第7話 寝台攻防戦
頭が重い。ずきりと痛む。何故か身体が揺れる。
意識が浮上したのは、主に自分が身体を揺すぶられているからだとほどなくしてわかった。
側近が目を開けたのを確認したアレスは、目を輝かせた。
「よかった、目が覚めたんだな!」
まだ覚醒しきらない状態で頭が痛む中、追い打ちをかけるように至近距離で大声を出され、ゆるゆると上半身を起こしながらもテンシェイは眉を寄せた。
「……あまり大声を出さないでください……」
側近の弱々しい言葉にも耳を貸さず、アレスは「寝ていなければ駄目だ!」と勢い良く寝台に側近の身体を倒した。そのときに頭に衝撃が走ったため、テンシェイは小さく呻いた。
「やはり苦しいか?」
アレスは心配そうな顔をして頭痛に苦しむ側近の頭を撫でた。そこまで心配するのなら、乱暴に扱わないでください……とはあまりの痛さに言えなかった。
しばらく経つとアレスも落ち着き、テンシェイはようやく安らいだ。ゆっくり周囲を見渡すと、いま自分が横たえられているのが主の寝室だとわかった。側近の自分が、主の寝台をいつまでも占領しているわけにはいかない。それに仕事がまだ残っているのだ。
「僕、仕事に戻りますね。アレス様は修行の続きを……」
側近の申し出に、主は首を縦には振らなかった。寝台の上のテンシェイに優しい眼差しを向けた。
「駄目だ。いつも苦労を掛けている詫びに、今日一日ここで休んでいるといい」
一応、苦労を掛けているという自覚はあるのか。テンシェイは妙にほっとした。
しかし本当に仕事が山積みなのである。正直自分の身体を労わる暇などない。
テンシェイはアレスの言葉に首を横に振り、また起き上がろうとした。それをアレスが押し戻す。
側近が上半身を起こし、主がその肩を押し戻し……というのを何度も繰り返した。テンシェイの方は主の馬鹿力で寝台に何でも押し付けられ、頭の痛みで苛立ちを覚え始めた。
「大人しくしていろと言っているのがわからないのか!」
「僕にはたくさん仕事があるんです!」
「俺が心配しているのが何故わからんのだ!」
ついにテンシェイは声を荒げ、主を突き飛ばそうとした。しかしその腕も難なく掴まれる。
手足を、翼をばたつかせ寝台の上で暴れ回る側近と、それを押さえようとする主。まるで子供の取っ組み合いのようであった。多分、この光景を幼い頃の自分が見たら落胆するだろう、とテンシェイは他人事のように思った。
ただ、テンシェイは頭の痛みが回復したわけではない。むしろ、アレスから逃れようとしたことでさらに頭痛が増した気がする。
ついにテンシェイは負けを認め、大人しく寝台に横になった。
その様子を見たアレスはほっと一息吐き、とある人物を呼ぶために退室した。
オニロ神殿とは、夢の神ヘルメスが住む場所である。彼は夢の神というだけあって、竪琴さえあれば相手を眠りに落とすことができ、眠っているときに見る夢も意のままに操ることができる。ある程度ならば思考や感情のコントロールも可能であり、ある意味危険な存在だ。
アレスはその前に立つと、大声で主の名を呼んだ。
薄い紗で覆われた寝台から、優美な竪琴の音が流れる。それはまるで眠りにいざなうかのような、優しい音色。天窓から差し込んでくる光だけが室内を照らしていた。
寝台の傍らには、長い黒髪をもった女の
僅かな太陽の光を受け、紗が柔らかい光沢を放った。幻想的な光景である。
「ヘルメス!」
静かな空気を容赦なく破壊するその声に、寝台の竪琴はぴたりと歌うのをやめた。
「親方、お客さんですかね」
そう言いながら、大天使は寝台の方を振り返った。すると、紗をどけて一人の青年が姿を現した。整った顔を彩るような桃色の瞳は、ぼんやりとしたもやのような不思議な輝きを放っている。竪琴を持った彼は、軽くため息を吐いた。
「私の演奏を邪魔するなんて…………竪琴を一つ壊しただけじゃ物足りなかったのですね」
エルノン、と呼べば、大天使が立ち上がり彼の後について行く。
無人となった部屋を、太陽は変わらずに照らしていた。
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