転入生と、ある雨の日の思い出

時系列

二〇一九年七月中旬


登場人物


真咲菊乃まさききくの:高校一年生。幽霊が見える。その体質ゆえに、自分からクラスで孤立してしまっている。


幽月令ゆづきれい:同上。菊乃のクラスに転入してきた転校生。優等生として振る舞いがち。初めて会った時の菊乃の反応がなぜか面白く、それ以来なにかと菊乃に付きまとうようになる。



 昇降口の手前。


真咲菊乃(以下、菊)「……雨降ってる」


 菊乃、折りたたみ傘を出して開く。


幽月令(以下、令)「菊乃ちゃん!」


 菊乃が振り返ると、令が黄色っぽい傘を急いで開きながら近づいてくる。


令「一緒に帰りましょう!」


菊「やだ」


令「なんでですか!」


 菊乃、そっぽを向いて。


菊「幽月さん、人をバカにした感じあるから」


令「してませんよ。菊乃ちゃん面白いなって思ってるだけです」


菊「……それのこと言ってるんだよなあ」






 帰り道の歩道。


 二人、傘をさして歩く。


 令は菊乃を必死で追うように。菊乃は早足で振り切ろうとするように。


 菊乃、だんだんと苛立っていき、少しずつスピードを落としていってから横に並ぶ。


菊「……幽月さんさ」


令「なんですか?」


菊「なんで私と友達になりたいわけ?」


令「なんでって……」


菊「私、クラスの中じゃ窓際のホコリみたいなものなのに。みんなに優しいアピール? それとも、勝手に引き立て役にされてる?」


令「ホコリって……」


菊「信じられないんだよ。そんな笑顔で言われても」


令「ッ……」


 令、言葉を詰まらせて視線をそらし、両手で傘の柄をせわしなくいじり始める。


菊「結局、なにが目的なの?」


令「そんな、目的なんて……」


菊「幽月さん、私といなくても、転入生で優等生じゃん。友達いっぱいいるじゃん。それともなに、どっかで幽月さんの機嫌損ねた? 罰ゲーム?」


令「……あはは」


 令、目を潤ませながらこらえて、引きつった笑顔をする。


 そうして、一瞬だけ顔をそらしてから、すぐに回り込んで菊乃の正面に立つ。


令「菊乃ちゃん、面白いんですよ」


菊「……やっぱり、バカにしてる?」


令「してません」


 菊乃、むすっとした表情を浮かべる。


 令、ちらと菊乃の折りたたみ傘を見る。


 菊乃の傘には、七色の小魚の絵柄と「GAMING KOZAKANA」の英字。


令「……ふっ、くく」


菊「は?」


令「いやだって、七色の小魚模様の傘をさして歩いてる人が、面白くないわけ……ふっ、ふふっ、くっ、く……」


 菊乃、自身の長い髪をくしゃくしゃ掻いて怒りをこらえながら、おもむろに顔を赤らめる。


菊「なんなの……」


令「ぶっ、くっ……ご、ごめんなさ……いひっ……本当、面白、くっ、て……あはぁっ」


菊「なにが面白いの? 可愛いでしょ!」


令「ぶふっ、ふっ……いや、本当に……可愛いんですっ、けど……ふふっ……」


菊「おかしいよ」


令「可笑しいのは、ふっ……ごっ、ごめん、なさい……ふふっ」


 菊乃、哀れみの視線を向ける。


菊「……もしかして、疲れてる?」


令「いえっ、そんなんじゃ……ふっ……くっ……」


菊「はあ……」






 コンビニ前。


 二人、庇の下で並んで雨宿り。


菊「……落ち着いた?」


令「ごめんなさい。……さっきの、失礼でした」


菊「いいよ。幽月さんが色々おかしいのは分かったから」


令「おかしくないですけど」


 コンビニの出口から客が出てくる。


 菊乃、ちらと開いた入り口を見つめる。


菊「飲み物いる?」


令「えっ……」


菊「なんか飲みたくなっちゃった。せっかくだから付き合って」


令「……お願いします」






 菊乃、袋を提げて出てくる。令の隣に来ると、袋の中からコーヒー牛乳のパックを出して令に渡す。


 二人ともコーヒー牛乳。それぞれ手の中のそれに、付属のストローを刺す。


 菊乃、少し啜ってから、令の方へ視線を向ける。


菊「そういえば」


令「な、なんですか……」


菊「幽月さん、甘党?」


令「えっ……」


菊「昼、いつも菓子パンとコーヒー牛乳だけど」


令「いえ、いつも適当に選んでるだけなので……」


菊「適当って……こだわりとかないの?」


 令、少しためらってから、うつむきがちに小さく呟く。


令「……所詮、食事じゃないですか」


菊「ふーん……」


 菊乃、ただじろじろと見つめる。


令「な、なんですか!」


菊「……人生つまんなそ」


令「…………」


 令、何も言えず視線をそらし、ストローをすする。


 菊乃、ストローをズズッと鳴らすと、すかさず袋に放り込む。






 十字路。


 菊乃、令とは別の道に足を向ける。


菊「じゃあ私、こっちだから」


令「はい……」


 菊乃、ためらいなく歩いていく。


 令、少しためらってから、うつむきがちに声を上げる。


令「あの、菊乃ちゃん!」


 菊乃、少し驚いてから、足を止めて振り返る。


菊「なに?」


令「わたし、本気ですから! 本気で、その……友達になりたいって、思ってますから! ……だから、それだけは信じてください!」


 令、言い終えてから、思わず片手で顔を隠す。


 菊乃、言葉を詰まらせる。令、気まずい空気のまま続ける。


令「その、さっき言ったみたいに、私、つまらない人生だから……だから私、つまんなくなくなりたいんです」


菊「……そっか」


 菊乃、視線を前に戻して、口元をにやけさせる。


令「き、菊乃ちゃ……」


菊「ごめん」


令「えっ……」


菊「幽月さん、やっぱり変だ。なんでそこまで私にこだわるのか分からないし……なんか、らしくないくらい必死でさ」


令「変って……」


菊「またね、幽月さん」


令「え、ええ、また……」


 菊乃、かすかに笑いをこらえながら歩いていく。


 令、戸惑いながら、しばらく菊乃の背中を目で追う。






 梅雨も明けた七月中旬。


 誰かにあそこまで求められたのは、久しぶりのことだったかもしれない。私のなにがいいのだろうと思いながら、帰り道を進んでいく。


 こんな雨の中、傘をささずに平気で街を徘徊する人がたまにいる。


 そういう人のほとんどは、幽霊だと思っていい。私はそれを、嫌ほど見てきた。


 雨の中でけたけたと笑い声をあげながら、ミュージカルかなにかのように歌って躍るスーツ姿の男から目をそらす。そのまま、何もなかったように歩いていく。


 幽霊はもうこりごりだ。どうせなら生きている友達が欲しい。


 ……まあ、私みたいなやつには、どうにも友達は難しいのだけど。


 ふと、幽月さんの顔が浮かんだ。


 ……やっぱり、変な子だと思う。だけど、悪い気はしない。正直、本当に私も友達になれたらと、ちょっとだけ期待しなくもない。


 なんとなく、そんなことを思い始めていた。



またツイッターの別垢で先に上げてたやつです。


今回は「(途中まで)台本形式」という趣旨のSSをやってみました。演出とかが微妙に変わって、ちょっと面白かったです。


令が転入してして、菊乃が令に心を開く少し前あたりの時系列で、菊乃は人間不信と令に対する鬱陶しさで少し冷たい感じになってます。ここらへんの少し違う関係も、なかなか良いものです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

視える私と、生きる彼女と、エトセトラ 郁崎有空 @monotan_001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ