第45話 助っ人

 目が覚めたのは、階下から聞こえた大声のせいだった。


「どういうことですか!?」


 リシェルは跳ね起きた。ローブを着たままだ。どうやら宿に帰ってきて、ベッドに倒れこみ、そのまま眠ってしまっていたらしい。

階下から響く声は、ザックスのものだった。


「ロビンを除名したってどういうことなんですか!?」


 ロビン、の名前にびくっと身体が竦んだ。昨夜の、肌を這う男の手の感触を思い出し、恐怖が蘇る。


「答えて下さい! エリックさん!」


 声の調子がどんどん攻撃的になっている。リシェルは慌てて部屋を出て、階下へ降りて行った。

階段の途中で、一階の広間にいるエリックと、彼に詰め寄るザックスの姿が見えた。他の団員達が二人を取り囲んで、様子を見守っている。見るからに険悪な雰囲気だ。


「ちゃんと説明してくださいよ!」


「説明する必要はない。昼前には出発だ。さっさと準備しろ」


 ザックスの追及を、エリックは突っぱねた。


「そんな! 何の説明もなく、いきなり仲間がいなくなって、はいそーですかって納得できるか!」


 掴みかからんばかりの勢いのザックスにも、エリックは押し黙ったまま。どうやら、彼は昨日ロビンを除名した理由を説明しないつもりのようだ。


(私のために……?)


 理由を説明すればリシェルの魔道士としての実力が周囲に知られてしまう。だから、何も言わないのだ。


「あの、私……!」


 見かねて、階段の上から声を上げかけたリシェルを、エリックが鋭く睨む。“お前は黙っていろ”という無言の圧力に、リシェルは口をつぐんだ。


「まあまあ。ロビンは一身上の都合で里に帰ったって聞いたよ。何か事情があるんでしょ?」


 一触即発の危うい空気の中、割って入ったクライルの声は場違いに能天気だ。


「でも俺たちに一言もなしに、いきなりいなくなるなんて……」


「仲間だからって、何でも言えるわけじゃないでしょ? ロビンだっていろいろあるんだよ。またひょこっと戻ってくるかもしれないし。ね?」


 クライルにぽんっと肩を叩かれ、ザックスはまだ納得できない様子だったが、渋々引き下がった。


「……大将がそう言うなら」


 緊張で張り詰めていた空気がようやく弛緩する。


「よ~し! みんな出発準備しよ~! いよいよ盗賊討伐だよ~」


 クライルのどこか気の抜けた号令で、一階の広間に集まっていた団員たちは、ぞろぞろと引き上げていく。

 ザックスは険のある表情でエリックを睨んでいたが、ダートンに促され、その場を後にした。

 リシェルは階段を駆け降り、エリックの側に走り寄った。


「エリックさん! ごめんなさい。私のせいで……!」


「……別にお前のせいじゃない」


「そうそう、リシェルちゃん、うちの団員がひどいことしたみたいで、ごめんね~」


 クライルが、エリックの横から、申し訳なさそうな顔で謝ってくる。クライルはリシェルが魔法が使えないと気づいているし、さすがに団長である彼には、エリックもすべて報告したのだろう。


「まさか、ロビンがねぇ……大人しい、気のいい奴だったから、復讐なんて考えてるとは思いもしなかったなぁ。そこまでシグルトを憎んでたなんて」


 シグルトの名が出て、リシェルは身を固くした。


「しかし、リシェルちゃんもあっちこっちで狙われて大変だぁ。この分じゃ、他にも君を狙ってる奴いるかもよ? 気を付けないと」


 クライルは言いながら、わざとらしくエリックへ視線を送る。エリックはそれに気づいて、一瞬不快そうに眉を寄せたが、すぐにリシェルに向き直って言った。


「とにかく、お前はもう絶対に一人になるな。常に、俺かパリス、ザックスかダートンと行動しろ。それ以外の人間は、団員でも信用するな。いいな?」


「あれれ? なんでそこに僕が入ってないわけ?」


「あなたも信用できませんから」


 部下に冷たい声ではっきりと言われ、クライルはふくれっ面になる。


「僕団長なんだけどぉ?」


「団長なら団長らしくしてください」


「さっき団長らしく、ザックスを説得してあげたじゃん。僕いなかったらまだ揉めてたよ~」


「……」


 エリックが黙ると、クライルは満足げだ。

 エリックは確かに有能だが、口数が少なく、不愛想なせいで誤解されがちだ。団員の中にも彼に反発を感じている者は少なからずいるようだった。その辺りを、人望のあるクライルがうまく収めているのだろう。互いに足りないものを補い合う、案外いい主従関係なのではないかと、リシェルは思った。

 クライルは、ふと思い付いたように上階を見やる。


「それはそうと、パリス、まだ起きてこないねぇ」


 パリスはおそらくまだ寝ているのだろう。彼は襲撃を警戒して、四六時中この宿全体に結界を張り続けている。常に魔力を消費し、かなり疲れているはずだ。

 クライルはパリスが来ないことを確認すると、声をひそめてリシェルに言った。


「リシェルちゃん、本当に勝手なお願いで悪いんだけど、シグルトにはこの件内緒にしといてくれる? パリスにも。うちの団員がリシェルちゃんを襲ったなんてシグルトに知られたら、騎士団の連中全員、連帯責任で皆殺しにされそうだからさぁ。もちろん僕も」


「わかりました……」


 大げさに怯えた顔を作って言うクライルに、リシェルは頷く。もともと今回の件を師に言うつもりはなかった。自分のせいでリシェルが襲われたと知ったら、きっとシグルトは自分を責めるだろう。

 だが―――


(皆殺し……)


 不穏な単語に胸がざわめく。

 普段の穏やかなシグルトと、到底結びつかない剣呑な言葉。

 だが、クライルがどこまで本気で言っているのかわからないが、少なくともシグルトはそういうことをしかねない人間だと、彼は思っている。そして、ロビンやエリックも――

 それは、シグルトが過去にやってきたことを知っているからなのか。

 例えば、ロビンの故郷やカロンを焼き払い、そこに住む人々を――


(私の家族を――)


「大丈夫か?」


 エリックに声をかけられて、はっとする。


「あ、はい。ちょっとぼーっとしてて……」


答えるリシェルに、エリックはなぜか気まずそうにしている。


「……」


「エリックさん?」


 少し間をおいて、彼はぼそりと呟くように言った。


「その……昨日は悪かった」


 一瞬、何を謝られているのかわからなかった。

 部下がリシェルを襲ったことを、上官として謝っているのだろうか。


「いえ、ロビンさんのことは、別にエリックさんが悪いわけじゃ……」


「そうじゃない。その……あんなことがあったばかりなのに……お前を責めるようなことを言った。すまない」


 どうやら、彼はリシェルの軽率な行動と無知を責めたことを謝っているらしい。

 リシェルは首を振った。


「いえ……私が、悪いんですから……」


 散々気を付けろと言われていたのに、よく知りもしない人間にふらふらついていったことも。

 6年も一緒に暮らした人間が過去に何をしたか、まるでわかっていなかった……いや、わかろうとして来なかったことも。

 自分が悪い。

 エリックが腹を立てたのも当然だ。


「……お前は、何も悪くない……悪いのは……」


 言いかけたエリックの言葉は、しかし上から降ってきた声に遮られる。


「あれ? 殿下が先に起きてるなんて珍しいですね」


 上階からこちらを見下ろしているのは、パリスだった。その目は瞼が開ききっておらず、まだ眠たげだ。いつもは出発ぎりぎりまで寝ているクライルの姿を認めて、驚いたようだ。


「はは、パリス寝坊~。寝癖ついてるよ~」


 クライルはパリスをからかった後、リシェルに向かって、自身の人差し指を立てて唇に押し当て、微笑んだ。

 ロビンの件はパリスには内密に頼むよ、という念押しなのだろう。

 もちろんパリスに今回の件を言う気はない。知ればシグルトに報告するだろうし、なんだかんだ言いつつ、リシェルの安全のために苦慮してくれている彼に、これ以上心配をかけたくなかった。


「……昼前には出発だ。お前たちも準備しろ」


 エリックが、パリスとリシェルに促した。そのまま身を翻し、去ってしまう。

 リシェルは、黒髪の騎士の背中を見送りながら、先ほど彼が言いかけた言葉の続きを考えていた。


(悪いのは……誰……?)






「お前、どうした? 今朝から何か元気ないな」


「う、うん。ちょっと寝不足で」


 アンテスタ領主のいる街へ向かう道中――

 パリスと同じ馬に乗るリシェルは、背後から問われ、咄嗟に嘘をついた。

 昨夜のことが頭から離れず、気を抜くとすぐにぼんやり考え込んでしまう。

 それに、男ばかりのこの環境にもすっかり慣れていたのに、今は……怖い。他の団員にも、ロビンのようにシグルトに恨みを持ち、リシェルを害しようとする者がいるかもしれないのだ。

 昨夜のロビンの手の感触を思い出すと、恐怖で体が震える。

 今朝から自然と他人を――男性を避けていた。端からみれば、様子がおかしいと思われても仕方ない。


「今日はちゃんと寝ておけよ。いざという時体が動かないぞ。寝れないなら、睡眠の術をかけてやるから」


「うん……ありがとう」


 リシェルは少しだけ振り返って礼を言った。

 男でも、同じ馬に乗るパリスのことが平気だったのは、幸いだった。もうすっかり信頼しているせいか、あるいは彼が少女のような外見だからかもしれない。

 横を歩くダートンが、リシェルを気遣うように言う。


「無理ないよ。刺客騒ぎもあったし、もう明日明後日には、いよいよ盗賊討伐だし。俺だって緊張してきた」


 原因はもちろん違うのだが、リシェルはぎこちなく微笑んで返した。

 ダートンと並んで歩くザックスが呟く。


「……こんな任務直前に、何も言わずいなくなっちまうような奴じゃないんだ、ロビンは」


 ロビンの名が出て、リシェルの体が反射的に強張る。


「大人しいけど、真面目な奴で、こんな無責任なことするわけないのに」


「あいつにも何か事情があったんだって」


 やはり納得しきれていなかったザックスを、ダートンが宥める。


(大人しくて、真面目――――)


 クライルもロビンをそう評していた。ザックスもダートンも、ロビンのことを“いい奴”だと思っているのだろう。

 復讐のためにリシェルを襲ったなどと、思い付きもしない。きっと日頃は、気のいい真面目な青年だったのだ。

 その彼を復讐に走らせたのは、自分の師。

 シグルトは一体、どれだけのことをしたというのだろう。


(紫眼の悪魔――)


 師の二つ名。

 君には言えないような、残酷なこともたくさんしてきた――いつかの師の言葉を思い出す。

 エリックが言うように、シグルトは情け容赦なく、多くの人の命を奪ってきたのか。

 ……いや、そんなことはわかっていた。シグルトは先の戦争の英雄だ。戦争における英雄とは、敵の命を多く奪った者のことなのだから。

 頭ではわかっていても、その残酷な行為と、優しいシグルトを、どこかで別のものとして切り離して考えていた。

 だが、もし彼の奪った“多くの人の命”の中に、自分の家族がいたのだとしたら――


(私は先生を許せる――?)


 自分勝手だと思う。

 その可能性を考えもしなかったくせに、いざ目の前に突きつけられた途端、絶対的だと思っていた師への信頼が、揺らぎ始めている。

 どうか、たとえこの先何があっても、私のことを信じて下さい――

 出立前にシグルトが言った言葉。

 もしかしたら、師は自分の過去を、リシェルに知られるであろうことを予感していたのではないか。


(私は、先生を信じていいの――?)


「エリックさんは、多分ロビンの事情を分かってるはずなんだ。なのになんで、何も教えてくれねぇんだよ?」


 ザックスは不満げに漏らし、少し離れた前方で、王子の護衛をしつつ進む馬上の騎士の背中を睨んだ。


「あの人、確かにめちゃくちゃ強いし、仕事もできるのは認めるけど……何考えてるかわかんないんだよな。全然笑わないし、自分のことほとんど何にも話さないし」


 リシェルは唇を噛み締めた。

 本当のことを言えたらどんなにいいだろう。

 エリックは自分を守るために、ロビンのしたことをみんなに伏せている。その結果、ザックスは彼に対して不信感を持ってしまった。同じ思いの団員は他にもいるはずだ。

 エリックへの申し訳なさで一杯になる。


「……あいつ、出身はどこなんだ?」


 不意にパリスが口を開いた。彼は日頃、他の団員にまるで関心がない。ロビンの話も聞き流しているだけだったのに、そんな質問が飛び出して、リシェルは少し驚いた。


「エリックさんすか? 確かカロンだって昔聞いた気がしますけど……」


 答えるザックスも怪訝そうだ。


「カロン……」


 背後にいるパリスの表情は見えないが、声には妙に真剣さがあり、ただの興味本意からの問いではなさそうだ。


「誰か、あいつと同郷の奴いないのか?」


「いませんよ。カロンは6年前の国王軍と反乱軍の衝突で、住民も巻き込まれて、生き残ってる人間がほぼいないらしいですから。まあ、住民っていっても、ほとんどが反乱軍に加担してたって話だけど」


 無関係だった大勢の村人を区別することなく、奴らはすべてを焼き尽くした――

 ザックスの説明は、昨夜のエリックの言葉とは違っていた。

 一体どちらが真実なのか。


「でも、そうか……カロン出身ってことは、エリックさん、子供の時にあの争いに巻き込まれて、親を亡くしたり、ひどい目にあったりしたのかもな……それでちょっと性格暗くなったのかも……」


 何やらザックスは勝手に想像して頷いている。

 パリスはそれ以上は何も言わず、黙ってしまった。


(パリスなら――)


 カロンでの争いについて――シグルトが何をしたのかについても、知っているのではないか。

 この任務が終わり、王都に帰る前に、話を聞かなければならない。

 何を信じるべきか――それを判断するには、自分はあまりにも過去を知らなさすぎる。


「あ、見えた。あれが領主の街だ!」


 ダートンが声を上げた。

 進む道の先、はるか前方に、小さく街が見えた。街の中、丘の上に立つ一際大きな屋敷――あれが領主の館だろう。

 目的地に着いたのだ。

 リシェルの肩に自然と力が入る。

 いつまでもぼんやりしてはいられない。

 いよいよ、盗賊団討伐なのだ。









「盗賊団が……現れなくなったぁ?」


 アンテスタ領主の言葉に、クライルは間の抜けた声を出した。

 街に着いて、クライル、エリックを含む側近数名、パリスとリシェルは、領主の館へと向かった。

 そこで領主から、この近辺を荒らす盗賊団についての情報を得て、討伐の作戦を立てる予定だったのだが――人の良さそうな中年の領主の話は、予想外のものだった。


「はい。盗賊どもは連日、行商人の荷馬車を襲ったり、近隣の集落を荒らしたりしていたのですが……ここ5日程、姿を現さなくなったのです」


「ふーん……」


 領主の説明にクライルは、一瞬考えた後、ぱちんと両手を打ち合わせた。


「わかった! きっとそいつら、今までの悪行を悔いて、盗賊やめたんだよ。きっとそうだ! ということで任務終了~。王都に帰ろ~!」


 クライルの嬉々とした言葉に、領主は焦って言った。


「お、お待ちください! そうではないらしいのです!」


「急に盗賊をやめるなんて、そんなわけないでしょう」


 主の無責任な発言にエリックも呆れ顔だ。領主が話を続ける。


「実は昨日、人相の割れている盗賊の一人を、街で捕らえたのです。その者が言うには、突然現れた巨大な魔物がアジトを襲い、仲間のほとんどが殺された……と」


「魔物? この辺りは大人しい魔物ばかりで、人を襲うようなのがいるとは聞いたことがないですが?」


 エリックが言うと、領主は首を傾げた。


「はい……私も半信半疑ではあるのですが……なんでも、狼やら蛇やらさそりやら……いろんな生き物がでたらめにくっついたような、気味の悪い魔物だったそうで……」


「……それ、自然の魔物じゃないな。どっかのとち狂った魔道士が作った合成獣キメラが逃げ出したのか……」


 パリスが反応する。


(魔物……)


 リシェルはそれがどういうものか知ってはいても、その姿を実際に想像することができなかった。

 シグルトに引き取られた後、王都から一歩も出たことがないリシェルは、魔物を見たことがない。王都には強力な結界が張ってあり、魔物が入ってくることがないからだ。

 魔物が普通の獣と違うのは、魔力を持っているという点だ。魔道士が魔法を使うのと同じように、口から炎を吐いたり、人間の心を惑わしたりする力を持つ。また、魔物の中には人間以上の知能を有するものもいるという。

 皆が真剣な中、この場で最も重い責任を負う立場の王子は、軽い調子で言った。


「ま、何にしても、盗賊団はいなくなったわけでしょ? じゃあもう王都に帰ろ」


「そんな! もし本当にそんな魔物がいるのなら、この街にも危険が及ぶかもしれません! どうかお助け下さい!」


「いや、お助け下さいって言われてもさぁ。魔物退治なんかしたことないし~」


 必死の形相で懇願してくる領主に対し、クライルは露骨に面倒そうな顔を見せる。


「王子、魔物退治はともかく、我々の任務が盗賊団討伐である以上、盗賊団が本当に壊滅したのかは、調べる必要があります。まだ帰れませんよ」


 エリックがやる気のない王子を諫め、領主に尋ねる。


「その捕らえた盗賊に、アジトまで案内させることはできますか?」


「はい。アジトはここから東にある森林の奥にあるようです」


「え~、調べに行って魔物に襲われたらどうするのさ? 盗賊討伐のつもりで来たから、対魔物向けの装備なんて、ほとんど持ってきてないでしょ?」


 クライルが口を尖らせる。あくまでも王都に帰りたいようだ。


「行かなければ調べられないでしょう。魔物が出る可能性も考慮して、調査隊を編成しましょう。となると、もう少し魔道士の人手がいるか……」


 エリックはリシェルとパリスを見やる。

 本来なら、導師の弟子が二人もいれば、かなりの戦力であるはずだ。だが、実際にはパリスはともかく、リシェルはまったく役に立たない。魔道士の頭数に入らないのだ。

 リシェルは申し訳なさに身を縮ませた。

 パリスが口を開く。


「僕一人いれば大丈夫だ、と言いたいところだけど、相手が合成獣キメラならどういう能力があるかわからないからな。正直、もう一人くらい魔道士が欲しい」


 本当は、どんな魔物が出ても、自分一人で倒す自信がパリスにはあった。だが、自分が戦っている間に、もしまたリシェルを狙われたら、さすがに守りきれないかもしれない。さらに王子であるクライルの身の安全にも配慮するとなると……そこそこ腕の立つ魔道士の援護が必要だ。


「この街に魔道士は?」


 エリックが尋ね、領主が答える。


「常駐している魔道士が4人ほどいますが……」


「田舎の下級魔道士なんて、ただの足手まといだよ。いない方がまし」


 パリスはあっさり却下した。この辺りは人を襲う魔物が出ない。おそらく彼らに実戦経験はほとんどないだろう。そもそも盗賊団を討ち取れず、のさばらせていたのだ。実力はたかが知れている。


「仕方ない。時間はかかるけど、法院に連絡して、魔道士を寄越してもら――」


「その必要はないわよ!」


 突然、パリスの言葉を遮って、女の声が響いた。同時に、部屋の扉がばたんっと激しく開く。

 そこに立っていたのは、黒いローブをまとった、一人の若い女だった。

 夕焼けの空のような赤黄色の長い髪を後ろでひとつに束ねている。同じ色の瞳を持つ目はややつり上がり気味で、そのはきはきとした声音と同様に、彼女の気の強さを感じさせた。

 女はにこやかに両手を広げて、続けた。


「ラティール騎士団のみなさ~ん! 導師ガーム・ベリデルが一番弟子、この天才美人魔道士ディナ・ベリデルが助っ人に来ましたよ~」


 突如現れた珍客に、皆呆気にとられ、場が一瞬静まり返る。

 ガーム導師の弟子、ディナ。

 リシェルはずっと会いたかった人物の登場に、彼女をまじまじと見つめた。


(この人が……アーシェの友達だった、ディナ……)



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