< 参 >
道術家、というものに限った話ではないが、何事であっても宗派によって作法や道具に多少の違いがあるのは、当たり前といえば当たり前の話である。
さらにいうならば、同じ宗派といえども個人によって
けれど、そんな中でも
この「
また、糸という
(……でも、なんで)
この結界が功を奏しているのだろう。
少女が自身が割った大穴の上部を縦横に走る糸へと視線を這わせていくと、そこに貼り付けられている
簡易で大雑把な術式ではあるものの、
「
「なんじゃい」
「これ、
「無論。ちゅーか、見てわからんか。こんアホ娘。何年道士やっとるんじゃ」
「いや、わかってるよ! わかってるけど……わかってるから……、だから、」
――操られ……って、まさか、死……。
――んでないわぃ、アホ娘が。死体がフーフーいうかい。
――あぁ……確かに、息してるね。
――なんでも殺すこと前提に話をするなっちゅーに。
そう。
確かにあのとき、互いに「彼らは死んでいない」と確証に至ったはずだ。
自我は完全に失っているように見受けられるものの、「
けれど――。
――
不意に、春風の如き声音が鼓膜の奥で蘇る。
跳屍送尸術。
いうまでもなく、
「ふむ。確かに、対僵尸用の結界ですね」
巨大な深淵の向こうにいる美貌の男が、軽くしゃがみ込みながらピン、と指先で墨色の糸を撥ねる。先ほど
揺さぶられた糸ごと、カサカサと呪符が風を孕む音を立てる。
「自分が、こやつらを操っとるのは跳屍送尸術だといったんじゃろがい」
「えぇ。まぁそうですね」
「ま、それを鵜呑みにするのもどうかとは思ったがの。じゃが、さっきコヤツらにかけられた術の解読しとるときに、跳屍送尸術が浮かんだのも事実。試すだけの価値はあるかと踏んだだけじゃ」
「なるほど……度胸がいい。流石は、長年僵尸隊を率いてこられただけはありますね」
「銭にもならんような世辞を吐くくらいなら、とっととコヤツら連れ帰ってくれんもんかのぅ」
「
「さてのぅ。対僵尸用の結界が作用したっちゅーことは、
「だよね……あんなにフーフー元気に息してるし、ちゃんと生きてるのに……」
「散々ぶん殴られて蹴り飛ばされて、挙げ句半身埋まって息があがっとる状況を『ちゃんと生きてる』って断言できる判断力がすげェな」
「……僵尸にする前はみんな生前!!」
「僵尸になる、じゃなくて、するって辺りが怖ェわボケ」
「あたっ」
ぺしん、と後頭部を叩かれ、傍らの少年を横目に睨む。けれど、彼の
唇を凶暴な角度に持ち上げてはいるが、その黒い瞳は奥に好戦的な光を宿している。
「まぁ、俺にゃどういう理屈かはさっぱりわからねェが……ともあれこれで、てめェの頼みの綱である
巨大な力に煽られた男の長い髪が、バサッ、と乱れ、その一束が闇の中へと散っていく。けれど、男の口許から三日月が消えることはなく、むしろたったいまの攻撃にしても避けられなかった、というよりは、避けなかったといった方が恐らく正しい。
それほどの、余裕がまだ彼の周囲に満ちていた。
「久方ぶりに会う
「はっ、よくいうぜ。
「ふむ。まぁそれもそうか……」
「しかし私はどうやら教育を間違ったらしい」
「……あァ?」
「あぁ、口の悪さや喧嘩っ早さをいってるんじゃないさ。……ただ、まがりなりにも何年も道士の許で暮らしていたのだから、
「なにが、いいてェんだ……」
「なに、こういうことさ」
男はそういうと、先ほど指先で触れ弾いた墨頭線をむんず、となんの躊躇いもなく両手で掴んだ。当然、先ほど同様、
けれど――。
「……っ!!」
確かに、いかに
いままでの話から察するに、実際に率いていた僵尸はいなかったにせよ、彼が僵尸隊道士としての能力を持っていることは疑いようがない。
「さて……頼みの綱が、なんといったかな」
指の間に絡む千切れた墨頭線を風に遊ばせながら、
同時に、先ほど結界に阻まれ、穴から脱出出来なかった
穴の縁にかけられた太い指には、先ほどの火花で傷ついたようで赤い爛れが確認できる。もっともそれ以前に、
見た目には痛々しい火傷に思えるが、先ほど同様彼らの表情にそれを気にする様子は見受けられない。けれど、意識がどうであれ物理的に損傷している指先に力が入らないのか、
「んー」
「んだ、でこっぱち」
「うっさい悪人ヅラ。いや……、いま考えるような話じゃないかもなんだけど……」
「あァ? んだよ、また食いモンの話か?」
「んなわけあっか!! そうじゃなくって!! アイツら跳屍送尸術で操作されてて、僵尸用の結界も効いて
「…………」
いままで基本的にぽんぽんといい返してきていた
「な、なに……?」
「……んっとにいま考えるような話じゃねェな」
「うっさい! ちょっと思っちゃっただけでしょ!」
「んなもん
「でかい口を叩くのは相変わらずだね。
でも――。
白皙の男は、形のいい唇に深い弧を食ませた。
「それには、まだ一歩及ばないんじゃないかな」
春風の声音が冷たい風に乗った、その瞬間、穴から飛び出しすように出てきた
(でも)
その標的が自分たちでないことは、もうすでに知っている。
案の定、彼らの足が向かう先は、
だから。
「行かせるわけ、ないでしょおッ!!」
ダンッ! と
「ちょ……ッ!」
ちょっと間違えれば自身の首が飛んでもおかしくないほどのそれは、そのまま盗賊たちの足下の石畳を斬るように割る。ギィン、と鋭い音が冷たい空気に木霊した。
「【
多少の
「ユ、
「
「
「あっほぅ! 道士が術をかけなおしたんじゃ。さっきまでと同じと思うな!」
「わかってる!!」
(もう一回、大穴作る……? でも、いまのアイツらじゃすぐに穴上ってきちゃうし……っ)
最初話に聞いた際は、腕は立つが方向音痴過ぎて道士としての才覚が皆無である
――
――ただ、私が
蘇るのは、つい先ほど春風の声音が発した、言の葉。
彼は。
(
確かに、そういった。
すぐ傍で荒事が繰り広げられているとは到底思えないほどの優雅な足取りで、一歩、また一歩と
ズ、ダ……ンッ!!
壁の内側――倒座房から、いままさにそこへ足を踏み入れようとしていた
(そうだった……)
「ほんっと、頼りになるよね……
少女は自身が物心ついた頃にはすでに傍にいた
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