第10話 芋食い女神
マケー神殿を夢の主従が訪れた翌朝、テンシェイは普段通りに仕事を開始した。
湖に水を汲みに行き、主が目覚めれば日課となっている始末書三枚の作成の監視。それらを終えるとすぐさま修行の場へと飛び出して行く主を追う。夕暮れまで修行した後、天空の鏡を通して天空神ウラノスに一日の報告をする。今日の主には机に向かう系統の仕事や儀式が無いので、そのまま夕食の準備に取り掛かった。
夕食は他の神官と協力して作る。
調達担当の神官が昼間に市場で買ってきた野菜を、献立担当の神官の指示に従って調理していく。アレスは他の神々よりも体力の消耗が激しいので、食事量もその分多くなってくる。そのため、栄養に偏りが無く量の多い食事を作らねばならない。
スープに入れる野菜を切っていると、隣で同じ作業をしている神官に心配そうに言われた。
「
「僕は平気です。ヘルメス様のおかげで疲れもとれましたから」
煮込み担当の神官が、野菜を入れるよう声が掛かった。
テンシェイと神官は、野菜の入った器を鍋のもとへと運んだ。
「きゃああああっ!」
厨房中に、絹を裂いたような悲鳴が響き渡った。
テンシェイは神官に野菜を預けると、悲鳴が聞こえた先へ向かった。
切り揃えられた赤い髪は、左右で二つに結い上げられている。無邪気な輝きを放つ瞳がテンシェイを見上げていた。
慌てふためく神官たちに囲まれ、芋を頬張る幼い少女をテンシェイは知っていた。
「ヘ、ヘスティア様……またですか」
そう、この少女は主と同じオリュンポス十二神の一人、炉の女神ヘスティアである。彼女は炎を自由自在に操り、三百年あまりの年月を生きていながら精神は外見と同じく幼いままだ。だからこうして、勝手に自分の神殿を抜け出してはつまみ食いやいたずらをすることが過去に何度もあった。このマケー神殿に忍び込んで来たのも一度や二度ではない。
「ペペが心配してますよ。それを食べたら帰りましょうね」
テンシェイがため息を吐く一方で、ヘスティアは無邪気に笑う。
「見つかっちゃったかあ……えへへ」
フォティア神殿。その最深部にある祭壇は、常に周囲に火柱が立っていた。そこで、ペペは頭を頬を膨らませていた。丸く膨らんだ両頬が、炎に照らされ赤く染まる。
彼がこのような表情になった原因は言わずもがな、主のことである。
十二神の一人であるくせに、外見だけでなく、精神年齢も神として覚醒した幼い頃のままなのだ(数百年生きていて若い外見をもち、外見と精神年齢が同じということはほとんどの神々に言えることだが)。
夕食を終え、小さな儀式を行って就寝するのみとなった主は、自分が少し目を離した隙に消えてしまっていた。またどこかにいたずらでも仕掛けに行ったのだろう。
およそ三百年前、生まれて間もない頃に両親と引き離され、天使となるための教育を受けてきた。自分は一生、炉の女神ヘスティアに仕え続けるのだと言われた。ヘスティアを守ることが、自分の存在する意味だと思っている。物心ついた頃から言われ続けてきた自分の使命、全うせねば。
ペペは薄い布を羽織ると、主を連れ戻すべく神殿の外へ駆け出した。
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