第4話 作業場の近くにて

 受験票が届きしばらくたったある日、森が亡くなったことを知る。

新聞の地方欄に記載されている訃報記事を見つけた。

食い入るように記事を読む。

死因は心臓麻痺となっていた。

由美の頭をよぎったのは由美と同じ様な目に、いや、もっとひどい目に遭った者に殺害されたのかとの考えだった。

「ふう」

と大きく息を吐く。

「私って、結構残酷なのかしら」

森の死によって、あのことが由美の中でクリアされることは無いが、何かが変わることを望んでいる自分に少し嫌悪する。

「もすぐ受験日かぁ。でも、まだだめ。こんな気持ちのまま行けない」

頭を切り替えようとするが出来ない。

もう少し時間が欲しかった。

せめて来年なら。

「気分転換して来るか」

そう口に出すと、あの作業場が頭に浮かぶ。

「あの人、・‥渡辺健一さん。居るかな」

由美の中で渡辺健一の存在が救いとなっているようだった。

自然と由美の足はあの作業場へと向かう。

途中また叔父の浩二に出会う。

「浩二叔父さん、今日も渡辺さんの所?」

「ああ、あいつに会いに来たのか?」

この前と様子が違う。

多分浩二の刑事の時の顔なのだろう。

「・‥何かあったの?」

「いや、そうじゃないが今日会うのはだめだ。あいつが気になるのか?」

「か、彼の作品がよ、興味があるのは。NETオークションもしてるみたいね。面白そうな作品を出しているわ。一度実物を見たいなと思って。それと制作の様子も」

「・‥そうか、それなら近いうちに紹介してやる。だが、今日はだめだ」

そう言ってふう、と息を吐く浩二。

こう言う時は素直に従った方が良い事を由美は判っている。

「判ったわ、お願いね」

今日は渡辺健一に会うことは諦めることにした。

「叔父さん、お昼は食べた?」

「うん?今日はまだだ」

「それなら一緒にどう?駅前に良さそうなお店があったわ」

「大盛りは頼めるのか」

料理の種類より量の方が問題のようだ。

「フフ、判らない。でも試しに頼んでみたら」

「そうだな。それで何を食べさせてくれる店なんだ?」

やはりそれも気になるようだ。

「パスタよ。それでいいかしら」

「俺で払える金額ならな」

「リーズナブルなお店よ」

「助かる」

叔父の浩二は年中金欠病だ。

まだ独身のはずなのに、何に給料を使っているのだろうといつも思う。

「貯金なんて、年寄りがする事だ。俺は宵越しの金は持たねぇ」

なんてことを言っては浩二の姉、そして由美の母親である百合子に叱責されている。

お酒もかなり飲むようだから、そっちに使っているのかもしれない。

色々と付き合いもあるようだ。

幸い大盛りを注文することが出来た。大盛りというより特盛りといった方が良いだろう。

由美の倍程もある量のナポリタンが、フォークを刺した途端皿から溢れそうだ。

由美の注文したキノコソースのパスタも結構な量がある。

「叔父さん、それ完食できるの?」

「当然。何ならお前のキノコソースも手伝ってやろうか」

「多分大丈夫」

叔父の浩二の食べっぷりと友人の清香から大食漢と言われていた自分を顧みて、そんなDNA情報が私の中にもあるのかしらと由美はふと思う。

食後のコーヒーが出され、香りを楽しみながら頂く。

「そういえば渡辺な、お前の通っていたなんとかって古武術、門下生だったようだぞ」

「え、そうなの。でも、一度も会ったこと無いわよ」

「道場が違っていたんじゃ無いのか?この町で育ったわけでもなさそうだし」

「そうなんだ」

由美は健一との共通のものがあったことがなんだか嬉しい。

「合宿には行っていたみたいだぞ」

「私は父さんから外泊はだめだって、行かせて貰ってない」

「そうだったな、修学旅行でさえ嫌がっていたっけ」

「箱入り娘だもの。高校も共学を嫌がって私立女子校に決めたのも父さんよ」

「秀一兄貴にとって、それだけお前が大事だったって事だ」

「いつだって、私には優しかったわ」

「・‥。すまんな由美」

「あ、そんなつもりは。叔父さんが謝ることでも無いでしょ」

「いや、俺のせいなんだ」

由美の父、秀一は義弟の浩二を庇い撃たれて亡くなった。

由美が中学3年生の時だった。

「叔父さんが悪いわけじゃ無いこと位、私達には判っている」

詳しい話は知らされていないが、義兄の秀一を尊敬し慕っていた浩二には忘れられない事件だったのだろう。

5年近くも経過した今でも悔やんでいる。

父を撃った犯人をその場で射殺したのは浩二だった。

それらの責を取らされ、未だに平の刑事だ。

「秀一兄貴の代わりにはなれんが、力にはなれると思う。遠慮無く言ってくれ」

「ありがとう」

しばらく間を置いて、その場の雰囲気を変えるつもりで

「渡辺健一さんの件、お願いね」

と、さらっと言ってみる。

「うん?ああ、あの件か。すぐには無理だがそのうちな」

本当にその気があるかは疑問だったが、微かでも紹介してくれる可能性があるならそれにすがろうと思う由美だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る