第18話 焼けた翼
アポロン・アテナ姉弟が作った光の舞台。形状は下にある闘技場そのままである。
ただ唯一違う点と言えば、光の粒子で形成されているため、舞台全体が淡く光っているのだ。
観客が光の舞台に移動し終えたところで、試合は再開された。
リュカオンが割り込んできたため、アプロディテとフェアトの試合の決着がついていないのである。
審判の合図と共に、美の女神と
「聖龍昇旋脚ーっ!」
フェアトの蹴りにより竜巻が生まれる。ごうごうと音を立て、アプロディテ目掛けて襲い掛かった。
しかし、アプロディテには僅かに口角を吊り上げる他に変化が無い。竜巻を前に一歩も動かなかった。先程のように受け止めるつもりなのか。
ところが予想に反し、アプロディテは両手を前に突き出した。白い手のひらからまばゆい光が放たれる。それは彼女の前で光の壁に姿を変えた。
光の壁に、竜巻が激突する。光の壁の輝きが増すのと同時に、竜巻の威力が小さくなっていく。まるで壁が竜巻の力を吸い取っているかのようだ。フェアトは悔しげに歯ぎしりした。
「セイクリッド・ポース!」
光の雨が降り注ぐ。フェアトは再び空を飛び、避けようとした。しかしそれは先程よりもよろついた、不安定な飛びだった。
「うわあああっ!」
光の雨を浴び、絶叫するフェアト。二対の純白の翼は光のもつ熱で真っ黒に焼けた。倒れそうになるが、両足を踏ん張って何とか持ちこたえる。
歯を食いしばる力天使を瞳に映した美の女神は、僅かに目元を緩ませた。
「何度も同じ技を繰り出すのは短慮というもの。相手に見切られているのがわからぬか」
アプロディテは両手を組み、祈るように目を閉じた。彼女の周囲に霧が漂い始める。霧は次第に子どもの手のひら程の大きさの水の球体になった。アプロディテのもう一つの技であるアクア・バレットだ。その名の通り、水の球体を相手に向けて弾丸のように放つ。凄まじい速さで飛んでくる球体……いや、水の弾丸に当たれば、身体に穴が開く、と民たちは噂していた。
神の使う技などそうそう見れるものでは無いため、それ目当てで武術大会を訪れる者も多数いる。
「どうした、自慢の聖龍昇旋脚はもう使わぬのか。もたもたしていると腹に風穴が開くぞ」
アプロディテは水の弾丸をもてあそびながら、フェアトを挑発するような口ぶりで言った。
神とは絶対的な存在。
大抵武術大会に出場する神はそのことを考えて、天使と戦うときも手加減をするものだ。
アプロディテも神である。その美しい容姿とは裏腹に、力は非常に強力だ。
しかし彼女は、これが数百年生きてきて初めて出場する武術大会だった。故に、冷静で口数の少ない彼女にしては珍しく張り切っていたのだ。
過去に大会に出場した神々が技を使わなかったり威力を調節していたりしていたのを見てきたが、いざ自分が戦う側になると歯止めが効かない。
既にフェアトの翼は四枚とも全て焼けて、使い物にならない。それは天使にとって致命的な大怪我であった。
天使の翼は身体を宙に浮かせるのと同時に、翼によって滑空時のバランスを保つ役目も担う。それが少しでも崩されれば、空を自由に飛ぶことは難しい。
フェアトは翼の怪我が治るまで、空を飛ぶことが不可能になったのだ。
天使の命ともいえる翼が使い物にならなくなった力天使にアクア・バレットを放とうとする美の女神を見て、アテナは神々の席から身を乗り出して声を上げた。
「アプロディテ、もうやめなさい!ここは戦場ではないのですよ!貴方は私のフェアトを殺すつもりですか」
その言葉で我に返ったのか、アプロディテはさっと球体を消し去った。その瞳は、普段通りの冷静さ漂う青色だった。
「すまない。歯止めが効かなかった」
アプロディテはフェアトに頭を下げた。フェアトは傷だらけの顔を、困惑の表情に変えた。慌てて首と手を振り、全身で否定の意を示す。
「そっ、そんな!僕もいい経験になりました。ありがとうございました」
アプロディテに笑顔を向けるフェアトの身体を、淡い光が包む。それは、転移術によるものだった。
「怪我の治療が先です。寝室で静かに眠りなさい」
光を放った知恵の神は、静かに微笑んだ。
アプロディテとフェアトの試合はアプロディテの勝利に終わった。しかし彼女を引き続き試合に出すと死者が出る可能性もある。アプロディテは己の行動を反省し、自ら玉座に身を引いた。
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