頭連結の少女

白と黒のパーカー

第1話

 昔のはなし。誰も寄り付かない崖側にぽつりと建つ一つの荒屋、そこにミリーとサリーと言う双子の少女がいた。

 両親は元より育ての人間すらいない二人の少女は未熟なまま育っていた。


「ねえ、サリー朝だよ」

『ええ、ミリー朝ね』

「こう言う時はなんて言うんだっけ」

『こう言う時はおはようって言うのよ』


 ここに住む双子の少女は頭がピタリとくっついており、姉の声は妹にしか届くことはなかった。

 崖がある山の麓にある集落の人々は、彼女らを恐れてただ頭連結とうれんけつの少女と呼んだ。

 それでも彼女たちはガナードと呼ばれる小さな鳥のような生物を飼っており、それらを売ることでなんとか日々の生活を送っていた。


「ねね、サリー。生まれたよ」

『ええ、ミリー。生まれたわね』

「えへへ、私たちとおんなじふだごだね」

『ええ、そうね。私たちと同じ、頭がピタリと引っ付いているところまでそっくりね。でもね、ミリー、ふだごではなく双子よ』

「ああ、そっか双子かー。サリーはかしこいね」

『ふふ』


 ガナードの成鳥は基本十センチ程の大きさで涙型の体に小さくて硬い嘴が生えた飛べない生物である。

 その幼体は綿毛のように白く、そして小さく丸い形をしている。

 今朝生まれた幼体の内二体の頭がピタリとくっついて生まれたのだ。

 自分たちと同じ境遇にあるその二匹を嬉しく思った二人は特に大事にその綿毛を育てた。

 商売故にいつかは売る存在、悲しくなるために今まで名前をつけたことはなかったがその子だけは特別だとロナリーと名付けた。


「えへへ、ロナリー。かわいいね」

『ええ、本当ね』

「ねえ、バーンにも見せてあげようよ」

『いいえ、駄目よミリー。ねえ、よく聞いて、麓の人間は私たちのようなはみ出しものを嫌うの。バーンも今はまだよく分かっていないだけ、いずれは他の人間たちと同じように私たちを害そうとするわ。勿論、ロナリーの事もね』

「……でもでもバーンは私の事をすきだって言ってくれたよ?」

『それでも駄目。ねえ、お願い。分かってミリー。これは私たち二人を守るためなの』

「……うん。わかったよサリー」


 バーンは麓に住む人間たちの中でも一際綺麗な父親と母親の元に生まれた子供だった。

 歳の頃は双子と同じであり、物事の分別も付き両親の言葉を絶対とする、正しい心の持ち主であった。

 だがそれが、それこそが未熟な双子を狂わせる綻びとなっていく。

 

 ロナリーが生まれてから五つほど月を跨いだころ、そろそろ麓にガナードの成鳥を売りにいく時期だと双子はいそいそと準備をしていた。

 頭は一つに繋がっているが身体は二つ、お互いがお互いを信頼しているが故に自在に動き回り、次々と短い旅支度を整えていく。

 この時期は寒い、風邪をひいてしまわないように二人分の温かい毛布。そして体を温める効果のあるぶどう酒に以前来た行商人から購入したチーズとパンを日数分リュックに詰める。

 旅支度はこんなものかとサリーが一息つき目を離したすきに、遂にミリーがロナリーを懐に隠し入れたのだった。

 前にサリーに話した時は怒られてしまったが、どうしてもロナリーをバーンにも見せてあげたかったのだ。

 私たちとおんなじで少し変わったかわいいガナードだと、無邪気な考えで。


「したくはもう終わったよね」

『ええ、終わったわね。それにしてもさっきからロナリーが見当たらないのだけれど、ミリー知らない?』

「ううん、しらないよ。たぶんお外で遊んでいるんじゃないかな」

『……そうね』


 これがミリーが初めてついたサリーへの嘘だった。ほんの軽い気持ちだったのだ。バーンに見せる時にはどうせサリーにもばれてしまうのだから、その時にはきっと分かってくれるだろう。

 ほんの小さなボタンのかけ違いの筈が、取り返しのつかない所まで迫っているとも知らずに。


 麓までの旅が始まってから三日が経った。

 多いとは言えない食料を行きと帰りの計六日分としてやりくりしながら過ごさなければいけないのだ。一時の休憩として開けた場所で少しの仮眠と満たされることのない朝ごはんを食べ、すぐに出発する。

 まだ幼くか細い双子の身体には頂上の付近から容赦なく吹き荒ぶ寒波は堪える。

 二人は寒さに打ち震えながらもなんとかお互い抱き合い、暖をとりながら道を進む。

 道をどこかで間違えていなければもうそろそろついても良い筈だとサリーが励まし、必死に一歩また一歩を踏みしめる。

 結局それから三時間ほど歩き続け、やっとのことで木々が開けて集落の入り口が見えてくる。


「ああ、やった。やったよサリー着いた!」

『ええ、本当にこの時期の山下りは命がけね』


 双子は喜びを分け合いながら、集落の入り口となっている門へと向かいながら忘れないようにサリーが懐から通行証を取り出す。

 一度この通行証を忘れて通ろうとした時の酷い仕打ちを思い出し、一度ぶるりと震えてから深呼吸をして門衛に見せる。

 それを見た門衛は分かりやすく嫌そうに口をへの字に曲げ、さっさと行けと汚いものを扱うようにしっしと手で追いやった。

 分かってはいた事だがやはり幼い二人の心は締め付けられる。

 言い返したい気持ちを押し殺し、お互いの手をギュッと握りしめて集落の長が住む奥の家へと向かう。


「ごめんください、ガナードの販売をさせて頂きに来ました」


 波風を立たせないように出来るだけ丁寧に声をかけると、億劫そうに扉を開けて長が出てくる。

 ジロリとこちらを見下した後、簡易的な店を構えても良い場所を記した紙をこちらに投げてよこすとピシャリと扉を閉めてしまう。


「なにもあそこまでいやなたいどを取らなくても良いのにね」

『今更よ、気にしても仕方ないわ。それに、商売が認められているだけでも幸運だと思わなきゃね』


 奥にあった長の家から引き返し、集落の中でも生活路として使われている場所へと向かう。

 双子は人々から不気味に思われているとはいえ、優秀な家畜としてガナードは需要が高い。それもあって優遇された場所に店を構えることができるのだ。

 

 店を構えてから五時間ほど経った頃。沢山いたガナードたちはもう殆ど残っていなかった。


「えへへ、今回も全員売れそうだね」

『ええ、そうね。やっぱり大切に育てたガナードたちが売れていってしまうのは少し悲しいけれど、それと同じくらい心が暖まるわね』

「うん!」

「おーい!ミリーちゃん。誰と話しているの?」

「あ、バーン君!来てくれたんだね。サリーとねお話してたんだよ」

「サリーちゃん…ああ、双子のお姉さんのことだね」

「そうなの!」


 双子が今日の成果について話していると、件の少年バーンが現れた。

 ミリー以外に声の届かないサリーは身振り手振りでしか相手に思いを伝えることが出来ないため、ミリーからバーンを遠ざける事は半ば諦めていた。

 確かに今はまだ友好的に接してくれているかもしれないが、いつ他の人間たちと同じようになってしまうか分かったものではないのだ。

 そんな折、バーンが薬の入った瓶をミリーに渡しているのを見つける。


『ミリー、それは何かしら?』

「あ、うん。それがね、私たち二人を分けることができるマホウのおくすりなんだって」

『な、なんですって!そんなものが本当に……?』

「あはは、言葉が聞こえなくてもサリーちゃんが何を言いたいのか分かるよ。実はうちの両親は魔法使いなんだ。だから二人分ける魔法薬を創って貰ったんだよ」

『い、いえ、待ってそんな筈は無いわ。彼の父親はあの長の息子、私たちを快く思っているわけが無いしもっと言えば、なる事自体に長い修行が必要な魔法使いである筈が無いのよ。騙されているわミリー』

「おや? 今度は何を伝えたいのか分からないな。なんて言ってるのかなミリーちゃん」

「ううん。知らなくていいよ、なんかダマされてるとかしつれいな事を言ってるんだよ」

「へ、へえ。それはちょっと残念だなぁ」

「だよね。あ、そうだ!そんな事よりもバーン君にお礼もこめて見せたいものがあるの」


 サリーの懸念を他所にミリーは遂にバーンに隠し持ってきたロナリーを見せるべくポケットを探る。

 秘密だよ。と無邪気に笑いながら見せようとすると、彼がそれを遮る。


「待って、秘密なものならここで出すのは危ないよ。大切なものなんでしょう? ほら、こっちに来て、丁度良い場所を知ってるんだ」


 なにやら良い場所を知っているらしいバーンはミリーの手を取って走り出す。

 思考の波に呑まれていたサリーは突然のことに驚きつんのめって転けてしまう。

 瞬間にとてつも無く冷めた瞳でこちらを見下ろすバーンと目が合う。

 すぐさま取り繕った笑顔を貼りつけて彼が手を差し伸べてくる。

 なにを考えているのか分からないバーンが恐ろしくなったサリーはその手を振り払い逃げようとするが、ミリーからは死角になるように体で庇いながら強引に腕を掴まれ引き寄せられる。

 突然の半ば暴力の様な行動に呆然としてしまうが、そんな事は知りもしないミリーもサリーを引っ張ってついて行ってしまう。


 バーンが双子を連れてきたのは集落の裏手にある住民たちが狩場と呼んでいる所だった。


「ここだったらそうそう誰も来ないからね。秘密を見せても大丈夫な筈だよ」

「えへへ、そっか。ありがとうバーン君」

『ああ、駄目、駄目よミリー!彼は危険だから今すぐ逃げて』

「……まだサリーちゃんが何か言ってるのかな?」

「よく分かるね。でもそんな事よりも見てほしいものって言うのはね」


 はいどうぞと笑顔で懐からロナリーを取り出すミリー。

 驚愕に見開かれるサリーの目と、嫌悪に塗れた表情をバーンが浮かべたのは同時だった。


『あなたなんて事を!』

「……なにかな?これは」

「え? なにってロナリーだよ。私たちとおんなじで頭がくっついてるの!かわいいでしょ?」

『……!?ミリー離れなさい!』


 バーンの変化に気づかないミリーは無邪気にロナリーを近づけようとするとバーンが彼女の手を叩き落とす。

 止めようとしたサリーの手は間に合わず虚空を掴み、手から落とされたロナリーは地面に叩きつけられた。


「そんな汚らしい物を僕に近づけるな!」

「え?」

『遅かった!……ああ、なんてこと。ロナリー!死んじゃ駄目よ』

「忌々しい化け物共が!少し優しくしてやれば調子に乗って、その挙句に貴様らと同じく醜い頭連結のガナードの雛などを見せてやがって……ふふだがまあいい、こいつを踏み潰してやれば少しは気が紛れるかもなぁ!」

「い、いやぁ!やめてよバーン君!どうしてそんなことをするの? 元の優しいバーン君に戻ってよ!」


 ミリーがバーンの足にしがみつき、必死に訴えかける。

 泣き叫びながら縋り付く彼女を一度見下した後、良いことを思いついたとばかりにニンマリの口角を上げる。


「ああ、残念だなぁ。ミリー、僕は君の事が好きだったんだけど……僕を失望させてしまったね」

「え? そんな、うそ……いや、私何かした?ねえ!ごめんなさい、それならあやまるから!」


 バーンの言葉にミリーは酷く怯えて震え出す。

 幼い頃からサリー以外の誰からも愛されなかった少女は、やっと自分を愛してくれるかも知れない人間が離れようとする事が他の何よりも恐ろしかったのだ。

 今この瞬間だけはバーン以外の何者も、ミリーの中ではどうでもよくなってしまっていた。


「けれどねミリー、僕は何も鬼じゃないさ。僕を失望させた、その醜い鳥もどきを君が踏み殺すんだ」

『な…なにを言ってるの!あなたは本当に何がしたいのよ!ああ、駄目、駄目よ!ミリー。あなたは騙されてるの、奴は!バーンはあなたの敵よ!』

「ごめん……なさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんね、ロナリー」


 必死に呼び止めるサリーの声は最早ミリーにさえも届きはしなかった。

 虚な瞳を携えて地面に叩きつけられて弱っているロナリーへと近づく。

 サリーは必死にミリーの行く手を阻もうとするも後ろからバーンに羽交い締めにされる。


「さあ!やれ!」


 最期の宣告が為され、ミリーが右足をあげる。

 弱っている自分を助けにきてくれたとばかりに喜びの声を上げるロナリーは育ての親である彼女の行動の意味を理解出来てはいなかった。

 

『辞めなさい!ミリー!』


 無表情で振り下ろされた右足は、一つの頭と二つの身体を持つ綿毛を踏み潰した。


「あっははははは!傑作だなぁ!サリー!残念だなぁ。止めようとしたのに無駄だったよ!あはははは」

『ああ…ああ…そんな』

「ねえ、これで、私のことをまた好きでいてくれる? 失望しないでくれる?」


 大事なモノを自分の手で殺したと言う事実はミリーを決定的に歪め、もう縋り付くものはバーンしかいないと救いを求めて彼に問いかける。


「はあ? 何言ってんのお前。自分の飼ってた鳥をエゴで踏み殺す様な気持ち悪りぃ奴と一緒に居たいと思うわけ無いだろうがバーカ!」


 最後の支えだったバーンに拒絶され、ミリーの心は壊れた。

 泣こうにも泣き方を忘れてしまい。一粒も涙が流れる事はなかった。


「……はぁ、それにしても。面白いものが見れたよ。本当はここにある罠を使ってお前らを殺す予定だったけど、思ったより楽しめたから今回だけは助けてやるよ」

『あなたみたいなクズをミリーが求めてしまったせいで……あなたが居なければ、何も狂う事はなかったのに』


 言葉は通じなくとも身体は動かす事が出来る。

 サリーは憎しみのこもった瞳でバーンを睨みつけ思い切り殴りつけた。

 まさかサリーが何かを仕掛けてくるとは思っていなかったバーンは油断しており、それが殴られたことによりバランスを崩すことに繋がった。

 後ろに押し出され、たたらを踏んだ彼は地面に仕掛けてあった罠を起動させるための綱を切ってしまう。


「あ」


 その一言が彼の最期の言葉となる。

 張り詰められていた綱が切られ、頭上に吊り下げられていた巨大な岩石が落ちてくる。

 まず最初に彼の脳天を割り血潮を吹きさらしたそれは、まるで元からそんなものは無かったかの様に頭を潰す。

 次にメキメキと思わず顔をしかめてしまう程の怪音を鳴らしながら首をへし折る。

 明確に確認できたのはそこまでで、それからはあっという間に彼の肩から足の先までが叩き潰された。

 岩石の下からはテラテラとした粘り気を帯びた赤い血液が湧き出して来ており、それを見てしまったサリーは思わず胃の中のものを全て吐き出してしまった。


「なに……してるの?サリー」

『え? あ、いえ、違うの。これはわざとやったわけじゃ無くて。偶々彼を叩いたら……』


 なにを答えたとしても言い逃れは出来ない。

 例えわざとでは無くてもサリーが殴りつけた事でバーンが罠にかかり死に至った事実は消えないのである。

 それを短い時間で悟ってしまった聡い少女は、失意の妹を無理矢理立たせ、その場から逃げ出すのだった。

 妹にすら弁明出来ないのだから、それ以上に聞き分けのない集落の連中が話を正当に聞いてくれるわけがない。

 特にバーンは長の孫なのだ。これが公になれば確実に二人の少女は殺されるだろう。 

 そんな事をさせる訳にはいかない。特にミリーだけは何としてでも助けてみせる。

 そう強く決心した少女はたっぷり三日かけて降りてきた山を着の身着のままで駆け上る。

 

 登り始めてから直ぐはまだ良かった。

 寒さにさえ目を瞑れば今まで何度も歩いてきた道である。

 だが本当の修羅場は登り始めてから数時間経った頃に始まった。

 後ろから追ってが迫ってきていることに気付いたのだ。

 恐らくバーンが罠にかかり死んだ事がばれたのだろう。

 弓をつがえた大人たちが私たち二人を探し回っているところに既に二回ほどすれ違っている。

 まだなんとか見つからずに逃げ果せているがこのままではジリ貧だろう。

 

『ミリー。絶対にあなただけは守ってみせるわ』


 一人呟き決意を固めたサリーは、今まで以上に注意深く自分たちの痕跡を消し、衣服なども脱ぎ撹乱に利用した。

 花も凍る程の凍てつく寒さではあるが、それだけでは死ぬ事はないのだ。足の指は既に壊死しており何本か欠け落ちてしまっているが、そんな物に今は構っている暇はない。

 とにかく逃げ続ける、飛び出た枝に皮膚を抉られようとも、転けた先にある石が掌を貫こうとも死に物狂いで足を動かし続ける。

 それから暫くした頃だった。漸く後ろからの気配がなくなり、もう直ぐ双子の家へと帰り着く道へ出た。

 時間で言えば三日掛かる所を二日で辿り着いたのだ。

 不眠不休で走り続けたサリーは既にボロボロで、家に帰ってきたと言う安堵感もあり玄関の前で倒れてしまう。

 

「あれ……ここは?」


 それと同時にミリーが目を覚ましたのだった。

 自分が自失しているうちにいつの間にか自宅へと帰ってきており、そばには見るも無残な姿の姉が倒れている。

 最後の記憶がバーンを殺したところから抜けているミリーからすればサリーの今の姿はいい気味だとも思えた。

 それだけでは飽き足らず、ミリーは今直ぐにでもこんな姉とは離れたいと、バーンから貰っていた魔法薬を取り出す。

 瓶に書かれている文字を拙いながらも何とか読み解き、どうやらこれは二人で一緒に飲まなければ効果がない物だと知る。

 

「これを飲めば、私たちは別れられる。もう一緒に居なくていいんだ!」


 逸る気持ちを抑えて、姉を揺り起こす。

 中々起きない姉に多少の苛立ちを覚えながらも、我慢強く揺さぶりつづける。

 やがて、顔をしかめながらも薄く目を開き彼女は目を覚ます。


『ああ……良かった。ミリー、無事だったのね』

「そんな事よりサリー、この魔法薬飲んでよ」


 無事を喜ぼうとした姉を遮って二つに分けた薬の片方を押し付ける。


『……そうね。やっと別れられるんだものね。私は少し寂しくも感じてしまうわね』


 そう言って優しく微笑む姉の言葉などはもう欠片も妹には届かなかった。

 これ以上は待てないと、さっさと薬を飲む妹を追いかける様に姉も飲み込む。

 暫くして、身体が熱くなって来ると、本当にミリーとサリーの頭は離れ、そこには二人の姉妹の姿があった。


 二人は喜び、自宅の近くにある崖の方まで日の出を見るために歩いていく。

 これまでとは違い、お互い別々の場所を歩き崖までたどり着く。

 姉は涙を流し喜んで妹に話しかける。


『一人で歩くってこう言う事なのね。新鮮だわ』

「ええ、そうね。これでやっと!」


 姉が笑顔で妹に振り返った瞬間、ミリーはサリーを崖から蹴り落とした。


「サリー、あなたを殺せるわ」


 崖下に落ちてゆく瞬間、サリーはなにを思ったのだろうか。それを理解する事はもうミリーには永遠に能わない。

 最期に見えた姉の顔ももう忘れてしまった。

 

「あははは!やった、やったわ!これで、これで仇は取ったわバーン!あなたを愛していたのに。サリーが殺したから!……ああ、ああああああ!」


 笑顔で喜んでいたミリーの顔が次第に歪んでいく。それが悲しみから来る歪みでない事は彼女の尋常ではない叫び声から分かる。

 彼女は自分の身体から発せられる痛みに理解が追いつかず、全身を掻き毟る。


「痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!何なのこれぇぇ!」


 掻き毟っていると、ボロッと何かが崩れ落ちる。ふと目をやってみればそれは指だった。


「え? 指が……」


 一つ崩れてから次が崩れ始めるのは早かった。指から始まった崩壊は手から足からと次々と崩壊していく。

 

「やだぁ、いやだぁぁ!サリー!助けてよぉ!」


 崩れゆく中で一番最初に思い出したのは最愛の姉の事だった。

 流れ続ける記憶の中での姉はいつもミリーの事を考えてくれており、そしていつも頭を撫でてくれていた。

 自分自身で無残にも殺した相手がかけがえのない者だったことに今更気づく。

 そして身体の崩れの終わりと同時にミリーの命の灯火が消え去るとき、思い出した最期の姉の顔は優しくこちらに微笑んでいた。


「サリー、ごめんなさい。私……」


 妹の最期の言葉は塵と消えて、誰にも届く事は無かった。

 

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