第6章 デーモンズブリゲード③……モードレッド

 地獄があった。

 ボクが作った地獄。

 このボク、モードレッドの地獄だ。

 何人死んだ?

 百か、千か、万か?

 ああ、ボクはもう戻れない。

 吸血鬼の換言に乗って我が血を捧げて悪魔に墜ちたボクに、帰る場所など無い。

 でも……。


「ああ、待たせたな……」


 迎えが来た。

 薄れゆく意識の中でも、この声だけははっきりと聞こえた。

 ”何で来た?”という思いと”来てくれた!”という思いが同時に出た。

 言葉は出ない。

 ただ、ただ涙だけが出た。

 ああ、何でなんでなんでなんでなんでなんでああ、ありがとう。

 でも、でもでもでも、逃げて。

 吸血鬼は、もうあの悪夢の時の吸血鬼ではない。

 ボクには分かる。

 あれは、地獄の王だ。

 ぼくの血で成った。

 完全に力を取り戻したあの男に、人の身で敵う筈はない。

 だから、逃げて欲しい。

 サイゾーには、生きて欲しい。

 でも、あいつはそんなボクの気持ちなんかお構いなしだった。


「さて、モードレッドを返してもらうぞ」


 ボクの身は良い。どうせ助からない。


「モードレッド?貴様、まだそんな事を言っているのか?」


 吸血鬼が嗤う。何が可笑しい……。


「あそこにいる女の事か?それなら見当違いだ!」


 ボクを指して吸血鬼は言う。まさか……。


「あの女はモードレッドなどと虚構の存在ではない」


 待て、待て待て待てそれは!


「あの女は!」


「クイーン・エリザベス一世……」


 その名は、才蔵の口から出た。

 それは、ボクの前世の名。

 イングランドの女王。

 国のために生き、国のために死んだ鉄の女。

 知っていたんだ……。


「ほう、知っていたか?ではそれ故の執着か?」


「彼女に拘る理由は前に言っただろう。それよりその問いを貴様にも返そう。何故彼女に拘る!」


 才蔵も、どうしてそんな事を聞くんだろう?


「分からぬか?それは……」


 吸血鬼が最高の喜悦の貌を見せた。


「それは、あの女が最高に”佳い女”だからだ!」


 何を言っている……?


「そうか、分かった……」


 才蔵も、何が分かったというんだ?


「ふふ、所詮我らは同じ穴の狢……」


「ならば狭い穴の中、蠱毒となって殺し合おう!」


 両者の殺気が膨れあがる。

 いよいよ、戦いの始まり。


「そうだな……。だが、少し足らぬとは思わぬか?」


 吸血鬼が、狂気の張り付いた貌で笑顔を見せる。


「何が足らぬ……」


「地獄の、毒虫どもだよ!」


 言った吸血鬼の周りに、更なる亡者悪魔どもが湧き上がる。

 数百か数千か、もう数も数えられない。


「さあサイゾー。貴様も見せろ、貴様の地獄を!」


 ゆらゆらと、歌うように言う。


「俺は見せたぞ、俺の地獄を!」


 呼び出された亡者、悪魔共が一斉にサイゾーの元に向かう。

 もう、彼を守る者は誰も居ない。


「逃げ……」


 やっと出た言葉はそれだけ。

 でも、サイゾーは瞑目して動かない。

 何か、ぶつぶつと呪文のようなものを呟く。

 ただ、それだけ……。

 だけど、それだけで!


「ああ、俺も見せよう……」


 呪文を唱え終わり、見開いたサイゾーの眼にも狂気があった。


「俺の地獄を!」


 その瞬間、地獄に、地獄が重なった。

 知らなかった。

 才蔵もまた、人では無かった……。




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