視える私と、生きる彼女と、エトセトラ

郁崎有空

視える私と、生きる彼女と、その後のこと

視える私と、生きる彼女と、その後のこと 1

 年が明けて、身体を震わせながら寒空の下へと出る。家の門を抜けて、雪のわずかに積もった道を歩いていく。


「寒い……」


「何回目ですか、それ?」


「なんで新年早々、よくわからん神様を拝みに行かなきゃいけないんだろう……ああ寒い」


 手袋に包まれてなおかじかむ両手を擦って、首元を完全に覆うようにマフラーを整える。手袋に吐きつけた息はとても白い。


 ちらと、隣のれいを見る。


 彼女はいつもと同じ冬制服のまま、そこにマフラーや手袋などはない。にもかかわらず、まるで寒がりもせず、口元から白い息が吐かれる様子もない。


 あたりの冬の空気にあまりにもそぐわない彼女だが、私は特に驚きはしない。


 そんな彼女に、あまりにも慣れきってしまったから。


「別にすっぽかしてもいいと思いますけどね」


「もっと人と関わっていけって言ったのはそっちでしょ」


「たしかに言いましたが……」


「私が冴恵さえたちと会うの、そんな嫌? 妬いてる?」


「…………」


 からかうように言ってみると、彼女が顔を赤くしてうつむき言いよどむ。


 ここ最近、彼女に対する印象が大きく変わったと思う。


 初めて出会った頃の令は、正直苦手だった。『見てて面白い』という理由でやたらウザ絡みしてくる陽キャラ転校生という感じで、なし崩しに仲良くなっていったとはいえ、令の中に抱えていたものを知ったのはつい最近のことだった。


 いままで自分にはなにもなかったのだと、いつかの彼女が言っていた。そこで私と出会ったのだとも。


 きっかけはともあれ、彼女が本当に私を好いてくれていたことが嬉しかった。


 私はパーカーのポケットから手を出して、彼女の手を握る。手袋越しでも氷のような冷たさが伝わったが、それでもぐっと我慢した。


「たとえどうなったって、私から令から離れるつもりはないよ。だから、自信持って」


「……はい」


「令のあの猛獣っぷりを、ちゃんと受け入れてるんだから」


「…………猛獣って、失礼な」


 うつむいたままの顔が、そう応える。


 お互いの好きを認めたあの日から、彼女は夜這いを仕掛けてくるようになった。夜目に慣れて映る彼女のやけに真面目くさった顔は獲物を狙う野生のトラみたいで、いま思い出しても可笑しくなってくる。


 彼女との交わりは、ひんやりとして気持ちよかった。きっと幽霊とこんなことをしてこんな感想を抱いたのは、私くらいのものだろう。


 初めての行為から半月ほど経ったいままで、数え切れないほど彼女と交わった。正直なところ、いつか亡くなったはずの彼女とこんなことをしているのが、いまでも信じられずにいる。


 令の身体を触れて感じられるようになったのは、いまでも奇跡のことだと思う。それでも令以外の霊的存在には触れられないけれど、今の私にはそれで十分だった。


 あれは、もしかすると神様の施しとかそんなことだったのではないか。そう思うと、俄然がぜん神社には向かうべきだと思えてきた。


 あくまでそう思い込んでいるだけだが。


 学校の近くの公園の前で、冴恵さえ青葉あおばに合流する。あらかじめ、LINKのメッセージで事前に待ち合わせの約束をしていた。


「あ、あけおめ!」


「おー! あけおめ――って、なにそのパーカー」


「なにって……」


「『Curry Shokupan』ってなんだよ」


「見たとおり、カレーライスの食パンバージョンでしょ」


 いま着ている黄色いパーカーには、皿の上でカレールーのかかった食パンの絵がプリントされている。


 冴恵と青葉が苦笑いを浮かべるなか、隣の令が突然手を繋いだまま大笑いし始めた。今朝見せた時もひどいくらい大笑いしていたから、また思い出してしまったのだろう。


 令が身体を支えるために腕にもたせかけてきて、布越しでも柔らかい胸が当たって落ち着かない。


 青葉がなにか気づいたようにこちらを見る。


「あれ、どしたの? 顔赤いけど……」


「……なんでもない」


 言っても、信じてもらえないだろうから。


 腕の感触から気を逸らそうと、二人の服装を見る。それぞれ、某タイヤメーカーのマスコットみたいなジャケット(詳しくないから名前は知らない)やロングコートを着ていた。


 別に自分のセンスを疑うわけではないけれど、世間一般でおしゃれと言われてるのはこっちだろうというのはなんとなく察せられた。


「じゃあ、行こっか!」


「……うん」


 四人で神社へと向かう。途中で青葉が左腕に身を寄せて、令の身体が離れる。


 二人にとって、令はいないも同じ。仕方ないこととはいえ、そんな事実がどうにも落ち着かない。



 拝殿はいでんの前の賽銭箱に五円玉を放り込み鈴を鳴らし、手を合わせて拝む。


 先日の奇跡への感謝と、「ずっと令といられますように」という願いだけして、踵を返す。


 人混みのなか、青葉に手を引かれて社務所しゃむしょへ行く。途中、令がいたく不機嫌な様子で後ろから声をかけてきた。


「本当に神様なんているんですかね?」


「一応、厳かな気配だけはあるよ。本当にご利益があるかは分からないけど」


「だいたい、神様がいるとしてもですよ。人間の使う五円玉なんかもらって嬉しいんですかね?」


「いるかいないかはともかくとして、こういうのは気持ちだと思うよ。自分の願いを再確認する行為というか」


「まあわたしは幽霊なので、参拝しませんでしたが」


 正直、令も神社に入れたことに驚いていた。普通の幽霊が簡単に入れて、なんのための鳥居なのだろうとちょっと思わなくもない。


 社務所で、冴恵と青葉がお守りを選ぶなか、私は交通安全と恋愛成就を選んだ。


「恋愛成就……?」


菊乃きくの、彼氏いたの?」


「あっ、いやまあ……」


 なんとも言いづらく、目を逸らす。視線の先には令がいて、顔を赤くしながらなんとも複雑そうな面持ちをしている。よほど神様の類が好きじゃないのだろうか。


 お守りを買うついでにおみくじも引いて、出てきたのは末吉というなんとも微妙なものだった。そこには、そこそこ良いこととそこそこ悪いことが四対六くらいで載っていた。


「まあ、所詮おみくじですからね。マジョリティに当てはまるようなそれっぽいことが書かれてて、それっぽい気分になるってだけですから」


「……神社に親でも殺されたの?」


「死んだのはわたしだけですよ。ただ、神様というものの恩恵が信じられないだけです」


「まだふてくされてる? めんどいな……」


「それ、わたしが前から菊乃ちゃんに思ってたことで――」


「菊乃? さっきから、なにぶつぶつ言ってんの?」


 びくりと、声の方へ向く。冴恵の訝しげな顔がそこにあった。


 答えにきゅうして逃げるようにおみくじ掛けの方へと急ぎ、末吉のおみくじをを結ぶ。別に運勢のことを気にするわけではないけど、こういうのは気持ちの問題だ。


 隣では、ちょうど青葉がおみくじを結んでいた。


「日頃の行いは同じようなもんなのに、なんで冴恵だけ大吉なのかって思っちゃうよね。菊乃ちゃんは末吉だっけ?」


「……うん」


「あれ、どした? 末吉って微妙だけど、大凶よりはマシだと思うけど」


「あっ、そうじゃなくて……」


 やっぱり、このまま令がいないことにされるのはあまり良いことではないように思う。


 喉の奥で詰まりそうになっていた言葉を、苦心しながらどうにか吐き出した。


「青葉」


「え、なに? そんな、深刻そうな顔して……別れ話?」


「……話があるんだ」


 後ろに立つ令を一瞥する。彼女はなにかを察したのか、どこか不安そうな顔をしていた。

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