第5章 戦国と幻想の決戦⑤……モードレッド

 いくさの喧噪が、ボクの躰と心を揺さぶる。

 血と火薬の匂い。

 鬨の声と剣戟の響き。

 肌を叩く爆風。

 煌めく刃。

 そして鉄と砂の味。

 五感全てが、いくさ場の中に居る事を教えていた。

 だけどボクは、それを何か遠くの世界の事のように感じていた。

 後ろ手に縛られたまま、大柄な騎士に押さえつけられている。もう五日も寝ていない。拷問に等しい仕打ちを受け、意識は朦朧としていた。

 そんな中、ボクの瞳はただひとつの姿だけを追う。

 霧隠才蔵。

 また一人、また一人と騎士を斬り倒し、少しずつこちらに向かっていた。

「逃げ……て……」

 譫言のように繰り返し言う。

もう、自分のことなどどうでもいい。ただ、彼に生きて欲しかった。

 彼が一歩進むごとに、彼に群がる騎士の数は増えていった。

 もう、百人ぐらいの騎士が彼を囲んでいる。


 それでも、前後左右全ての騎士を斬り倒しながら、彼は止まらなかった。


「駄目だ、逃げ……」

 でももう限界だ。兄ガウェインが追い付いた。

 兄の斬撃を受けきれず、彼は周りの騎士ごと吹き飛ばされた。

 即座に跳ね起きるが、防戦一方なのは変わらない。


 それでも一歩たりとも退かない。


「誰でもいい。彼を、サイゾーを助け……」


 神に祈った。

 悪魔にも願った。

 もし今サイゾーを助ける者がいたなら、ボクは何にでもすがり、どんなものでも差しだそう。


〈欲しいか……〉


 声が聞こえた。悪魔の声だ。

 知っている。この声を知っている。


〈捧げよ……〉


 恐怖に凍えた。

 間違いなく悪魔のささやき。

 あの、吸血鬼の声だ。


〈あの男の存命を欲するなら、その身すべてを捧げよ……〉


 絶対に応えてはならぬ声。

 何より恐怖で声どころか、息すら吐けないでいた。

 でも、その恐怖を上回る恐怖がボクを襲った。


「駄目、サイ!?」


 才蔵の動きが止まったのだ。斬り掛る途中で、時が止まったかのような硬直。


「マーリンか!?」


 憎悪の眼で後ろを見る。

 そこには、輝く杖を掲げる宮廷魔術師の姿。

 金縛りの魔術。

 剣による戦いの最中、魔術で割り込んだのだ。

 視線を返せば、一瞬兄の剣が止まっていた。

 だけど、それも一瞬。

 無情にも剣は振り下ろされ、無防備なサイゾーを襲う。


〈だめ、だめ、だめ、だめ、だめぇぇぇぇ!!〉


 声にならぬ声。

 届かぬ思い。

 だけど、ボクの口からは言葉が出た。


「捧げ……」


 その瞬間、ボクの全身から血が吹き出した。

 眼から口から、毛穴という毛穴から。

 流れた血は、たちまち形を作り、立ち上がる。


「ヴラド……」


 その吸血鬼は、ボクを押さえつける騎士を吹き飛ばしながら、ボクの首元に噛み付いた。


「才蔵……」


 最後までサイゾーの姿を瞳に映しながら、ボクはその牙を受け入れる。

 その姿は、吸血鬼の約束通り、生を留めていた。

 だが代わりに、その周囲には死が溢れていた。

 兄の剣が完全に振り下ろされる前に、幾千幾万の亡者が湧き出て、その刃を止めたのだ。

 この瞬間、確かに才蔵の命は助かった。

 ああ、だけど……。


「ハーハッハッハーーーーーーッッ!!」


 吸血鬼の喜悦と共に、死が、地獄が、この世に湧き出した……。




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