< 参 >
冷たい空気が支配する闇の中、ぞろぞろとその影を大きさを増やすならず者の集団は、先日、森で出会った時よりもその頭数が多い。恐らく彼らの根城とやらに、留守居役の者でもいたのだろう。
気が立っているのか、やけに呼吸が荒く感じる。
まるで、野生の獣のようだ。
「なんじゃい。盗賊、か?」
祖父は、近づいてくる集団をまっすぐ視界に捉えると、眉間に皺を寄せながら、ピンと眉尻を持ち上げ訊ねてくる。
「ほら。アイツ、森で拾ったときに変な連中に絡まれたっていったでしょ」
「ほーん。なんじゃ、そんで
「まぁ……あの様子見る限り、そんなとこなんじゃないの」
彼らの手には、先日も見かけた得物がそれぞれ握られている。その数も先日より増えていることからも、少なくとも迷惑をかけた詫びをしにきたわけでないことだけは確実だった。
チャリ、チャリ、と冷たい夜風に胸元の
(
(どっかの
どう好意的に考えても、このならず者御一行様に穏便にお帰り願うことは期待出来ないだろうし、そうなればあの森の一件と同じく、確実にここで一暴れあることは火を見るよりも明らかだ。村人が巻き込まれる可能性はほぼないにしろ、いつ僵尸の
「
少女の術の効果範囲は、あくまでもいま現在自分の意識が拾える空間まで。いま現在でいうのならば、自身を中心に
僵尸隊の道士として国中を歩き回っており、決して
ザ、ザ、という地を跳ねる音が徐々に遠ざかり、恐らく彼らは祖父の指示通りに正房に入ったのだろう。少女は、周囲へと散らせていた意識をス、と手元へと戻すと、睫毛の先を再びならず者たちへとまっすぐ向けた。
彼らと一番距離を近くするのは、
(まぁ
近隣の子供の中には、まぁ結構な
(場合によっては、もう
こちらも手荒い
「
少女が前方で視線をきょろきょろと彷徨わせている幼馴染の名を紡ごうとした、その刹那――。
奇声、としか認識できない声を上げて、ならず者の中から飛び出してきた影が、その手に持った大斧を
その直後、ガッ、という音と共に、少年の目の前に大斧の刃が落とされた。
「……ッ!」
悲鳴を飲み込んだ
「!?」
けれど――。
温度のない表情のままに、手から得物を離した男が
勢いのままに振り抜けば、決して小さいわけではない男の身体が吹き飛び、
「
「ユ、
上擦った声ではあるものの、男の斧に傷ついた様子もないようだ。立ち上がろうとする
森で出会ったときも、お世辞にも品がよいとはいえない輩ではあったが、まだ会話が成立していたはずだ。少なくとも彼らが激高したのは自業自得とはいえ
(そう、思っていたんだけど……)
先ほどの
「大事ないか?」
気づけば傍らに来ていたらしい祖父から声をかけられ、
「
「違う……? どう違うんじゃ」
「あんな風に、話も聞かずに問答無用って感じの悪人じゃなかったっていうか……」
「ふぅむ。大凡、盗賊に対する感想とは思えんの」
「そうだけど! そうなんだけど!! でも、なんかもっと……頭悪そうだった!」
――んだと、このクソ
そう。例えば、この会話が聞えようものならば、あの森のときのように勝手にこちらの会話に入り込んで勘違いを重ね、口論になるような――そんなある種残念な悪党だったはずだ。
それが、いま月明りの下で刃物を持つ彼らの表情はみんな、温度がない。その瞳がなにを見つめているのかさえもわからないほどに、感情が見えない。
「ほむ……。確かに、常人とはいえんかものぅ」
ならず者たちへと視線を一通り送った
彼の視線の先へと少女も瞳を這わせてみれば、先ほど
「……嘘。確実に、顎、蹴り飛ばしてやったのに……」
自分よりも体格差のある人間を攻撃する際は、常に顎や眉間、こめかみや鳩尾など、急所を狙うように
まさに先日の森でのやり取りがその際たるものであり、あの時は確実に大男ひとりの意識を奪えたというのに、今日は全く効いていないようだった。
「まぁ、操られてそうじゃからの」
「操られ……って、まさか、死……」
「んでないわぃ、アホ娘が。死体がフーフーいうかい」
「あぁ……確かに、息してるね」
「なんでも殺すこと前提に話をするなっちゅーに。まったく、どこで育て方間違えたかのぅ……」
人体を操る術といえば、所謂僵尸を動かすための「
さらにそれを使おうにも、操られている側の意識がない状態であったり、死者ではないものの「
「こう見た感じじゃと、『魂』を抜かれとる感じではないのぅ……あの
「でもなんで?? アイツら森で痛い目みた報復に来たんじゃないの?」
「まぁそりゃあっちの都合だからの。儂ぁ知らんわ」
「まぁなんにせよ、盗賊は盗賊。仕置きが必要じゃ」
「だね」
同時飛び出したはずの祖父の小さな身体が、少女のそれよりも速く宙を走る。一瞬で流れる景色の中、未だ驚きの隠せない幼馴染の少年が映り、
少女の意図に気づいた少年は、前方へと意識を向けながら
けれど――。
「……えっ!?」
ならず者の集団の内、既に五人ほど祖父に殴り倒されていたが、それ以外の面々が後退しようとする
「
広い通りで
「リ……、
男たちが、先ほどの輩同様に手に持つそれぞれの得物を振りかぶる。
「や、やめて――――ッッ!!」
少女が叫びながら、ならず者たちの背へと飛びかかろうとしたその、直後――。
――ザァアアァァア……ッッ!!
突如、巨大な風が周囲を襲った。
「……ッ」
もはや衝撃といっても差支えのない大きな風の力に、
(知ってる)
この風を。
この、巨大な力を。
(知ってる)
だから。
出会った時に着ていた黒の道袍ではなく、恐らく祖父か
「あ? なんじゃこりゃ。おい、でこっぱち。なにやってんだお前」
状況がよく掴めていないらしい彼の低い声が、石畳の路へと落とされた。
「アンタ、
「あァ!? なんか騒いどると思って出てみたら……いきなりてめェにんなこといわれる筋合いねーぞ!!」
「あーもう! 説明は後! いいから手伝って!!」
「手伝う?」
確実に、彼の
ふ、と祖父へと視線を流せば、彼の周りもまた一度伸されたはずの面々が立ち上がり再び襲い掛かっているようだ。
「んじゃま、とりあえずこのうぜェやつら黙らせっか」
タン、と瓦屋根を蹴って飛び降りた少年――
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