリューマを信じる。

 攻撃を受けても防御だけで、攻撃してこなかったリューマを信じる。

 リューマ、やってみて。』


『アリス、ありがとう。

 じゃぁ、やるよ。

 キュア!』


 途端に薄暗い地下の一室に白い光が生まれ徐々に広がって行く。

 やがてアリスの身体を覆い隠し、ふっと消えた時には、アリスが消えていた。

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