第4話 託された呼び名
「あ、はい。すみません」
一瞬、どういう体勢で応対すればいいか分からなくなる。
取りあえず、床に足を着いて立ち上がった。
艦長も天井から降りてきて、足を着く。
立って向き合う。
「いちおう仕事は予定通り、終わりました」
「そうか。もう慣れたか?」
「だいぶ」
「まあ最初の内は急がずやってくれたらいい」
「はい」
教官が作業の様子をチェックしに来る事はたまにあるのだが、まさか艦長が直接顔を出すというパターンは想定していなかった。
直立の姿勢で次の言葉を待ってみる。
何をしに来たのだろう?
「私も、宇宙に出たばかりの頃はよく窓の外を眺めていたよ」
艦長はそう言って窓の側にしゃがみ込んだ。
「そうなんですか」
「うん。いくら眺めても飽きなかったな。さすがにもう慣れたけど」
艦長はそう言って窓を覗き込んでいた。
僕は何と答えたらいいか分からない。
そもそも、何も聞かれていない。
そのまま立って待つ。
沈黙。
目の前でしゃがみ込んだ大人を見下ろしているのは、何だか変な感じだ。
「君は、どうしてこの仕事をやろうと思ったんだ?」
と、しゃがんだままの艦長が言った。
どうしてと聞かれても、答えは一つしかない。
「艦長の提案があったからです」
僕はそう言った。
「うん。まあ、そうなんだが」
言いながら、艦長は立ち上がる。
「私が今回の提案をした時、君はすぐに『やる』と言った。迷いすら感じさせずに。それについては、私たちとしてはありがたい事だった。反発を覚悟した上での苦渋の決断だったからね。逆に『話が違うじゃないか』と罵られる事を予想していたんだよ。でも、君が『やる』と言った事で、他の皆も我々の提案を、少なくとも選択肢の一つとして受け入れてくれた。それは感謝しているんだ」
意外な言葉だった。
僕は反発など微塵も感じていなかった。
「君の決断は速かった。それは称賛に値するほどの速さだった」
「それは、どうも……」
「でも、気になるんだよ」
「気になるとは?」
「決断と言うよりは、諦めが速い。そう見えたんだ」
そう言って艦長は僕の目を見据えた。
その指摘はある意味で当たっている。
僕は地球に何も期待していない。
でも、ここで認めたらどうなるんだろう?
説教でもされるのだろうか。
それはちょっと面倒だ。
「気のせいですよ」
僕は不自然にならないように、おどけた感じの明るい笑顔で応えた。
艦長は何も言わずに圧力のある視線を送ってきていたが、やがて
「それならいいんだ」
と言い残して去ろうとした。
が、思い直したように戻ってきた。
「フラワルドと言う言葉を、聞いた事は無いか?」
「フラ……? 何ですか」
「今は公には使われない言葉だが……」
艦長は少し言いにくそうにしていたが、すぐに切り替えたようだ。
「君達に託された呼び名だ。古代に栄えた宗教世界の神話に登場する、聖霊の名前さ。人の誕生後、常にその人と一緒に行動し、守護霊として一生を共に過ごす。人間が善を選択する知性を持っていると言う事を現している存在でもある。フラワルドを祭る信仰は、君達の国にあった「
「知らなかったです。初めて聞いたと思います。盂蘭盆って、お盆の事ですよね。迎え火を焚いたりする」
「そうだ」
「詳しいんですね」
「ま、色々と調べてな。どう思う?」
「どうって?」
「今の話を聞いた感想は?」
「ちょっと偽善的ですかね……大人の都合で勝手な事を言ってる、と感じます」
「そうか……そうだな」
艦長は何かを考えているようだったけど、よく解らなかった。
そんな建前の話を聞かされても、僕には何とも答えようが無かった。
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