エピローグ 英雄達の宴①……霧隠才蔵

「おい、何してるんだ?」


 戦いの後、俺はモードレッドを抱いたまま砂塵と共に消えた。

 ……いや、そう見せかけるために近くにあった穴に飛び込んだだけだ。

 案の定、佐助にはすぐに見つかった。


「いやこの娘、何か恥ずかしいって……」


 俺の腕の中で顔を埋めたまま、彼女は動こうとはしない。

 おかげで俺も動けない。

 まあ、もう少しこのままで居てやろう。


「ま、何はともあれご苦労さん」


 ニタニタ嗤いながらの労いの言葉。心が込もってない。


「そうだな。おかげで俺たちゃ今日から無職だ」


 十蔵も合流した。そして聞き捨てならない事を言った。無職?


「幸村様からのお達しだ。俺たちゃ出奔しろってさ」


 成る程。たしかにそうだ。


「まあ、今更この娘を連れて甲斐に帰る訳にはいかんな」


 和睦が成ったからには、当然ブリテン側からモードレッドの引き渡し要求が出る。 そうなれば武田家としては引き渡すか、再び戦争かの二択しかない。

 御舘様がどうするかは明白。さっさと引き渡して越後との決戦に備える筈だ。

 ならばどうするか?

 うむ、流石は幸村様。

 先手を打って、モードレッドを連れて逃げる事を許可してくれたのだ。


「出奔?まざが、ボグのだめにがえるどころをうじなっだのが?」


 ようやく顔を上げたモードレッド。

 不味った。今の英語で話していた。

 というか、酷い顔をしているな。涙と一緒に鼻水が出てる。


「顔を拭け。折角の綺麗な顔が台無しだぞ」


 懐から紙を出して拭いてやる。ある程度拭き終わったところでモードレッドは鼻をチンとかんだ。はしたない。


「気にするな嬢ちゃん。どうせ”ついで”だ」


「どういう事だ佐助?」


「もう一つ指令。フランスのお偉いさんと繋ぎを付けとけってさ」


「む、御舘様は越後を挟み討つ積もりか?」


「その通り!」


「となると……」


「私の出番ね!」


 絶好のタイミングでミレディーが現れた。

 この女、さては高見から見物してたな。


「船は用意出来たのか?」


「当然!それと、その娘の亡命手配も済ませてるわ」


 仕事が早いな。


「後、お望みならフランスのお偉いさんに取り次いでもあげるわよ」


「そりゃ有り難い。で、その条件は?」


「追加料金!」


「安くしといてくれ。こちとら無職だ……」


 気持ちが良いほど、欲の皮が突っ張った女だな。


「さて、俺たちはおまえをフランスへ連れて行こうと思う。おまえはどう思う?」


 小さい子供を相手にするように、まだ涙ぐんでいるモードレッドに聞いた。


「フランス……」


 まだ少し迷いがあるようだ。


「あ、そうだ嬢ちゃん。ガウェインから伝言を預かってた!」


「兄上から?」


 あいつが佐助に伝言?


「”あばよ、兄弟”だってさ!」


 モードレッドは一瞬キョトンとして。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーん!」


 小さい子供のように泣き出した。

 それは、決別の涙だった。


「何はともあれ、さて行くか!」


 泣きじゃくるモードレッドを抱えたまま、穴から出る。

 ふと、雲の間から日の光が俺たちを照らした。

 空は、晴れ渡っていた。

 

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