2-9 商業ギルド

 昨日あったばかりのマリアン嬢が受付に居た。

 ちょうど人も途切れて手持無沙汰だったのだろうか、俺の顔を見ると少し表情を暗くしながら話しかけて来た。 


「リューマさんでしたね?

 実地試験、随分と早く出て来られたようでしたが、調子が悪かったですか?」


 おやぁ、これは、ひょっとして落ちたかと思っているようだね。

 俺は、しっかり合格してますよ。マリアンさん。


「いや、錬金術師と薬師の両方に受かったよ。

 今、登録のカードを作ってもらっているところ。

 だから、それまでは此処で待たせてもらうよ。」


 途端にマリアン嬢の表情がパッと明るくなった。


「それは、それは、おめでとうございます。

 でも、こんなに早い時間で実地試験を終えるなんて信じられないです。

 普通は日没近くまでかかるものなんですよ。

 速い人でも午後の二の時か三の時ぐらいですね。

 まだ午前の二の時ぐらいでしょう。

 リューマさんって凄いんですね。」


 うん、お世辞でもめられると嬉しいね。


「いやぁ、たまたまよく知っているモノを再現しただけだから、さほどのことはしていないよ。

 で、マリアンさん。

 錬金術師及び薬師として登録した後は、このギルドとどういう関わり合いになるのか教えてくれる?

 冒険者ギルドだと、魔物や魔獣の討伐依頼などでギルドとは密接な関係にあるけれど、錬金術師の場合は商業ギルドに登録すれば個人事業主としての活動が認められるのかなぁ?」


「実は、錬金術師と薬師ではギルドの関わり合いがかなり異なります。

 錬金術師の場合は、ギルドの依頼で魔道具制作に携わっていただく場合がありますが、原則として、ギルドが関わらなくても魔道具を作って商業ギルドに売ることが可能です。

 自分で作った魔道具の特許を申請するには錬金術・薬師ギルド又は商業ギルドで行い、特許登録一件当たり銀貨二枚が必要です。

 また、そうした魔道具の包括的販売許可の権利を得るには、商人と同じで商業ギルドに金貨5枚の納入が必要とされます。

 そうして薬師の場合は、薬師が制作した薬品類を全て錬金術・薬師ギルドに収めることが決められており、原則として他の団体若しくは個人に販売や譲渡することは許されておりません。

 但し、人の命がかかっている場合等の緊急の場合は例外となります。

 当ギルドに収められた薬品は、商業ギルドに持ち込まれ、薬問屋が時価で購入することになり、代価の10%は商業ギルドが、さらに同じく10%を錬金術・薬師ギルドが手数料として徴収します。

 フレゴルドの場合、更に残り80%のうち30%が税金として代官所に納められますので、製作者に渡るのは、卸値の半分の額になります。

 ギルドの手数料は何処に行っても変わりませんが、ジェスタ国の領地によっては税金の上下変動があります。

 一般的に言って、フレゴルドよりも高いところが多いようですね。

 特にハイリーマン公爵領は税率50%とかなり高いようです。

 あ、税金と言えば魔道具も包括販売許可を取りましたなら、販売高に応じて税金を個別に収めねばなりませんよ。

 錬金術・薬師ギルドに収める場合や商業ギルドへの販売については税金がかからないようになっています。

 もっとも税金の分、割安で取引されることになりますけれどね。」


 なるほど、税金など結構面倒なこともあるようだ。

 まぁ、しかしながら、どんなに作っても放出しなければ面倒なことは無い様だ。


 金に換えようとすると色々と面倒がかかると言うことらしい。

 まぁ、俺も霞を食って生きているわけじゃないから、金は必要だけれどな。

 色々とマリアン嬢に説明を受けている間に、サラさんと試験員のゲーレンさんがやってきた。


「待たせたな。

 こっちが錬金術師のカード、そしてこっちが薬師の身分を表すペンダントだ。

 なくしたりすると再発行に大銀貨2枚が必要になるから注意してくれ。

 どちらも、あんたの魔力を通せばあんた専用となり、他人が持っても不活性となり、見る者が観ればすぐにわかるようになっている。」


 俺は鈍く光る銀色のカードと金の六芒星マークがついたペンダントを受け取った。

 どちらにもリューマ・アグティの名が刻まれている。

 それから更にゲーレンが付け加えるように言った。


「後、これは錬金術・薬師ギルドからの依頼なんだが、リューマの造った携帯型の魔道具は随分とデキの良いものだ。

 できれば、当ギルドに継続して収めてはくれんか?

 中級の照明装置は中々入手が難しいのでな。

 鉱山その他で需要もそれなりにある筈だ。

 で、ギルドとしては月に5本程度を納入してほしいのだ。

 それと値下がりを防ぐために、他所への販売納入はしないで欲しい。

 それが了解できるならば、照明装置1個につき、金貨5枚を支払う旨の依頼書を作成する。

 素材の方は、勿論ギルドで用意するが、どうだ?」


 俺は勿論了承したよ。

 だって、定常的に収入を得られる絶好の機会だもの。


 一個につき金貨5枚は、月5個の生産で金貨25枚になる。

 日本円に換算すりゃぁ、少なくとも月に500万円の収入でっせ。

 おやっさん。ウハウハでんがな。


 2年程頑張れば立派な家も買えるだろう。

 いや、土地を買って家は自分で作るか?


 魔法創造があるし、なんせ錬金術師だかんね。

 工房作って、魔道具作ったり、薬造ったりってのもいいかもしれないな。


 薬品の類は作れば錬金術・薬師ギルドへ持ち込むつもりで居るが、今のところポーション類で需給に切迫した状況はない模様だ。



 3日後にまた来ることを約して俺は錬金術・薬師ギルドを出た。

 時刻は午前の二の時を半分ほど過ぎたところで、昼飯にはまだまだ早い。


 俺はその足で斜め向かいにある商業ギルドへ向かった。

 商業ギルドの建物は、金をかけている所為かそれとも新しい所為なのか、錬金術・薬師ギルドの建物よりも重厚な造りである。


 建物自体も大きい。

 中に入ると結構な客というか商人というか、受付周辺には大勢の人が列を作っている。


 但し、5人いる受付の内で、混んでいるのは三人の受付嬢の処、今一人は二、三人の待ち状態であり、残りの一人は待ち客ゼロである。

 何でこうなっているかって?


 まぁ、外見上で言うなら、混んでいる三人の受付嬢はぴちぴちの若く綺麗なお嬢さんという雰囲気だから男性客に当然人気があるのだろう。

 二、三人の客待ちの女性はまぁまぁ綺麗ではあるけれど、昔綺麗だった方でちょっと年増。


 だから、その前に居るのは女性客だけなのだ。

 残念ながら男性客は一人もいない。


 そうして残る一人が問題なのだが、受付にはいかにも相応しくなさそうないかついオヤジが座っているのだ。

 商業ギルドには似つかわしくないマッチョのオジサンは、何となく怖い顔してるし、そりゃぁ、普通は避けるよね?


 だが、俺は単に登録や許可をもらうだけだから、誰でも構わない。

 まぁ、本音で言えば、綺麗で可愛いお嬢さんの前に行きたいけれど、混んでいるから下手すれば昼前に終わらないかもしれない。


 従って、俺は止むを得ずマッチョのオジサンの前に進んだ。

 マッチョのオジサン、一応、テンプレの挨拶をした。


「当フレゴルド商業ギルドへ、ようこそ来られました。

 私は、受付主任のオハラ・ベルハルトです。

 本日はどのようなご用件でしょうか?」


 ドスの利いた渋く低い声。

 これで顔にちょっとした切り傷でもあれば間違いなくヤーさんですよ。

 生来せいらい小心者の俺はややビビりながらも言った。


「俺、錬金術師なんですけれど、一応、商業ギルドに登録と包括販売の許可を申請したいのだけど。」


 893やくざ風のオジサン、にこりともせずに頷きながら言いました。


「なるほど、では、錬金術師の身分証明を見せていただけますか?」


 俺が、錬金術師のカードを見せると、大きく頷いた。

 その上で言った。


「錬金術師としての登録は直ぐにできます。

 が、魔道具に関する包括販売の許可申請は直ぐにはできません。

 商業ギルドに相応の価値ある魔道具の納品をしていただいた実績がないと許可が出せないのです。

 20年以上も昔になりますが、錬金術師と称しながら盗品を故買していた不届き者がいましてな。

 それが発覚して以降は、実際に制作した物の納品を確認してからでないと包括販売の許可が下りないようになっているのです。

 作成された魔道具には必ず製作者の名前が魔法陣に記録されますから、それで確認できるのです。

 ですから、リューマ殿も何らかの魔道具の納品を当ギルドへ行ってから、申請を行ってください。」


「わかりました。

 納品というか、買取というか、窓口は此処で宜しいのでしょうか?」


「ええ、初回だけはこちらを経由して、買取窓口に行ってください。

 今日は何か納品できるものをお持ちですか?」


「いや、今日は何も用意していないので、また別の機会に参ります。

 因みに包括販売許可の申請をするために納品すべき相応の魔道具というのはどのようなものがいいのですか?」


「そうですね、上のクラスほど宜しいのは勿論なのですが、最低限度初級の中の上程度以上の物で無ければ許可が出ません。

 一応、包括販売許可が出されると言うことは、許可を出した商業ギルドの信用もかかっておりますから、迂闊な品では審査を通りません。」


「わかりました。

 では今回は、取り敢えず、錬金術師の登録だけお願いします。」


「了解しました。

 では先ほどの、錬金術師の証明カードをもう一度ご提出願います。」


 オハラさん、俺の錬金術師のカードを受け取ると、何やら黒い平たい石板に押し当てましたよ。

 一瞬、淡く石板が光った時、それが無属性の魔法だとわかった。

 オハラさん、それから俺にカードを戻しながら言いました。


「錬金術師としての登録は済みました。

 以後、魔道具の納品を当ギルドにされる時には必ずこのカードをお持ちください。

 因みに魔道具の特許、この場合はまぁ、主流が魔法陣の特許なのですが、それを申請される場合は、銀貨二枚が必要です。

 それから、他人の特許がある魔道具についての制作については、特許使用料の支払いが発生します。

 特許使用一件について、特許料は大銅貨一枚から金貨5枚まで幅が広いのでご注意ください。

 基本的に魔法陣の改良の場合は、新たな魔法陣としてみなされるので特許使用料はかかりません。

 また、然るべき魔道具の納品が終わって、包括販売の許可を申請する場合は、金貨5枚が必要となります。」


「わかりました。

 今回の登録では手数料は要らないのですか?」


「初回登録だけは手数料免除なのです。

 但し、お持ちのカードを紛失しますと再発行の手数料と大銀貨二枚が必要となりますのでご注意ください。」


 外見とは異なり丁寧な説明をしてくれたマッチョなオハラさん。

 これで、イケメンだったら女性客が殺到しそうなのにと、残念に思う俺だった。


 錬金術師のカードには、錬金術師としてのマークである天秤(元居た世界では天秤マークは法曹界だっけ?)と、新たに二匹の龍が互いのしっぽを齧り合って全体として∞の構図になっているマークが増えていた。

 元の世界ならば、ケーリュケイオンが商業のマークとして有名なのだけれど、こちらではウロボロスの変形のようだ。


 蛇じゃなくって東洋風の龍というのが何か微妙。

 商業ギルドでの登録を終えた俺は、昼飯を食う場所を探すことにして散策を始めた。

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