第2話 【わたしはわたし】
一日の始まり、まどろみの中。
意識の焦点がなかなか定まらないでいると、コールドスリープから目覚めた時の事を思い出す事がある。
薄闇の中、わたしの体にはいくつもの管が繋がっていた。
食事代わりの栄養成分や体組織を回復させる為の薬剤が、そこから体内に送られていたらしい。
まだ、体はろくに動かない。
始めに何を考えただろう。
ここはどこ?
わたしはだれ?
いや、そんなことよりも、
何かを考えつくまでの
何も考えていない時間
ただ目の前の何かを眺めていた時間が
とても長くて……
ただ眺めるだけの時間が
ずっと
ずっと……
ずっと…………
瞬きをして、私は意識を取り戻す。
重い荷物を引きずるように、まどろみの中から抜け出す。
大丈夫。
わたしはわたしだ。
鏡を見て確かめる。
そんな風に、一日が始まる。
食堂に行くと、入り口でユータが待っている。
わたしに気付いて
「おはよう」
と彼が言う。
「おはよう」
と私も答える。自然と笑顔が生まれる。
わたしはいつもぼんやりしていて、話をするのが苦手だけれど、彼と一緒にいると少しお喋りになっているらしい。同じ部屋の子にそのことを言われたとき、自分ではわからなくて
「そうなの?」
と不思議な顔をしたら呆れられてしまった。
あまり良くは思われていないのかも知れない。
でもそれでも良かった。
ユータと一緒にいると胸の奥がとても静かになって「このままでいい」って言われているみたいな気持ちになる。
彼に名前を呼ばれるたびに、自分が自分になっていく。
わたしはわたし。
もしかしたら、そう思えているだけなのかも知れないけれど。
そう思えるというだけで、本当の自分はもっと違う人なのかも知れないけれど。
「エリザ」
実際に呼びかけられて、私は顔を上げた。
「またボーッとしてる」
ユータが優しく笑っている。
「ユータのことを考えてたの」
「一緒にいるのに?」
「そう」
「変なの」
「へへへ」
私は笑顔になる。
笑顔としか言えない表情になる。
彼も笑顔になる。
優しくて、どこか寂しそうな、それでいて暖かい。
わたしにとって確かなもの。
彼の笑顔が無言でわたしに教えてくれる。
わたしはわたし。
それでいいの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます