2-22 ホブランド第七日目 その2
ハンナさん俺の問いかけに怪訝な顔つきでしたが、すぐに頷きました。
「私に鑑定を?
構いません。
特に後ろ暗いことをしている覚えはありませんので。」
「ハンナさん、結婚されていますよね?
でも、お子様はいらっしゃらない。」
気にしていたことを言われた所為か、明らかに不機嫌そうな表情になりました。
ハンナさんって喜怒哀楽の起伏が激しい人みたいですね。
人妻ですけれどちょっと可愛いかも。
「そんなこと、ちょっと調べればすぐにわかることですよね?」。
「その通りです。
貴女に鑑定をかけてみましたなら、状態異常がありました。
細かく言えば卵管閉塞と言うのですが、意味は分かりますか?」
ハンナさん、意味が分からずきょとんとした表情で俺に訊いた。
「いいえ、そのランカンヘイソクって何ですの?」
「女性が健康に子供を産むためには体内で子供の細胞を作る卵をお腹の中に作れなければならないんです。
その卵ができる場所と卵が育つために置かれる場所は少し離れていて、細い管でつながっており、時期が来るとそこを通って卵が運ばれます。
その管のことを卵管と言います。
まぁ、卵が運ばれる道と考えればわかりやすいでしょう。
閉塞と言うのはその管が何らかの事情で詰まったり、狭くなったりして、卵が通れなくなることを意味します。
つまり卵を積んだ荷馬車が本来通る道が塞がってしまったなら、荷馬車を使って卵を必要とされる場所に届けられなくなるわけです。
で、貴女の身体の中でそれが起こっているということは、そのままでは卵が必要とされる場所に運ばれませんから、永久に子供を産めないと言うことです。」
それを聞いて、ハンナさんもう涙目ですよ。
いきなり
それに三年以上も子供ができなかった実績があるから尚更です。
「ハンナさん、お子さんは欲しいですか?」
ハンナさん鼻ズルですんごく頷いてます。
声も出せないくらいのようです。
「これも内緒にして欲しいのですが、俺、治癒魔法もできるんです。
今まで不妊治療って試したことはないんですけれど、ハンナさんさえ良ければ試してみます?」
ハンナさん、それまでの涙目を大きく見開き、すんごい勢いで頷きながら、カウンターの向こうから俺の肩をガシッと掴んでます。
ハンナさん、近いです。それにマジで痛いです。
母の力って本当に強いんですね。
で、俺はハンナさんにお願いして長椅子に仰向けに寝てもらいました。
で、例のごとく、マップ機能のCTスキャンをやってみました。
女性のお腹の中が輪切り状態。
子宮も含めて内臓が全て顕わになっています。
これはエロではなくってグロですね。
これはあんまり気持ちのいいものじゃありません。
だって、俺の脳内マップ、ストレートに総天然色でその状況を見せているんですよ。
思わず口から何か出そうになるものを必死こいて止めましたが、すんごい危い状況でした。
で、悪いところは何処かなって、思った途端。
索敵が始まりまして、ピコーンと反応ありました。
ウーン、生の人体って、生物や理科の授業で習った模型の人体図とは大分雰囲気が違うんです。
でも悪いところが赤くブリンクしてるんで、すぐにわかりました。
卵管の一部細胞がガン化でもしてるんでしょうかねぇ。
少し腫れて管の経路が塞がっているようです。
左右両方とも同じ状況。
他には異常がなさそうなので、ヒールで試したんですが、ダメでした。
ガン細胞かどうかわからないけれど、それを正常細胞の仲間と認識している時点で、ヒールでは治らないのでしょう。
で、やむなく、リライズをかけました。
外見上は
赤いブリンクが消えるまでわずかに数秒程。
ハンナさんが長椅子に寝てから2分も経っていません。
「ハンナさん、治癒が終わりました。
多分これで大丈夫だと思います。
閉塞されていた管を正常に戻しましたから、子供さんができる身体になったと思います。
後は、旦那様とすることしてください。
因みにですねぇ。
妊娠しやすい日は、生理があった日から14日前後の日から7日間ほどなんです。
ですから、ハンナさんの場合は、明後日から7日間程度が一番妊娠しやすいと思いますよ。」
ハンナさんが起き上がりながら顔を真っ赤にして言いました。
「鑑定で生理の日までわかっちゃうのですか?」
「ええ、まぁ・・・。
で、お化け屋敷の件、何とか交渉のテーブルに着くまで仲介していただけませんか?」
「わかりました。
グレマン氏と連絡を取ってみます。
明日にでも返事が来る可能性もありますけれど、一応10日ほど余裕を見ておいてください。
リューマさんへの連絡はどうします?」
「俺は、キライアの荘館に泊まっています。
冒険者稼業がメインですので、街の外にいることも多いかと思います。
宿には毎日夕刻には帰るようにしていますので、連絡がある時は宿の方へメッセージを届けてもらえば伝わります。
あと、二日か三日に一回ぐらいは、商業ギルドを尋ねるようにします。」
その日も冒険者ギルドへ行き、受付のレイナちゃんと少しダベリング、街中の雑用を引き受けました。
本日は屋根の補修です。
家はフレゴルド南部の住宅街。
余り大きな家ではないものの
今日の依頼人は、バレットご夫妻。
どちらも65歳を超える年齢ですが
新婚当時に立てた家が古くなって雨漏りが始まったとのことで依頼がありました。
俺が来てからは雨に遭っていないけれど、春先の雨季には結構沢山の雨が降るのだとか。
屋根の普請は大工さんの仕事なんだろうけれど、どうやらこのご夫妻は以前に馴染みの大工さんと
こういう大工仕事を素人に任せるのもどうかと思うけれど、レイナちゃん曰く、こういう仕事を上手くやってあげるとギルドの信用が上がるのだそうだ。
そりゃ、まぁね。
本職並みの仕事を安い料金で請け負っていりゃギルドは信用されるけれど、本職のオジサンたち困っちゃわない?
余りやり過ぎるとそっちの方から反感食うよ。
屋根の補修のために依頼人から用意されたのは薄い
昔々、日本でも瓦を使えない地域で屋根に使われていた素材です。
と言うよりは瓦が高価だったので薄い柾目板を瓦代わりに使っていたのです。
その一方で、軽いですからね。
大雪が降る北国では、降雪分だけ柱を太くしなければなりません。
瓦よりも柾目板の方が経費節減になるんです。
そうしてさらに北海道のような極寒の地域では降り始めや春先に雪が解けて雫が屋根を伝うことになりますが、日中溶けても夜間に凍ってしまうんですね。
これが瓦の隙間に入ったりすると大変、水は氷るときに膨張するんです。
従ってせっかく綺麗に積み重ねた瓦がひと冬の間にぐちゃぐちゃになって、屋根の役目を果たさない可能性もあるんです。
このため北海道では昔から余り瓦屋根を使っていません。
その昔は柾目板、現代はトタン板を屋根に使っています。
まぁ、そんな話はともかく、依頼は、薄い柾目の板を重ねながら少しずつずらして小さな釘で打ち付けて、雨をしのぐ屋根を修理することなんです。
日本ではトタン屋根が普及して以来、柾(まさ)屋根の家屋は見かけられなくなってますよね。
因みにこの柾屋根は、木造家屋の上に屋根まで燃える素材ですから、火災の時は大変、燃え盛る炎にあおられて薄い板が空中で燃えながら周辺に飛ばされます。
風があると飛び火の可能性が非常に高いわけです。
江戸の大火の原因は、この柾屋根を使っていた所為だと言われています。
瓦はお値段が高いので武家や大商人でもなければ使えませんでした。
大きなお寺は
で、俺はと言えば、屋根に上って現状の確認中だ。
ここでもマップのCTスキャンが大活躍。
屋根の浸水経路を見事に暴き出してくれました。
そこで、まず腐食したりして状態が悪くなっている板とその周辺を撤去、これは木魔法と風魔法の併用で何とかしました。
そこへ補修素材をぶち込めばいいわけなのですが、ちょっと悪戯心で、柾屋根の基部に当たる屋根板に木魔法で固定化をかけました。
めちゃくちゃ強化されて少々のことでは壊れませんし、腐食もしません。
腐食した場所は空間魔法でしっかり取り換えています。
素材は削り取った部材やあちらこちらの道端で拾った端切れ板です。
ベニヤのように薄く切って張り合わせてあるから強度は抜群です。
だから、柾目板が少々腐食しても室内には浸水しないはずです。
それから補修の柾目板をしっかりと打ち付け、古い柾目板で表面の色が変わっている場所の張替え、若しくは板の厚さに余裕がある場合は表面だけを薄く削って仕上げました。
午後の二の時が過ぎるぐらいには新品同様の屋根が広がっていました。
で、依頼主の了解を得て、昼休みに近くの森で拾ってきた松脂から透明なコーティング剤を抽出、これを屋根に塗ってあげました。
このコーティングで、屋根の柾目板がしっかりと保持される上に長時間経過しても雨風に強い屋根になりました。
見た目はさほど変わってはいないのですが、陽光を浴びると屋根の表面がちょっとテカるのが特徴です。
全て終わって依頼主さんからサインをもらい、冒険者ギルドに戻りました。
ン、手間賃でっか?
そんなもん、銀貨二枚に決まってますやんか。
天下の冒険者ギルドだっせ。
そんなに料金上げるわけおまへんやろ。
時々変なところで脱線して変な関西弁が出てきます。
悪しからずご勘弁を。
そうそう例の武具屋さんに行きました。
ほれ、ドワーフのタマラさんが店長のお店。
あそこで、二束三文で購入した剣と槍と弓。
持って行ってタマラさんに見せたら即食いついてきましたねぇ。
三つで銀貨6枚を支払って購入したモノでしたけれど、金貨6枚に化けました。
いきなり百倍の価値になっちゃいました。
まぁ、オークの魔核使ってますけどねぇ。
因みにタマラさんに聞いてみた。
「これって、復元するのに新しいオークの魔核使ってるんですけれど、オークの魔核って、本来はいくらぐらいなんですか?」
「オークの魔核?
最近の値段は知らんけど、4年ほど前は冒険者ギルドの買取で大銀貨一枚だったかな。
最もジェネラルとかキングとかになると金貨数枚になるようだったな。
って、まぁ、そんなことより、兄ちゃん。
これだけのエンチャントができるんなら、此処にある効果の切れた奴でアルバイトしてくれないかい?
復元できない奴はしょうがないけど、できる奴だけでもいいからさぁ。
そうすれば、ウチだけでなく
折角のいいものを眠らせておくのはもったいないじゃない。
まぁ、出来上がり次第ではあるけれど、やってくれたら最低金貨二枚は支払うよ。」
そんなこんなで、タマラさんに頼まれて、この店にある百以上の効果が切れたエンチャントの復元を請け負うことになった。
錬金術・薬師ギルド及び商業ギルドにも確認したけれど、エンチャントは特段の登録も必要ないし、武具屋を通している限り、包括販売許可の規定には触れないようだ。
エンチャンターそのものが希少な職業でもあり、ギルド形成まで行かなかったのが実態のようだ。
まぁ、何れにしろ、俺にとっては凄く割のいいアルバイトに違いない。
後で確認したところ、普通のオークの魔核の相場は昔から変わっておらず、大きさによって多少の変動はあるが概ね大銀貨1枚から2枚程度のようである。
オークを大量に殺戮してタダで入手した大銀貨1枚程度の魔核を使い、一度に二つから三つの武具を修復すれば、一つについて金貨2枚程度のバイト料をくれるのだから、とっても美味い話なのである。
他の者ではできない仕事なので、俺が稀有なエンチャンターとしても知られて行くことになるのは、もう少し先の話である。
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