桜の樹の下には藁人形が埋まっている

 桜の樹の下にはなんとやら、というのは捻くれ者による思い込みの産物だ。


 しかし、死んだらここに埋めてほしいと思うほどに、いまここであおぎ見る桜は綺麗だった。


「あの……」


 突然声をかけられ、くるりと振り返る。


 私と同じくらいの歳という印象の、髪が長くて綺麗な女の子。青系のシャツにジーンズを合わせたボーイッシュな印象の私服が、細身の身体によく似合っている。


「なんでしょう?」


泉黄果いずみおうかさん、ですよね?」


「はあ……」


「なぜ死んだんですか?」


 わけがわからず、私は思わず訊き返した。


「死んだ、って?」


「そのままの意味です。ほら」


 女の子が私へ手を伸ばすと、指が身体をすり抜けていく。


 私は驚きながら少女の手を取るが、今度はこっちの指がすり抜けた。


「なにこれ……」


「自覚無し、ですか」


 少女はため息をついて、スマホを取り出し画面を見せる。


 五年前、十八歳女子高生が桜の樹のすぐそばで原因不明の突然死をした。そんな内容のニュース記事。


 それはあまりに謎が多く、その女子高生の名前も明かされている。


「泉、黄果……」


「あなたですよね?」


「まあ、そうだけど……五年前?」


 まったく覚えていない。死んだことも、それから五年が経っていたことも。


「それ、誰から聞いたんですか?」


「あなたの親友と名乗る方からです。橘千春たちばなちはるっていう」


 その名前を聞いた時、ふいに記憶が蘇る。


 桜の樹の下での告白、樹の陰に潜む黒いもや、直後の地面へと引きずりこまれるような感覚。その後の、深く濃い闇の中。


 私はあの時、確かに死んでいた。


 自分がすでに死んでいた事実には正直驚く。しかしそれより、私は違うことを気にしはじめていた。


「千春は?」


「え?」


「千春は、どんな感じ? 私が死んだ後、上手くやれてる?」


「あっ……」


 彼女は声を詰まらせて、返答に悩んでいる。


 なにか良くないものを感じた。


「……正直、引きずっている様子でした」


「そう……」


 五年も寂しい思いをさせてしまったのかと、申し訳なくなる。


 だけど正直、五年経った今も引きずってくれてることは嬉しかった。そう思うのは、あまり感心したものではないだろうが。


 しかしこの少女、どうして死んだはずの私の姿が視えるのだろう。


「千春さん、私のご近所さんなんです。『霊が視える』っていう私の噂をたまたま聞いて、先日相談を受けた感じで」


「どういう…?」


「どうして黄果さんは亡くなったのか、それを確かめてきてほしいと」


 彼女は鋭い目つきでこちらを見る。その瞳に偽りは見られない。


 私もそれを知りたい。どうして、私が死んだのか。その力があるなら、教えてほしい。


 そして、私はどうすればいいのかを。


 桜を乗せた風がそよぎ、彼女の長い髪を揺らす。


 風で目をつぶって、彼女がゆっくりと開く。その時の彼女の私を見る目は優しく、まるで生きた天使のようだった。



 例の彼女との話を終えて、私はスマホで電話をかける。


「あっ、魔薙まな?」


『なんだ?』


「あの件なんだけど……」


 私は聞いた話と仮説を話した。


『桜の樹の下に関する都市伝説?』


「うん。元はある短編小説の一文なんだけどね……それが変じて、あの樹に呪いを生んだ可能性が高いと思う」


『実際に掘り返してみたか?』


「さすがに死体は出なかったよ。でも、代わりに妙なものを見つけてさ」


 私はそれについて話した。


『藁人形?』


「うん、その樹の下のタイムカプセルに入ってた」


『……つまり、呪術か?』


「多分ね。あそこ、うちの高校の告白スポットとしても有名だったから、私怨でも込められてたのかも」


『それであの突然死が起きたと?』


「私怨入りの藁人形に、ちょうど桜に関するミームが定着して、藁人形は擬似的な死体に変じた。そうして、ありもしないはずの怨霊が生まれたってとこかな」


 もちろん、藁人形は埋め直した。


 視えてもお祓いは専門外の私には手に負えない。だから、そういうものは魔薙やトモコの方に任せるに限る。


 それは、私が大好きな親友と過ごしたなかで得たこと。


 人に頼る、無理はしない。私たちが幸せでいられるため、私はそれらをこれからも守り続ける。


『わかった。あとで椿妃つばきと回収に向かう』


「ごめんね、大したことできなくて」


『なに言ってんだ。話ができるだけすげーだろうが。能力だけ見れば、ウチの事務所に雇いたいくらいだ』


「……れいをもう悲しませたくないから。本当にごめん」


『まあ、大事なやつを悲しませないのが一番だよな。それは、分かってるから』


「じゃあ、また」


 通話を切る。


 隣には、肩口の髪の女の子が待っていた。


 今日は休日なのに制服を着ているのは、先ほどの人と同様、彼女が他とは違う存在だということだ。


「お待たせ。行こっか」


「もういいんですか?」


「私にできることは終わったから」


「……そうですか」


 彼女の顔に、屈託のない笑顔が浮かぶ。


 幽霊に復讐しようとしたいつかの自分を恥じながら、彼女と道を歩いていく。


「黄果さんと千春さん、これからどうするんですかね?」


「藁人形の回収は頼んだし、黄果さんを縛ってるあそこの呪いさえ断ち切れば、案外どうにかなるかも」


「でも千春さん、霊能は……」


「案外、どうにでもなるかもよ。……幽霊って、人の常識が通用しない存在でしょ?」


「……ですね」


「きっとできる。私と令が起こした奇跡を、あの二人も起こせる。願いが呪いのようになって、あの二人に奇跡を起こすほど、私たちはただ祈り続けよう」


 そっと、令の手を握る。彼女もまた、握り返してくれる。


 いつもの確かな冷たい感触がとても心地よい。


 私たちが手に入れたこの奇跡を、これからも大切にしていこう。そう、改めて決意した。


〈了〉





ツイッターでなにかできないかなーと考えて投稿していた掌編です。投稿の際、ある程度加筆修正を行いました。


時系列としては、「お姉ちゃんの二度目の死」の少し前あたり。


都市伝説まわりは今後関わってくる要素かな? それより、後日談の令と菊乃は純粋に(死体の山を築いたその上で)いちゃつくので書いてて楽しいです。


何気に、後日談の菊乃は復讐心が抜けてある程度余裕のある性格になってて、令は菊乃への想いを自覚して素直に甘えるようになっているみたいな変化を起こしてたりします。令は特に、嫉妬とかを素直に出すようになったりも。


まあ、そんなところで。


次はギャグ回みたいなノリを想定した感じのやつを出すと思います。これもツイッターで先行して載せたやつです。


主人公は「改造都市伝説」の方に出ている椿妃で、師匠の魔薙とあるものを探すべく奔走します。お楽しみに。

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