1-2 幼女神の加護

 あれ、てっきり召喚したのがこの幼女神様だと思っていたんだけれど、違うみたい。

 こりゃぁ、タメぐちから多少なりとも丁寧ていねい語に言葉遣いを変えなけりゃいけないかなぁ。

 幼女でも一応神様らしいしなぁ。


「あの、俺の世界の管理者って、やっぱり神様?」


 幼女神が小さく頷いた。


「でも、何故なのですか?」


「お主は、あちらの世界の権力者共が使った禁忌の召喚魔法陣に巻き込まれたのじゃよ。

 彼らは自らの軍事力ともなる勇者を召喚するために魔法陣を造り、発動させたのじゃ。

 召喚されし者は4名、おそらくは向こうの世界でお主の周囲に居たであろう者たちじゃ。」


 その言葉で、俺はレストランでレジに向かっていた時にその通路脇にいた4人の男女をうろ覚えに思い出していた。

 高校生ぐらいのヤンキーな連中だ。


 大体未成年が夜の11時過ぎまで町で夜更かししていること自体が問題であり、碌な奴らではないだろう。

 俺は頷きながらも質問をした。


「確かに、俺が歩いているすぐ傍で、床に浮かび上がった魔法陣の中心近くに4人ほどいたけれど、・・・。

 あいつらどう見てもただの不良っぽい高校生だった。

 あんな奴らが勇者になんかなれるんですか?」


 幼女神は苦笑したように見えた。


「先ほども言うたが、お主のいた世界はあちらの世界よりも川上の上流に当たる世界じゃ。

 従ってそこに住む者はあちらに住む者よりも地力が高いのじゃ。

 まして召喚魔法で勇者として召喚されれば、召喚陣の効果で妾達の加護が無くともレベルの上がり方が速い。

 おまけに召喚魔法で召喚されし勇者には、半自動的になにがしかの能力が特化して付与されるからのう。

 適切に訓練すればあちらに住む者とは比較にならぬほどの力を発揮できることになるじゃろうて。」


「じゃぁ、もしかして、巻き込まれて召喚された俺も同じなの?」


 若干、期待を持って尋ねたが、あっさりとかわされた。


「うんにゃ、お主の場合は単なる巻き込まれじゃからのう。

川上の世界から来た分、あちらの一般人よりはかなり優れた素質と基盤を持って居るがそれだけじゃ。

召喚されし勇者には比ぶべくもない。

まして勇者に伴う特化能力の付与がないからのぅ。

そのことが判明すれば、あちらの権力者にすればお主はただの穀潰し、矢弾の盾に使うぐらいしか利用価値が無い。

いずれ磨り潰されるか、ていよく抹殺されるであろう。

それでは余りに不憫ふびんではないか?」


 確かにその通りだ。

 どこの貴族か王族かは知らぬが、役立たずとわかっていて余分な手間暇と経費をかけるはずもない。


「お主は、どうもお主の世界で善行を施したことがあるようじゃの。

 そのおかげでお主の世界が滅亡せずに済んだらしい。」


 世界を滅亡から救った?

 はて?

 何だろう?

 俺にそんな記憶は全くないぞ。


 そんな俺の思惑とは無関係に、幼女神は続けた。


「召喚をそのまま放置するとお主は、いずれ勇者と呼ばれることになるであろう者たちと一緒にその召喚を企んだ権力者の元へ顕現けんげんすることになっていた。

 世界のことわりがある故、妾といえども、一旦動き出した召喚そのものは阻止できんのじゃが、召喚の出現先を変えるぐらいのことは何とかできるのでな。

 最終的にはお主をあちらの世界へ送らねばならぬが、その前に少しばかりの面倒を見てやろうと思うたによって、こうしてお主を一時的にここへ呼んだのじゃ。」


「あのう、やっぱり、あっちの世界とやらに行かねばなりませんかねぇ?」


「お主がここに居っても何の役にも立たぬし、お主の生活に必要なものがここには無いのでな。

 餓死がししたくなければ行かずばなるまい。

 水なしでは10日も持たぬぞ。」


「ひょっとして食い物も?」


 幼女が表情も変えずにいとも簡単に言う。


「無いな。

 妾が必要とせぬし、いずれ腐敗するようなモノを持っておく道理が無い。」


 俺のバックパックにある非常用食料では10日足らず、水は補給できなければ1日か2日分が精々だろう。


「じゃぁ、仕方がないですね。

 止むを得ないからあちらの世界とやらへ行くのに同意しますけど、そのあちらの世界で生き抜くのに必要なモノって何ですかねぇ?」


「ふむ、あちらの世界、ホブランドという世界について簡単に説明しておくと、お主のようなヒト族が住んで居るのは間違いない。

 ヒト族のほかにも人型種族であるエルフ族、ドワーフ族、獣人族、竜人族、魔族が住んでおるし、魔獣と魔物も棲んでおる。

 魔獣は魔核を持たぬ動物じゃが、性質が凶暴でヒト族などに害を与える。

 一方で魔物は体内に魔核を持った生物で、魔獣の多くは魔法を使えないが、魔物は魔法を使えるものも多い。

 魔物も魔獣と同様に人型種族に害をなすことが多いのぉ。

 また、魔物中でも特に神獣と呼ばれるものは魔法も使えるし、力も強いが、神獣は滅多に人前に姿を現したりはせぬ。ある意味で超越的存在じゃ。

 龍、玄武、鳳凰、白虎、麒麟、銀狼、妖狐が七大神獣と呼ばれておるな。

 ヒト族など人型種族はそれぞれ国を興して居るが、必ずしもその国が単一のヒト型種族だけで占められているわけではない。

 各種族融和を掲げている国もあれば、己が種族のみを優先する国もある。

 中には奴隷制度を認めている国もあるでな、奴隷におとしめられぬよう注意せよ。

 魔獣は己が身体と牙や爪で攻撃するが、魔物は更に魔法で攻撃を仕掛ける場合もある。

 人型の種族は、剣や槍、弓矢でこれら魔獣や魔物に対抗し、魔法を使う者もいる。

 お主が向かうあちらの世界では、魔獣や魔物の跋扈ばっこする地域ならばそれらに襲撃されて食われる恐れがあるし、それ以外にも人型種族の国同士の戦もある。

 また、盗賊など犯罪者も多いので自己防衛のための対策はそれなりに何か必要じゃな。

 お主、武器を扱ったことがあるかの?」


「俺のいた国は、少なくとも俺が生まれてから一度も他の国との戦が無い世界だったんです。

 軍人などになれば別ですけど、普通の人は武器を使用しなくて済む世界だったんです。

 だから所謂武器は使ったことが無いし、正直なところ、他人を殴ったことも無い。」


「ほう、お主の世界と言うのは中々に希少な世界のようじゃのう。

 じゃが、そんなところからあちらの世界に何の準備もなしに送り込まれれば、あっという間に命を落とすことじゃろうて。

 ウーン、これは少々面倒かも知れぬなぁ。

 何せ、妾自身、別の世界の者を受け入れて、送り込むのは此度こたびが初めての事じゃからのぉ。

 どの程度、お主に能力ちからを授けてよいのかさじ加減がわからぬわい。

 ところで、お主、成人はしておるのかえ?」


「えぇ、俺は2年前に成人式を終えていますよ。」


「ふむ、ならば基準を色々と向こうの成人に合わせれば概ね良いわけじゃな。

 で、お主がホブランドに行くにあたってどうしてもして欲しいと言う願望は何かあるかのぉ?

 必ずしも妾がその願いを叶えてやれるとは限らぬが、一応お主の願望を二つほど言うてみるがいい。」


「あの、言葉はどうなりますかね?」


「言葉は生きてゆく上にどうしても必要じゃてな。

 ホブランドの統一言語能力はお主の願いの有無に関わらずつけてやるわい。」


 俺は色々考えた挙句に、二つの特殊能力の付与をお願いした。


「では新たな魔法を産み出す能力と錬金術の能力を付与していただくようお願いします。」


「ほう、武術は要らぬのか?」


「要らないと言うわけじゃないけど、・・・。

 向こうへ行ってから自分なりに努力をして能力を上げたいと思っているんだけど、下地が無いとダメですかね?」


「ふむ、まぁ、正直言って下界のことはようわからぬところも多いのじゃが、下地が全くのゼロではちぃと難しいかもしれぬな。

 一応、最低限の下地は与えるし、アップ率上昇の加護を付けてやろう。

 後は、・・・。

 そうじゃな、お主の荷物はさほど多いわけではないが、あちらの世界で旅をするのにその程度の大きさでは色々と収納に困ることになるじゃろう。

 じゃから、インベントリはつけてやろうかの。

 荷運びや物の保管には便利じゃぞ。

 あと、あちらの世界で武器を何も持たずに街の外へ出歩く者は基本的に居らぬようじゃからのぉ。

 まぁ最小限度の身体能力と小型剣程度は取り敢えず持たせてやろう。

 なに、さほど良いものではないから心配する必要はない。

 後は金じゃが・・・。

 生憎と妾に手持ちの金はない。

 じゃからたまたま妾の手元にある宝石と魔核を少しインベントリに入れておいてやろう。

 お主がホブランドの地上に降り立つ場所は、まぁ、僻地にある街まで徒歩で一刻いっこくほどの道のりじゃ。

 降り立ってから、陽のある方へ道なりに歩けば、街へ到着できる。

 後はお主の才覚で生きて行けばよい。

 魔法創造と錬金術の能力があればさほど難しくはあるまいて。

 妾が手助けできるのは此処までじゃな。

 では、お主をホブランドへ送るが良いかな?」


「あ、最後に、お礼を言っておきます。

 色々と配慮してくださってありがとうございます。

 ホブランドへ行ってしまったらもうお話はできませんよね?」


「ン?

 いや、必ずしもそうでもないな。

 アルノス神殿に行って祭壇に向かって祈りを捧げれば、あるいは妾と話ができることがあるやもしれぬ。

 何しろお主には妾の加護がついておるでな。

 あ、言うておくが、お主のステータスは、他人には知られぬようにするのじゃぞ。

 妾の加護などこれまで一度たりともつけたことなどないからのぉ。

 神官や巫女どもに見つかれば大騒ぎになるのは必定じゃ。

 その意味ではカルデナ神聖王国には気をつけるのじゃ。

 あそこは特に神の名にうるさい。

 念のために言うておくが、妾は創世神様から任命されたホブランドの管理者じゃが、地上に関与することはほとんどできないのじゃ。

 じゃから話ができて、助言程度はできるにしても以後のお主の願いはまず聞き届けられないと思え。」


「因みに、お話をする際には何とお呼びすれば?」


「ふむ、アルノスと呼べばよいのじゃ。」


「わかりました。

 では、アルノス様お願いします。」


 にぱっと笑った幼女の顔を最後に、俺は一気に地上へと降り立っていた。

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