臆病少女と憑依少女 5

 同年六月某日。


 あいつへのイジメを始めてから、色んなことをした。


 奪った教科書のいたるところに性的な落書きをしたり、脅して自腹でコンドームを買わせたり、教科書音読でつかえたり間違えたりしたら性的な罰ゲームなどなど。


 今回は、さすがに依織もさすがに嫌がった。


「な、なな、なんで、そんなこと……」


「君の家のポストに入れちゃおっかなぁ。恥ずかしい写真に加えて、コンビニでコンドーム購入した時のアレとか、あとはセクハラ音読とか、いままでやった行為の動画すべて――」


「やるから! それだけはやめて!」


「最初からそうすればいいんだよ」


 髪をくしゃくしゃと撫でる。依織は追い詰められたウサギのようにがくがくと震えていて、それがどうにも愛おしい。


 わたしは自分のスカートの中に手をくぐらせ、パンツを下ろす。いつ見せてもいいように、ちょっとお高めのやつだ。


 パンツを脱ぎ終えて、ひとまず鞄の上に掛ける。そのまま、ためらいもなくスカートをたくし上げた。


 今日のために、前の日に陰部を入念に剃っておいた。ただ依織に見せるだけなのに、それだけでどうにもどきどきする。


「それじゃ、やろっか。ちょっとでもこぼしたり吐いたりしたら、罰ゲームだからね」


 依織の方へにこりと微笑むと、渋々わたしの股の下で口を開けるようにする。自分で強いておいてなんだが、口をあんぐりとさせているさまがなんともバカみたいだ。


 下半身に意識を集中させ、ちょろちょろと尿を放出させる。羞恥心を対価として、それだけにいつもとひときわ違う気持ちよさがある。


「……んっ」


 家のベットで慰んでいる時のような声が出て、思わず手で口元を押さえた。依織の方をちらと見ると、それどころじゃないように涙目で口腔こうくうに尿を溜め込んでいる。


「ちゃんと飲んでよ。ブラウス嗅ぐほど好きだった相手の尿なんだから、難しくないでしょ?」


 もちろん依織は口いっぱいの尿のおかげで、喋る余裕などまるでない。


 出せるだけ出しきって、たくし上げたスカートを下ろす。鞄の上のパンツを手に取りながら、依織の様子をうかがう。


 魚みたいに口を何度も開閉させながらも、どうにか飲みきろうとしてくれている。口端くちはからは滴が漏れ出て、顎に伝う。


 悪戯心が湧いて、みぞおちのあたりをぽんぽん手で叩いてあげた。すると、彼女はなにか糸が切れたように、口の中のそれをわたしのスカートあたりへ勢いよく吐いた。


「は……?」


 なにが起きたか、すぐに把握できなかった。


 それをよそに、彼女はげほげほと苦しそうに咳をしてから口を押さえ、便座のわきに身をよじって便器の中へと吐瀉物を吐き出す。彼女は黄色っぽい吐瀉物で汚れた手で眼鏡を取り、鼻をすすりながら目を拭う。


「…………」


 スカートに尿が染み込んで、内腿うちももに貼り付く。


 まさか人に尿を吐きつけられる日が来るとは思わなかった。それがなんだか悲しくて、一気に頭の熱が冷めていく。


「ご、ごめ、んなさ……あの……の、飲みきれなくて……」


「……罰ゲーム」


「はい……」


 彼女は立ち上がり、スカートでそそくさと手を拭ってから、ためらいもなくパンツを脱ぎはじめる。何度も繰り返したことだ。動きが手慣れている。


 パンツを受け取ると、続けてブラウスのボタンを外していく。


「あと、ブラもですよね……」


「……いいよ、もう。じゃあね」


「え……あの……」


 じわりと出てきた涙を手で拭いながら、手早く鞄を肩にかけて個室を出る。本当は落ち着かなかったが、呑気に手洗い場で洗ってたらバカみたいで、早足で家路を急ぐ。




 帰る途中、先日出会った黄色いランドセルの女の子とすれ違った。


 今度は走るわたしの腕を掴んで引き止める。振り払おうとして、彼女の言葉に動きを留める。


「まだおはらいしてもらってなかったの?」


 カチンときて、わたしは衝動的に女の子を蹴倒した。それから、二度三度鞄を振るって叩きつけた。


 気味の悪いことに、女の子は涙ひとつこぼさない。まるで暴力に慣れているかのように。


 それがなお気に障って、あと何発か食らわせておこうと思っていたところで、どこかから悲鳴が上がる。見回すと、通りすがりの主婦のおばさんがわたしを見つめ、ポケットからスマホを取り出していた。


 わたしは焦って家路を急ぐ。しかし、三歩ほど走ったところで、なにかがわたしの腕を掴む。


 背後を振り返っても誰もいない。しかし、腕には確かに強く締め付ける感触がある。なにかわからないものが、わたしを掴んでいる。思わず上げた悲鳴はかすれていた。


 今日は散々だ。どうしてここまでひどい目に遭わなければいけないのかと、真っ先に依織を恨んだ。


「やめて!」


 その時、叫び声が上がった。ゆっくりと立ち上がった少女が、なにかに語りかけている。


「そのおねーさん、なんかすごくわるいものにつかれてるの! 多分、それが原因だよ! だから、だめだよ、みのがしてあげて……」


 見えない手がふっと離れる。わたしはすぐに、そこからやけくそに逃げた。


 さっきのは一体……


「おねーさん! はやくおはらいしにいって! じゃなきゃ、ころされちゃう!」


 遠ざかった背後で、女の子がなおも叫ぶ。


 本当に気味が悪い。彼女はなんなんだ。掴んできたあの見えない感触は、一体なんだったんだ。


 わからない。理解したくもない。二度と関わりたくもない。


 わたしは、依織をいじめていたいだけなのに。

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