第3話 卒業後

 心に暗い影を残したまま卒業式の日は来る。

清香や他の親しい友人との別れを惜しんだが、素直に喜び、今後に期待をする気持ちにはならなかった。

親しい友人達で固まった数グループは、その後それぞれカラオケルームやらファミリーレストランに繰り出すようだ。

由美も清香達に誘われたがそんな気にはなれず帰宅した。

卒業し浪人生となり、時間の出来た由美だが特に何かをしたいという事はなかった。

仕事のある母に変わり、家事をこなす。

それでも午後には時間が出来てしまう。

何もせず、ぼおっとしていると嫌な事を思い出しそうで外に出ることにした。

かといって何か目的があるわけでもない。

「美術館か図書館にでも行こうかしら」

ふと思い立ち、駅に向かい電車に乗る。

席は空いていたが、なんとなく外の流れる風景を見ていた。

次の駅に着くと、見たことのある作業服を着た青年が乗車してきた。

手に大きな荷物を抱えている。

その後を腰の曲がった女性がついて乗車してくる。

「今日は空いてて良かった。荷物、隣に置くね」

「ありがとうねぇ、お兄さん。助かります」

思わずふふっと微笑んでしまう由美。

この青年だけはあんな連中とは違うと確信出来た。

そう思いたいだけだったのかもしれない。

美術館のある駅を過ぎてもまだ二人は乗車していた。

由美も下車せずついて行くことにした。

美術館を3つ過ぎた駅で二人は下車した。

由美も下車する。

やはり青年は荷物を持って改札口まで降りてゆく。

前回と同じように荷物を丁寧に背負わせ、

「荷物、重いから気をつけてね」

と、声を掛け階段を駆け上がってくる。

しばらくして反対側の電車が着き、乗車する。

車両を一つずらし、由美も乗車する。

青年の降りる駅は判っている。

行き先も。


駅前に新しく出来たホテルのロビーで軽食とコーヒーを取り、あの作業場へと向かう。

しばらく歩くと、見知った顔の男が進行方向より向かってくる。

「浩二叔父さん。どうしたの、こんな所で」

「由美か、お前こそこんな所で何しているんだ」

「うん、美術館に行こうとしたら電車の窓から田畑が見えたから、気分転換にプチ田舎を堪能しようかなって」

我ながら上手い説明だと思う。

「叔父さんは?」

「ああ、この先に自称芸術家の童貞野郎が、・‥失礼。小僧がいてな、からかうと面白いんだ。後、そいつの淹れるコーヒーが美味くてな、休憩に丁度良いんだ」

(童貞・‥なんだ)

顔を赤らめる由美。

「彼女がいたらお邪魔なんじゃない?」

それとなく探りを入れる由美。

「あいつに彼女がいるかよ。まあ、良いやつではあるが、女っ気は無いな」

(そうなんだ、良かった)

え、何が良かったの?と、自分に問いかける由美。

「そういえば由美。お前も芸術家になりたいんだっけ。何なら紹介・‥いや、やめておこう」

(え、紹介してよ!親しくなる大チャンスよ!)

そんなそぶりは全く見せず、

「なあに、何かあるの?」

「いや、何でもねえ」

こう言う時の浩二にはこれ以上の事は聞けないことを由美は知っている。

「そう、じゃあいつかお願いね」

「ん、興味あるのか?」

「そうじゃなくて、芸術家なんでしょ。知り合いになれば今後のプラスになるかなっと思って」

「そうか、いつになるか判らんが頭に入れておく」

「お願いね、じゃ」

そう言ってそのまま歩き出す。

由美の後ろ姿を見つめながら山本浩二は刑事の顔に戻る。


由美は叔父の浩二が父の死に関係していることを知っていた。

その事で浩二自身が誰よりも悔いている事も判っていた。

あの日以来、叔父の浩二が以前にも増して由美を気遣ってくれている事も。

そして由美の母であり浩二の実姉、百合子に対し謝罪の心があることも。


「気持ちいいな、ここに来て良かった」

広大ではないが田畑のある風景は由美の心を和ましてくれる。

いろいろな植物の香りを風が運んできてくれる。

柔らかな日差しと、その香りが季節を教えてくれるようだ。

あの嫌な事件を青年と自然が忘れさせてくれるようだった。

実際男性を思い浮かべると、渡辺健一という青年の姿しか出てこない。

もちろん父親の川原秀一と叔父の浩二以外でだが。

「今日はこのまま帰ろう」

作業場に行くつもりだったが、気持ちの落ち着いた由美は家に戻ることにした。

途中夕食の材料を買い、家に着くと早速準備をする。

母の帰りが遅くなることも多く、冷めてもすぐに暖められるものを作る。

今夜はグラタンにした。

これなら電子レンジで暖めても、そう味は落ちない。

そんな日々が続き、由美は元の明るさを取り戻しつつあったが、すぐに憂鬱になる。

「そろそろ願書を出す時期か。どうしようかな」

あの大学に行く気は無かったが、母親の手前受験をしない訳にはいかない。

別の芸大を受験することも出来るがもう芸大には行く気が無い。

かといって清香達のように一般の大学にも通う気にもなれない。

「母さんに受験票だけでも見せないと、言い訳できないか」

もう少し時間があれば立ち直り、大学は通えるようになることは判っていたが、あの事件を母や叔父に知られたくなかった。

森を庇う気は無いが、迂闊な自分の行動を恥じただけだ。

「仕方ない、願書だけでも出すか。明日、高校で書類をもらいに行かなきゃ」

提出物を揃え、芸大の事務所に向かう。

「あら、あの人・‥」

芸大のキャンパスで渡辺健一を見かけた気がした。

「人違いだったのかしら。まあ、芸術家ならここに知り合いがいても可笑しくないわね」

そう思い、事務所に願書を出す。

その帰りが早足になるのは完全に吹っ切れていない為だろう。

数週間後、受験票が届いた。

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