視える私と、生きる彼女と、その後のこと 2
帰り道にそれぞれホットの飲み物を買い、先ほど待ち合わせにしていた公園の隅で集まる。
冬ということもあってか、公園は他に誰もいなかった。
冴恵が
「それで、話ってなによ?」
「うん……正直、信じられないことだろうけど……」
手袋を外して缶コーヒーのプルタブを空ける。手袋を戻してから中身をぐいと飲み、どうにか気を落ち着ける。
こんなこと、言うべきではないかもしれない。もしかしたら、気味悪がられて縁を切られるかもしれない。
それでも私は令の存在をいないままにするのは、我慢ならなかった。
それではトモコの時と同じ、なにも変わらないから。
「いまここに、実は私たち三人のほかにもうひとりいるんだ」
「え……」
二人が眉をひそめてこちらを見る。
当然の反応だ。二人には霊感がないから、そんなものを知覚することはできない。唐突に与太話をされたようにしか思うことができない。
「えっ、なにかと思ったら、このクソ寒い時期に怪談話?」
「信じられないかもしれないけど、真実だよ」
「いや、いやいやいやいや……まさかそんな、誰がいるって――」
「令だよ。さっきからずっと、
ちらと、隣に立つ令を見る。見つめられた彼女は、とてもいたたまれない様子だった。
一瞬だけ、静まった空気が広がる。それから、冴恵が少しだけ
「ちょっと、冴恵――」
「……どういうつもり? 令をつまらないネタにして」
「信じてもらえないのは分かってるよ。でも、これはどうしても伝えたかったから」
誤魔化しがないと証明するように、眼前の冴恵の瞳をまっすぐ見据える。
冴恵がうろたえて、胸ぐらを離した。一歩引いて、キャップを空けたミルクティーを一口含んで気を落ち着かせる。
「……ごめん。冗談でそんなこと言うわけないよな。菊乃がなによりつらいはずだし」
「うん。信じられないかもしれないけど――」
「だけど、令はもういない。そこはなにひとつ変わらないし、いつかは受け入れなきゃいけない事実だ」
「冴恵……」
語気強く、冴恵に言葉を遮られる。
ひりついた空気に引き下がりかけながらも、私は絶対に視線を逸らさない。
「き、菊乃ちゃん! もういいですから……わたしはもう、この世界では死んでいる。それはもう受け入れたつもりですし……」
「良いわけないじゃん! 私の一番の親友で恋人の令が、いなかったことになるなんて……」
令が私の服の袖を強く掴む。
空いた手で肩に提げた鞄からメモ帳とボールペンを出し、横に渡す。令はためらいがちにそれを受け取り、さらさらとメモ帳を開いて書き始める。
その光景に、二人が釘付けになる。まるで信じがたいものを目に捉えてしまったかのように、そこから目を離せないでいた。
令が書き終えてペンを止める。それから、くるりと二人に書いたメモを見せた。
『わたしです。幽月令です』
『信じられないでしょうが、死んで数日くらいに化けて出ました』
冴恵と青葉は、メモとその先の令を見る。もちろん二人には令が視えないはずだが、どうにかそれを見出そうとしていた。
「本当に、令なの……?」
「いま目に見えたものが真実だよ」
「仕組んだにしては筆跡が令っぽいし、とすると、さっきのアレも……」
「信じなくてもしょうがないとは思う。だけど私の中では、令はいまも幽霊として生き続けてるから」
言い終えて、息をつく。
二人は戸惑うようにお互いに視線を合わせて、小声で話し合ってから、青葉がおずおずと声を上げる。
「わたしは信じるよ。たしかに、令が菊乃ちゃんを置いて簡単にくたばるわけないし」
「まあ、毎日飽きもせずスケッチブックに菊乃の姿描くくらいだし。あんなの見ちゃった後だし、なにより令だから、執念で化けて出てもなんらおかしくないよな」
「……なんか、バカにされてません?」
「聞こえてないよ。メモに書いて」
彼女は急いでメモにさらさらと文字を書き込んでいき、すぐに見せる。
『人を怨霊みたいに!』
『やめてください!』
「そういえば、さっきの『一番の親友で恋人』ってなに? 親友は分かるけど、いつの間に恋人に……」
「一線越えたとか?」
「まさか。いくらなんでも、幽霊とそんなことできるわけ――」
二人のなんとはなしの言葉に、メモに反論を書いていた令がメモ帳を取り落とす。
しゃがんだ彼女は左手で顔を隠していて、隙間から見えた顔は生きているように真っ赤だった。
*
のんびりと帰り路を進む。
左手を令の右手と繋いで、ぶらぶらと振る。
きっと、はたからみたら変な人なのだろう。それでも、私にとって、令は生きているから。
「なんで性事情まで話しちゃったんですか!」
「最初にボロ出したのはそっちでしょ」
「まあ、そうですが……冴恵ちゃんと青葉ちゃんには、あんなこと知られたくなかったのに……」
「令から夜這いしてたこと?」
「それもですが、頻度の話です! おかげでムッツリスケベ呼ばわりされたじゃないですか!」
「だって事実じゃん」
「自分だって、まんざらでもないくせに……」
横断歩道に着く。そこはちょうど、令が交通事故で亡くなった場所だった。
赤く点滅する歩行者信号を見つめて待っているあいだ、左手がぎゅっと強く握られる。絶対に離れないほどに、それは固く結ばれていた。
「お守りなんてなくたって、わたしが菊乃ちゃんの厄除けになりますから」
「でも、恋愛成就は買っておいて良かったでしょ?」
「それだって神様なんかに頼ることじゃないですよ。そういうの、自分たちで勝手にやるものですし」
「……何度目かわからないけど、これは気持ちの問題なんだよ。これを上手くやっていきたいっていう、決意表明みたいな」
歩行者信号が青に変わった。令を連れて、足早に渡ってしまう。
「あっ、そうだ。お供えは――」
「当事者が嗜めないのにお供えする意味ありませんよ」
「一理あるね」
横断歩道を渡りきり、令のためのたくさんの無意味なお供え物の横をためらいなく通り過ぎる。
「令がちゃんと生きてるって、証明できてよかった」
「一度死んだのに、生きてるなんて言っていいんですかね? わたしの実体はもう、火葬場でこんがり焼けて久しいのに……」
「私にとっては生きてるよ。幽霊として、令はちゃんと生きてるから」
自信を持ってそう言った。
彼女は一瞬沈黙して、ため息をつく。それから、だしぬけにこちらへと身を寄せてきた。
「……今日は疲れたので、菊乃ちゃんが慰めてください」
「幽霊が疲れたって……つく方でしょ」
「そういうつまらんシャレはいいですから。無駄足させた分、今日はいっぱい付き合ってもらいますからね」
「無駄足て……まあ、いいけど」
なんて罰当たりなのだろうと、私は思わずふき出してしまう。最近の彼女のぶっちゃけっぷりは、意外と嫌いじゃない。
豊かな胸が押し付けられ、柔らかな感触からふしだらな想像が湧き上がる。
ただこれだけで、こんな調子だ。どのみち、言われるまでもなくその気になってたのかもしれない。
単純な自分に苦笑いしながら、期待のままに家路へ進む足を早めていた。
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