第15話 力天使降臨

 第一回戦は、オリオンの圧勝に終わった。

 次に出場する試合に備え、オリオンは闘技場の観客席で身体を休めている。

 知恵の神は、後ろに控える側近を見て微笑んだ。側近――力天使デュナミスフェアトは、主に「お任せください!」と自信満々に告げ、神々の席から二対の翼を広げ、飛び立った。

 そう、彼も武術大会に参加していたのだ。

 この武術大会、民や神官たちだけではなく、天使エンジェルたちも多く参加するのだ。時には神も参加したり、途中で乱入してきたりする。

 既にフェアトの対戦相手である、鍛冶の神ヘパイストスの配下の神官・マルトは闘技場に立って歓声を浴びていた。

 ギリシャ一屈強な男と称されるマルトは、その丸太のような太い腕を振り上げ、雄叫びを上げた。

 彼の目の前に降り立つと、フェアトは主に向かって手を振った。

「アテナ様ー!頑張りまーす!」

 力天使様だ、フェアト様だ、民が口々に言う。そして、マルトのときと同じように歓声が上がった。天使の登場に、民たちは大盛り上がりである。

「フェアト様、今回ばかりは勝たせてもらいますよ」

 マルトは少し挑発するようにフェアトに言った。フェアトの方も負けないよと笑い、身構えた。


 マルトは、岩をも一撃で破壊する威力を秘めた拳を繰り出した。力だけでなくスピードもあるそれは、風切り音を立ててフェアトの腹目掛けて飛んで行く。マルトの拳を受けたら、いくら天使とて無事では済むまい。民の誰もがフェアトが吹っ飛ばされる様子を想像した。

 しかし民たちの予想に反して、フェアトは軽やかに上へ飛び上がって拳を避けた。標的を失った拳は、その勢いを緩めることなく地面に激突する。そして、石造りの地面に深々とめり込んだ。

 血の滲んだ拳を地面から引き抜いたマルトは、すぐさま第二撃の体勢を整えた。

 フェアトは、再度拳を繰り出そうとするマルトに向かって真っ直ぐに降下し、脚を振り上げた。

「これでっ、どうだ!」

 マルトの肩に狙いを定め振り下ろされたフェアトの脚は、筋肉のつまった腕で防がれた。華奢な外見とはいえ、流石は厳しい修行を耐え抜いた天使。蹴りの威力は凄まじく、蹴りを受けた部分は、たちまち赤紫に変色し、腫れ上がった。マルトは一瞬怯んだが、即座に反撃を開始した。

 マルトの拳が唸れば、フェアトの蹴りが炸裂する。その繰り返しで、勝負は一向に決着がつかなかった。

 が、しかし。

 拳を受け流そうとしたフェアトは足をもつらせ、態勢が少し崩れた。

「あっ、しまった……!」

 その隙を逃さず、マルトの拳はフェアトに迫る。今度こそ、フェアトはその拳をまともに受けてしまうだろう。観客の中には、顔を覆って悲鳴を上げる者もいた。

 そのとき、風が吹き荒れた。それは、闘技場の中心のマルトとフェアトの姿をすっぽりと覆い隠し、渦を巻いた。

 風が止み、再び二人の姿が露わになった。観客たちは我が目を疑った。

「うっ……」

 優勢だった筈のマルトが、呻き声を発し地面に蹲っていた。

 それに対しフェアトは、二本の足でしっかりと立っている。この瞬間、勝敗は決したらしい。

 審判が、旗をフェアトの方へ振った。


 フェアトは歓声に包まれながら、玉座からこちらを見下ろしている主に手を振った。主である知恵の神アテナは、静かに微笑んだ。

 アテナの微笑みに満足すると、フェアトはマルトに手を差し伸べた。

「ありがとう。とってもいい勝負だった」

「こちらこそ……。やっぱりフェアト様、お強いですね」

 マルトも、苦痛に歪んでいた顔が嘘のように、笑って手を取った。

 マルトが立ち上がると、わあっと大きな歓声と、拍手が沸き起こった。

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