第5章 戦国と幻想の決戦⑥……筧十蔵

 それは、刹那の閃光。

 御舘様の刃が、聖王の喉元を切り裂いていた。

 アーサー王の剣は、確かに御舘様の肩口を捉えていた。

 だが、その刃は虎の肉を裂くことなく止められ、換わって虎の横薙ぎが聖王の喉を裂いたのだ。


〈不動明王……〉


 それは、武田徳栄軒信玄と不離一体の守護神。五大明王の中心たる不動明王の力を受けた防御の法。

 己を如何なる刀剣矢弾すら受け付けぬ金剛不壊の法体と化す業。

 無敵となった御舘様には、伝説の聖剣すら傷つけることは能わなかった。

 剣を受けきった後の反撃の一撃。

 しかし。


〈血が……〉


 出なかった。

 確かに斬り裂いた筈の首から、血が流れ出なかったのだ。

 いやそれどころか、その裂かれた傷が見る間に塞がっていく。


「貴公に無敵の鎧があらば、我には不死の鞘があり!」


 アーサー王が腰に提げた鞘が、淡い輝きを放っていた。

 あれが、伝説に詠われるエクスカリバーの鞘。

 アーサー王の傷病一切を瞬時に癒し、一滴の血も損なわぬ絶対治癒の神具。

 伝説では盗賊に奪われたが、此処では失うことなくその手に留めていたか!


「なる程、その鞘の力か……」


 虎は不敵に嗤う。

 その瞳には、欲の色が浮いていた。


〈奪う気か、あの鞘を?〉


 どこまでも強欲。

 されど、その欲が兵を将を民草までも導く。

 欲とは、生の羅針盤なのだ。

 故に俺は銃を構える。


 狙うは鞘の留め金。


 再び御舘様と斬り合うアーサー王の隙を待ち、火蓋を切る。


〈今!〉


 絶好の瞬間。

 だが、引き金を引く寸前に……。


「王よ!」


「お待ちを!」

 二つの影が割って入り、虎と聖王の刃を止めた。


「ベディヴィエール!」


「何事か、勘助!」


 御舘様の刀を山本勘助が、アーサー王の剣をベディヴィエールとかいう騎士が、それぞれ押し止めていた。


「御舘様!我らの左翼、敵の右翼と共に吹き飛びましたぞ!」


 とんでもない事を言った。そしてベディヴィエールも同じ事をアーサー王に伝えている。

 見れば、確かに左方の両軍が壊滅していた。

 そしてその代わり、異形の軍が両中央軍を攻めていた。

 屍人、亡者、魔獣、悪魔。

 化け物としか言えない者どもの百鬼夜行。

信じ難いが、現実に今、魔物の軍勢にて人が死に続けていた。


「デーモンズ・ブリゲード……」


 アーサー王が小さく呟いた。


「アーサー王よ、あれが何かご存じなのか!」


 聞き逃さなかった俺が、自ら進み出て問うた。

 一瞬、勘助が咎めようとするが、御舘様がそれを制した。


「我が魔術師マーリンが予知した悪魔の軍団。復活した不死の王が”地獄”そのものを召還し、現世に留める冥府の邪法。だが、貴様らはあれを呼び出すために我が円卓のモードレッド卿を誑かしたのではないのか!」


 とんだ誤解だ!


「我らはあんな物の為にモードレッドを救い出した訳ではない!」


 あえて救い出したと言ってやった。


「王よ、今はそのような事を言い争っている場合ではございません!あれをご覧下さい!!」


 ベディヴィエールが空を指す。


「なんだ、あれは……」


 日食。

 いや、黒く巨大な何かが、太陽を覆っていた。


「月か……」


 あれが月だというのか?

 アーサー王の呟きに我が耳を疑いながら、目を凝らしてその黒い何かを見る。


「確かに、月だ……」


 その表面には、確かにうっすらと月の模様が浮き出ていた。


「さて、どうする聖王……」


 御舘様が、剣を構えて言う。すかさず勘助がそれを英語に訳した。


「このまま続けるか。それとも……」


「……」


 アーサー王は答えない。

 暫し瞑目し、そして……。


「和を請おう……」


 賢明なる選択をした。

 当然だ。

 このまま戦い続ければ、共に魔軍に喰われ壊滅する。

 いや、数の上からすると武田軍にはまだ手はある。

 加えてここはブリテン。

 最悪、ブリテン軍を囮に撤退し、諏訪湖を封鎖すればそれで事は足りる。

 撤退が許されないブリテン軍と比べると、圧倒的に有利だった。


「承知!」


 その上で、御舘様は和睦を受け入れた。


「感謝する!」


 聖王は剣を眼前で構えて言った。敬意を表す騎士の礼だ。


「礼は無用。和睦の条件も後だ。今は、化け物退治こそ簡要!」


 御舘様が、左手を上げた。


「分っている。ベディヴィエール!」


 アーサー王も同じく左手を上げた。

 同時に、勘助が法螺貝を、ベディヴィエールがラッパを吹き鳴らした。

 程なく、混乱していた両軍が、陣形を立て直し始める。

 ブリテン軍を右翼、武田軍を左翼として、魔軍と相対し始めたのだ。


「シンゲン。我は陣に戻る。そなたはどうする」


「このまま軍を押し進めるのみ!」


「されど奴らは不死の軍団。例え一時押し返しても、やがてじり貧となるぞ!」


「何、所詮は魑魅魍魎」


 甲斐の虎が、ニヤリと笑う。


「人の”勇士”に倒される運命よ!」


 ちらりと、俺の方を見た。


「成る程、心当たりがあるのだな」


 今度は、聖剣の聖王がちらりとベディヴィエールの方を見た。


「奇遇だな。我もそうだ!」


 聖王も、ニヤリと笑った。


「ならば、後は和睦の席で!」


「さらば聖王!」


「さらば虎よ!」


 聖王は去った。


「さて、十蔵……」


 御舘様から直接声がかかる。


「征って来い!」


 下知が下された。


「承知!」


 間髪入れずに駆け出す。

 ここからは真田十勇士おれたちの舞台だ!




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