< 弐 >
話には、聞いていた。
深い事情は知らないが、どんな理由があるにせよ、道士――世の中の
(きっと血も涙もないような、人間だって)
話を聞き、そう思い込んでいたからだろうか。
それとも自分よりもふたつも年嵩である少年を幼いころから育てたとなれば、相応の年の人間なのだろう、と。
(勝手に先入観を持っていたってのは、多分にあるんだけど……)
けれど。
にっこりと優しげな笑みを唇に刷くその男は、どう多く見積もっても三十路ほどにしか見えないほど若く――何より、見目麗しかった。
「おや。誰かと思えば……
「はっ、よくいうぜ。とっくに気配で気づいてたはずだろ。てめェならな。
「……相変わらず口が悪いね。まがりなりにも、お前を育ててきた
先ほど声をかけられたとき同様に、一足早い春の風を思わせる穏やかな口調の――
こうして傍で会話を聞いている限り、一体どちらが「悪い人」なのかと疑いたくなるほどには、彼らの外見印象――だけでなく、恐らく対人的な対応も含め――は、真逆である。
「あの人、ほんとにアンタの
「あァ? 嘘吐く意味がねーだろボケ」
思わず心が落とした呟きに音を乗せると、機嫌が悪そうな視線が頭上から落ちてきた。
「や、アンタの
「てめェここ片付いたら覚えとけよ、でこっぱち。あとで絶対ェ一回泣かしたる」
「出来るもんならやってみなさいっての」
(むしろ、とっととそんな口喧嘩出来るくらいのんきな空気になってほしいくらいだっての)
長い付き合いではない、どころか、出会ったばかりという関係性ではあるものの、
(まぁなんにしても、アレが、多分本当のことなんだってのは……わかってる)
こうして距離を隔てて相対していても、
(この人は)
間違いなく、
かつて、一度だけ見かけたことのある野生下で
「で、なんでてめェが、こんなとこにいやがんだ」
「それはこっちの台詞だよ、
「……出先?」
そこは、先ほど
(……
まぁ確かに、この
「
笑みを含ませた唇が紡ぐ言の葉に、
「……えっ」
確かに
「なんで、」
「……あっ、もしかして昨日の……!!」
そう訊ねようとした少女の声は、後方で上がったそれによって音をなくした。
は、っと肩越しに振り返れば、そこには思った通りやや前のめりになった
「えっ!!
「あ、いや……知り合いってわけじゃないけど。昨日、
ちらりと窺うような
「そうですね。昨晩、お会いしましたね」
「なんかされたんか?」
「えっ!? ……い、いや。特に、なにも……」
「長く育ててやったというのに、私はよっぽど信用がないのかな」
「本気でんなもんがあると思っとるなら、てめェのそのニヤついた
「参ったね。私はただ、
「……はっ、相変わらず息吐くように嘘つきやがんな。てめェは」
黒髪の少年の唇が、凶悪な角度に吊り上がる。
「嘘じゃないさ。そこの少年に訊いてみるといい」
「訊いたのは本当かもしれねェ。けどな、それだけじゃねぇだろ?」
「……へぇ? なにをしたっていうんだい?」
「ばっくれようったって無駄だぜ。
はっ、と弾かれたように
(確かに……)
盗賊たちの凶器は、常に
目の前には明らかに遺恨の相手である
常に、彼らは遠くで祖母に保護されている
呪術によって操られた盗賊たちの攻撃対象として、
(でも)
何故、
胸の内側で徐々に大きくなっていく心臓の音を鎮めるように、
「全く……名は体を表すとはよくいったものだよ。随分鼻がきくじゃないか、
「
「なるほどね……。まぁいまさら隠す意味もないし、
あっさりと肯定した
彼の瞳の奥に滲む冷たく尖った感情に、それを嗅ぎ取っていた自身の勘が正しかったことに、
「……なん、で……、
因縁がある自分たちならばともかくとして、何故なんの咎もないはずの
少女が眉を顰めたまま、誰に問うわけでもなくぽつり呟けば、その音を拾った美貌の男が三日月の角度を深くした。
「それは、さっきもいった通り……
「……それと、彼に、なんの関係が……?」
「直接的には、なにも? ただ、私が
なるほど。荒くれ者の盗賊相手に平気でやりあっていたことを知る
(だから)
昨夜、
「……なんで、そこまでして、
「いいえ。別に、彼だけではありません。
「
宮殿内の事故による犠牲者で、たまたま都・陽安の近隣出身だったために帰郷がてら
「全く……あのとき騒ぎにさえならなければ、わざわざここまで出向くような面倒な話にもなっていなかったんですけどね」
はぁ、とため息を吐きながら独り言のように愚痴を口にする
(
(生まれ故郷も年齢も、職種さえも……バラバラの三人だけど……、共通点は、あの時、宮殿で亡くなったこと)
一介の僵尸隊道士である自身が触れてはいけないことだと、特に詮索もしなかったあの事故だが、もしかしたら想像もしていないようなきな臭いなにかが隠されているのではないだろうか。
「たくさんの、僵尸を集めているってこと……?」
「……おや。お喋りが過ぎましたかね」
刹那――、ゾク、と悪寒が背筋に走り、周囲の温度が氷点下まで落ち込んだ錯覚に襲われた。
手に刃物を握った荒くれ者である盗賊たちからのそれよりも、純度の高い――まるで、冬の夜空のような殺気だった。
ビュオ、と風が石畳の上を走り、男の背を流れていた癖のない髪をふわりと乱す。月明りの下で、男の美貌が一層鋭利に尖っていった。
「さて……、そろそろ回収させて頂きましょうか」
「はっ、この状況でやれると思っとんのか」
「
ふわ、とまるで鳥が翼を広げたように、背で髪を遊ばせていた男の両手が軽く持ち上がる。優雅、という他はないほど、洗練されたその両の腕が、次の瞬間胸の前で組まれ、いくつかの印を指が結び始めた。
「【
道術の展開と共に、
すると、
先ほどまではピクリとも動けなかったはずのふたりの身体が、徐々に土の束縛から逃れ、穴の壁面へと指を突き立て昇り始める。その他の人間に効果がないということは、恐らく名によって支配をする呪術なのだろう。
(え、ってか……そういえば、さっき……)
――
そう、彼はいっていた。
けれど、こうして壁を登ろうとするふたりは確かにまだ生きている。
まだ「
(わからない)
わからない。
何故、
何故、
わからない。
わからないことで、手の中すべてが埋まりそうだ。
(でも)
バチィッッ!!
穴と石畳のその境界で、火花が走った。
その衝撃で、盗賊の兄弟ふたりの身体が一瞬のうちに再び深淵へと消えていく。
「……結界、ですか」
「グダグダとご高説宣っておったからのぅ」
男が現れて以降、対応を
ピィ……ィィン……
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