第3話

「私のことは恋ちゃんか先生と呼べ。いいな?では諸君、早速最初の問いだ。」


 恋先生は立体ホログラムで一人の男性の全身映像を投影する。


「この方の名は?功績は?おっ流石に全員手を挙げるか。ではお前、名前は…蒼海恭介か。答えろ。」


 当てられたのは空色の髪の眼鏡を掛けた利発そうな少年。昨年の日本ジュニアで同い年の妹と共にベスト4の成績を残した蒼海家の三男、蒼海恭介だ。


「はい。名前はリカルド・グエン。彼が生きた五百年前で言えばグエン系ブライアント人、今で言えばベトナム系アメリカ人の研究者です。功績は魔術の開発とその流布。かつて一人に一つ宿っていた『魔法』と言う神秘を『魔術』と言う理論化された技術に変換した事とその研究結果を世界にばらまいた事です。彼のお陰で概念魔法と言う強大な力で世界を支配していた七人の魔王たちが倒され、大陸が解放された。言ってみれば今の世界の始祖ともいえる人物です。」


 淡々と、完璧な回答をする恭介。しかし、この知識は小学校で教わるもので、当然彼の表情に応えられたことに対する喜びや安堵はない。


「うむ。そうだな。では次の問いだ。彼がその生涯を賭しても成し得なかった事はなんだ?これは主席に聞こうじゃないか。朝霧辰馬!答えてみろ!」

「はっ!?(余計なことを!答辞を辞退した意味ぐらい考えろよこのロリっ子!)」


 主席、と言う言葉の後に続いたのは今不在の塚原蓮司ではなく、ランクゼロの辰馬。この情報に若干ざわつく教室。

 その反応も仕方のないものである。主席には入学式で答辞を述べる栄誉が与えられ、昨日当時を読んだのは塚原蓮司であったのだ。当然、皆が主席は塚原蓮司であると認識していた。そして、男子生徒の一人がその事実を訂正しようと声を出す。


「先生、主席は現在欠席している塚原蓮司では?」


 問うたのは黒髪の二枚目の少年。その顔立ちは端正というほかなく、十人並みではない。


「うん?君は…栄田大志か。違うぞ?そこのそいつは塚原に四十二点差をつけてる。

「なっ!」


 栄田大志、十六家の一つ、栄田家の嫡男にして後継争い筆頭。日本ジュニアで塚原と壮絶な死合を演じ、結果一寸の差で二位に甘んじた魔闘技選手である。

 彼は自分が塚原に次ぐ次席だと思っていたのだ。その認識が誤っていたと知らされ、目を見開く。


「ま、そんなのは今はいいんだ。余計な話をすると授業が伸びるぞ?ほれ、朝霧、答えろ。」

「よくないんですが…人が折角フラットな状態で評価してもらおうと隠してたのに…」

「ごちゃごちゃ言わずに答える」

「はぁ…リカルド博士が成し遂げられなかったのは概念魔法の完全魔術化。これは未だに達成されてません。再現率は最も研究者の多い『与える』や研究し尽くされた『否定』でも一割に達していない。しかもその不完全な状態でも習得難易度はランクテン、最高難度です。しかし、その程度の再現率でも効果は絶大。否定の魔術は一時的にとは言え、死を否定出来る。そして、与えるの魔術はその死すら否定するような難解魔術ですら他の魔術に、一番多いのは結界ですね、に特性として与えることが出来る。一般的な付与魔法がランクワンの魔術を付与するのが限界と思えば絶大な差です。

ここからは個人的な所見になりますが、俺は今再現されようとしている概念魔法そのものが間違っている、と考えています。人が躍起になって再現しようとしているのは歪んだ視点から得られた概念魔法。簡単に言えば立方体の一面だけを見て立方体全体を再現しようとしてるようなものです。そもそも想定してる最終形の理解がおかしい。ま、この意見が間違っている可能性もありますが。」


 概念魔法、別名を特殊魔法。一般的な魔法とは一線を画す強大な魔法。

 かつて、その使い手達は絶大な力を以って、世界を支配していた。しかしその王達も数の力には勝てず、魔術という新しい力を得た人類に滅ぼされた。

 そして、人はその戦いの中で概念魔法を分析し、そのデータを使って魔術に落とし込もうと試みたのだ。だが、結果は惨敗。五百年以上掛けても一割すら再現できていない。


「ふむ。しかし現在確認されてる二十七人の概念魔法使い達の協力の元、解析と開発が行われているが?最新の解析具をもってしてもそのような歪んだ理解になっていると?」

「ええ。多分ですが概念魔法使いとは普通の人間とは根本的に違う存在なのでは?奴らは不老なんですよ?かつてのオリバー帝国帝王なんかは二千年前から千五百年間君臨した。そんなのが使う力を理解出来る方がおかしいと思いますが。」


 概念魔法を得た者は二十代から三十代で不老になる。これは世界の常識だ。現在存命の最古の存在は千二百歳であると公言している。

 五百年前の権力崩壊以降、様々な権力者がその力だけでも得ようと概念魔法使いを研究した。百年前に、世界有数の大金持ちが全財産を投じたが、身長や体重、呼吸量に心拍数といった基礎的な情報を除き、一切の身体情報を得ることができなかったのは有名である。


「確かに一理あるな。しかし、同じく魔力を使う生き物だぞ?ワイバーンなんかも完全な分析が成されたのはつい五年前だ。共通項がある以上、いつかは解明出来るのでは?」

「まあ、そうかもしれませんしそうじゃないかもしれません。あくまで研究者でもなく、十五年しか生きてない小僧の意見なので。」

「ふむ。まあそこそこ面白かったぞ。その年でそこまで考えることができてれば十分だ。ランクゼロのお前に必要なのは魔術の習得などではなく、思考力と分析力だ。一秒でも早く、一割でも多く、正確に、情報を得ることでしか勝ち筋は生まれない。これからも励め。」

「はい。」


 辰馬に褒めの言葉を送った所で、授業が再開した。


「さて、今朝霧が答えたように魔術の現在の最終目的は特殊魔法の完全再現だ。そして、お前等が目指すのはランクテン魔術、特殊魔術の習得だ。その下地作りに六年を費やす。六年後には全員ランクナインに到達してもらう。まあ、そこのランクゼロは除いて、だが。」


 愛先生は再度辰馬に視線を移す。


「ランクゼロ、お前の六年後の目標はランクナイン魔術師に九連勝だ。ま、簡単に言えばクラスメイト全員に勝つことだな。チャンスは一回。それが出来なければその時点でB組に落とす。当然、卒業後のスタートも三部リーグになる。」

「そんな無茶な!ランクナインって言ったら一部リーグクラスですよ!?九連勝はPSCA下部でも活躍出来るぐらいの力が必要です!俺だけハードルが高すぎるでしょ!」


 あまりと言えばあまりなその要求に、他のクラスメイトも辰馬の反論に頷いている。


「そうか?全年度主席は九連勝が七年への進級条件だぞ?」

「「は?」」


 九人が声を揃えた。


「達成出来たのは過去に六人しかいないがな。ほとんどは三部リーグ送りだ。まあ、ほぼ全員がそのあと破竹の勢いで一部リーグまで駆け上がるが一年はでかいよなあ。ちなみに決めたのは校長だ。文句があるならそっちに行け。」


 愛先生の情報に全員が同じことを思い出した。数年に一度、應神高校B組卒業者が無敗で一部リーグまで駆け上がると言うジンクスがあるのだ。きっと落とされた首席がそうなるのだろう。


「勝ったら優遇されたりはするんですか?」

「ない。」


 いくら校長の決定事項とは言え、達成出来なければ三部リーグに一年費やすハメになる。そのような大きすぎるリスクを孕んだ無理難題はメリットがなければやってられない。そう思い、尋ねた辰馬に返ってきたのは無慈悲な答えであった。

 思わず天を仰いだ辰馬に他の八人は哀れみの目線を向ける。百二十年で達成者は六人。なぜそのようなシステムが改善されていないのか不思議でならない。


「この話はこれまでだ。わかったな?ランクナインに到達だぞ?そこのランクスリーなんかは年に一つのペースだ。死ぬ気でやってもらう。ではまずその一歩目から始めようか。今日は魔術の要素分析から始める。」


 そうして約一名の気落ちした生徒を置き去りにして授業は進んでいくのであった。

 


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