第6章 デーモンズブリゲード②……霧隠才蔵
「征くぞ!」
「応!」
気合い一閃。俺とガウェインは、背中を合わせたまま風車のように回転して、周りを囲む亡者共を斬り刻んだ。
それは死の旋風。
周囲の亡者は一瞬にして一掃された。
「敵はどれくらいだ!」
「およそ十万!」
落ち着いたところで、見て取れる敵の数を言った。絶望的な数だ。
「俺たちだけだと突破は無理だぞ!」
「俺たちだけならな!」
ニヤリと笑ってやった。
あれ?
みたらこいつも笑ってやがった?
一瞬俺が怪訝そうな顔をしたら、同時にこいつも怪訝そうな顔をしていた。
「まあ良い。突破するぞ!」
「そうだな。まずは……」
眼前に地獄の軍団が迫る。
率いるは地獄の番犬ケルベロス。
数千のヘルハウンドを従え、三首の巨獣が牙を剥く。
俺もガウェインも覚悟を決め、剣を構えた時。
「天龍護念!」
「アロンダイト!」
その時、氷雪の龍が、眼前に迫るケルベロスを周囲のヘルハウンドごと弾け飛ばした!!
来たな。”俺たち”以外が!
「胸に抱くは三途の河の渡し賃!地獄を前に恐れ無し!我こそは日ノ本一の兵、真田源次郎幸村……」
「姿を現わせ黙示録の四騎士!円卓最強、湖のランスロット……」
「「ここに見参ッッ!!」」
二人同時に現れた。
成る程、そういう事か」
俺とガウェインは二人で顔を見合わせ、揃ってからからと笑った。
お互い、頼もしい仲間を持ったものだ。
「才蔵!」
「ハッ!」
「六文銭の使い時は今ぞ!」
「承知ッッ!」
幸村様の檄が飛ぶ。
「ガウェイン!」
「応っ!」
「出来るか!」
「あたぼうよ!」
ランスロットもガウェインも、何をとは言わなかった。
此処まで来れば、やることは一つだ。
「ならば此処は我らに任せろ!」
吹き飛んだケルベロスが起き上がる。
その周囲に、またヘルハウンドが集まっていた。
「征くぞッッ!」
「応ッッ!!」
幸村様とランスロットが疾る!
ヘルハウンドを蹴散らし、ケルベロスに肉薄!
その牙を、その爪を、それぞれ斬り落とす!
無双の勇士ふたりには、容易い相手であったようだ。
「おい、サイゾー!」
「何だ?」
珍しくガウェインの神妙な顔をしていた。
「憶えていろ……」
「ん?」
「ウィリアム・マーシャルという名を……」
誰の名、とは言わなかった。
だが、何故か気恥ずかしさを感じる微笑を浮かべていた。
〈ああ、そういう事か……〉
ガウェインに転生する前の、この男の真の名なのだ。
確か12世紀イングランドの英雄。卑賤の身から摂政にまで成り上がった英国史上最強の騎士。
成る程、誰も知らぬロビンフッドを動かせる訳だ。この二人、同時代人だから生前に顔見知りだったのだろう。
「そうか、ならば……」
俺も、生前の名を告げた。
忍びが名を明かすのは、死する時か、心底惚れた相手のみ。
今はさて、どっちかな?
「心残りはないな!」
「そんなもの、生涯持ち合わせてねぇよ!」
軽口が気持ち良い。
「ではッッ!」
「突撃ッッ!」
揃って駆ける。
ヘルハウンドの陣を斬って開き、第2陣に迫る。
2陣を率いるは逞しく顎髭豊かな人型の悪魔バールゼフォン。地獄の衛兵隊長。
従うは長い爪と牙、蝙蝠の翼と長い尻尾を持つマレブランケおよそ一万。
”邪悪な尾”を意味する地獄の獄卒どもだ。
「突破するぞ!」
二人して、剣を、刀を、振りかざす。
だが!
「待てぇぇぇいッッ!!」
羅漢が二人、俺たちを飛び越えてバールゼフォン軍に襲いかかった。
「誰だ!」
ガウェインの誰何の声。
「掛ってこい悪魔共!」
二人は周囲のマレブランケを払いながら、バールゼフォンに打掛る。
「出羽にその人ありと言われた豪傑!」
「三好清海入道!」
「三好伊三入道!」
「「我らふたり、友を導く道と成らんッッ!!」」
二人の金棒で、バールゼフォンを押さえつけた。
だが、流石に多勢に無勢。
一気に周囲を囲まれて危機となる。
「後れを取るな!ユーウェインッッ!」
その時、三好兄弟を囲むマレブランケ達の半数を巨大な槍が吹き飛ばした。
「全て潰せ!パーシヴァルッッ!」
続いて、金色の獅子が残り半分を引き裂いた。
「よく来た!ユーウェイン、パーシヴァル!」
騎士が二人、三好兄弟に加勢する。
「ここは我らに任せて!」
「先に征けッッ!!」
その言葉に押されるように俺たちはまた駆けだした。
だが、その俺たち目掛けてまたもう一隊、迫り来る!
「ベルゼブブ騎士団長、エウリノームだな……」
それは、空から来た。
大勢の巨大な蠅に乗った騎士。
そしてその先頭には、巨大な歯、山羊のような角と顎髭、長い鉤鼻と鋭い爪を持つ悪魔の騎士。
あれが、エウリノームとその配下の蠅騎士団か!
「ガウェイン、おまえ飛べるか?」
「飛べるかッ!」
期待せずに聞いた。
しかし、飛び道具で仕留めるにしても、手持ちの手裏剣では数が足りんな。
「考えていても仕方がない。ここは……」
「「我らに任されよ!!」」
突然、背後から鎖鎌と蛇腹剣が伸びて空中の蠅騎士を斬り裂いた。
「鎌之助!」
「トリスタン!」
俺とガウェインの、仲間を呼ぶ声が重なった。
「止まるな才蔵!お主が進む道、我が切り開く!」
「迷いを捨てたかガウェイン!ならば進め、その背は我が守り抜く!」
次々に蠅を落としながら、俺たちの前に進み出た由利鎌之助とトリスタン。
だが長いといっても所詮は鎖と剣。
一際巨大な蠅騎士が、遙か天空の彼方から左右それぞれの手に投げ槍を構え、ふたりを狙う。
「上だ!ふたりと……」
―――バァァァンッッ!!―――
言い終わらぬ間に、蠅騎士の両眼が弾けて消えた。
「心配は無用!」
「仲間を信じろ!」
遠くに、遙か遠くにそれはいた。
「十蔵……」
あいつは傷付いた腕で、煙がゆらぐ長鉄砲を構えて微笑んでいた。
「ロビン・フッド……」
そいつも傷ついた足を添え木で支えて、長弓を構え微笑んでいた。
「サイゾー、突破するぞ」
「ああ……」
減らせた蠅騎士の数はまだ僅か。
だが、俺たち二人に迷いはない。
突っ切る形で駆け出した俺たちに、蠅騎士の軍団が一斉に襲いかかった。
気にしない。無視する。何故なら……。
「アニキィィィィィィィーーーーーーーッッ!!」
巨大な竜巻が、蠅騎士の大群を吹き散らした。
「来たか!兄弟!」
ガウェインの弟ガレス。土中から地面を突き破っての大登場。
話には聞いていたが、凄まじい竜巻だった。
この竜巻が続く限り、蠅騎士どもはこちらには近づけない。
それを解ってか、敵将エウリノームが直々にガレスに向かった。
一瞬、ガウェインの足が止まる。
「構うなアニキィ!アイツが……」
そう、アイツがいた。
エウリノームの更に上。凧に乗って飛んでいる。
「こっちだよ!間抜け!」
猿飛佐助。
凧から飛び、悪魔騎士の脳天に忍者刀を突き立てる。
悪魔は断末魔と共に地に墜ち、忍びはふわりと降り立った。
「風をありがとよ、ガレス!」
佐助の言に、少年が照れくさそうに鼻の下を拭った。
「さて……」
佐助が、はち切れるほどに空気を吸った。
「聞け、勇士よ!」
「聞け、騎士よ!」
日本語と英語。戦場全てに響き渡る声で、それぞれ続けて言う。
「いま此処に地獄あり!されど此処に勇士あり!」
「地獄はあれど、聖なる騎士に恐れ無し!」
「ただ、仲間のため!」
「ただ、友のため!」
「その刃を振るえ!」
「その背を預けよ!」
「友を信じよ!強敵を信じよ!」
「正義を信じよ!勝利を信じよ!」
「命を掛けて!」
「ただ、戦え!」
―――オオオオォォォォォォーーーーーッッッ!!!―――
この戦場いる全ての漢たちが、天高く雄叫びを上げた。
此処にいるすべてのいくさ人が、俺たちの背を押す。
怖いものなどない。
ふたりは駆ける。
亡者を斬り、獣を斬り、悪魔を斬り、ただただ進む。
そして吸血鬼の目前まで迫る。
ただ、ひとつの障害を除いて……。
「ドラゴンか……」
吸血鬼を守る最後の兵は、塔の如き巨大な黒龍だった。
翼を広げ、四肢で大地を掴み、憎悪の瞳で睨んで牙を剥く。
流石の俺も、ドラゴンと戦った経験はない。
「いや、あれは悪魔だ……」
ガウェンが剣を構えて進み出る。
「七つの大罪。憤怒を司る悪魔。悪竜アラストール……」
「ガウェイン、おまえ……」
此処まで来れば、手は一つ。
「俺がやる!テメェは隙を見て奴の所に行け!」
鉄の覚悟を感じた。
「ああ、分かった……」
少しかがんで、足にバネを溜める。
「なら……」
一呼吸置いて。
「征けぇぇぇぇぇーーーーーッッ!!」
一気に翔ぶ。
ドラゴンが俺を引き裂かんと右足を振りかぶる。
だが、振り下ろされる前に……。
---ガゴギュアァァァァーーーーッッ!!---
竜が悲鳴を上げた。
その右目を、ガウェインが斬り裂いたのである。
そのまま奴は脳天に剣を突き立てるも、竜に振り払われる。
そこから先はどうなったかは分からない。
俺はその時、既にそこには居なかったからだ。
「待ちかねたぞ、サイゾー……」
奴はいた。もう何も障害は無い。
吸血鬼。
串刺し公。
ドラキュラ。
ドラクル。
ワラキア公。
そして……。
「ああ、待たせたな……」
この地獄の主ヴラドは、俺を待っていた。
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