第5章 戦国と幻想の決戦④……筧十蔵

「別働隊により我が軍優勢。しかし、まだ攻め切れておりませんな……」


 山本勘助の言う通り、圧倒的優勢の割には、ブリテン軍によく持ちこたえられている。この俺、筧十蔵にもそう見える。


「奴らの軍師は?」


「恐らく宮廷魔術師マーリンかと」


「何者か?」


「まだ、正体は分りませぬな」


 こちらの計画が狂ったのは、全てマーリンの読みによるもの。

 それが”星読み”なのか”予測”なのか判然としないが、何れにしろ名のある偉人が転生した要注意人物であることは変わりない。


「お待ちください、御舘様!」


 御舘様と轡を並べて進んでいた勘助が、突如前に乗り出しその進行を妨げた。


「如何した?」


「中央が騒がしゅうございます。ここは一端馬廻衆をお戻し下さい」


 馬廻衆とは大将の馬の廻りを守る、つまりは親衛隊の事である。

 最精鋭である彼らだが、今は攻めきることが肝要な為に前線に投入している。

 その為、警護の兵は僅か。


「いや……」


 御舘様が制する勘助を退ける。


「もう、遅いようだぞ……」


 言ったそのすぐ後に、中央が吹き飛ぶように破られ、騎士の一団がこちらに向かってきた。


「御舘様、お退きを!」


 勘助が焦って言う。突破した敵の数も少ないが、今はこちらも危うい。


「待て、勘助。あれを見よ」


 指さす先。突撃してくる騎士達の先頭。

 そこには、王冠の付いた兜が見えた。


「御舘様。あれこそアーサー王にございまする!」


 鉄砲を用意しながら俺が答えた。

 しかし信じられん。王みずから決死隊だと!

 だが好都合。今ここで撃ち殺す。


「おまかせを!」


 素早く玉込めした銃を構え、目配せ。御舘様の頷きを確認し、引き金を引く。


―――ドオォォォン!!―――


 狙い違わず飛び出した弾丸。だがそれは、アーサー王の輝く剣によって一振りで”蒸発”させられた。

 なんだありゃ?ビームサーベルか?

 輝く剣を手に、御舘様に迫る。

 守らねば、と思い動こうとする俺を、御舘様が自ら止めた。

 交差する両君主。

 アーサー王が振るう光の剣を、なんと御舘様は軍配で受けた。

 弾丸を蒸発させるほどの聖剣。だが、受けた軍配は傷ひとつで弾き返した。


「貴公がこの軍の主だな。我こそはブリテンの王アーサー。そなたも名乗られよ!」


 御舘様が俺に目配せを送る。


「アーサー王は御舘様の名を問うております!」


「ならば十蔵、奴に我こそ甲斐の虎、武田信玄であることを伝えよ」


 言われたとおりを英語に訳す。


「名乗り、感謝する。ならばまず、我が領土を侵せし理由を問おう!」


 ここに来て大義名分か。少々呆れたが、さりとて勝手に答えるわけにはいかない。

 御舘様にそのまま伝えた。


「貴軍が我が領土に侵攻する兆しを見せたからだ。よって先手を取らせてもらった」


 このまま俺は、二人の会話を訳し続けた。


「どこにそんな証がある!」


「勘助!」


「はっ!」


 山本勘助が、烏の死体を投げ見せた。


「これが何だと言うのだ?」


 当然だ。俺にも分らない。


「マーリンに聞け!」


 勘助の言に、アーサー王は成る程という顔をした。


「それは我が宮廷魔術師が失礼した。されど我が王国に侵略の意志はなし。それでも尚、敵すると言うのなら……」


 光の剣を青眼に構えた。


「是非もなし!」


 剣から光の粒子が激しく噴出した。

 あの美しい剣が、かの有名なエクスカリバーなのだろう。

 いや、見とれている場合ではない。

 御舘様をお助けせねば。


「皆の者、下がっておれ」


 そんな俺たちを制して、御舘様が前に出た。


「御舘様、危のうございます!」


「心配ない勘助。寧ろ良い機会だ……」


 軍配を捨て、愛刀”和泉守兼定”を抜いた。


「この西の天下、如何ほどの物か見極めさせてもらおう!」


 同じく、青眼に構えた。




 戦いは御舘様の先制で開始された。


「疾きこと風の如く……」


 疾風が駆ける。


〈軽功……いや、縮地法か!〉


 中華の仙人が使う移動法。一瞬にして空間を縮めたかのような速さで動く業。

 それは、時間そのものの加速。甲斐の虎は、ただ一人別の時間軸を疾る。


「疾い!」


 伝説のアーサー王が、防戦一方となる速度。しかし、良く守る!


「そこだ!」


 直感だけで音速の刃を捌き切った聖王が、動きを見切り反撃した。


「徐かなること林の如く……」


 されど甲斐の虎。聖剣の一撃を”透けて”流す。

 そのまま世界に熔けるようにして虎が消える。


〈静慮か!〉


 禅僧が目指す悟りの境地。厳しい修行の果てに、無念無想すら越えて世界と同化するまでに至る仏道修行の到達点。

 そんな聖者の境地を、欲まみれの御舘様が自在に使う。


「隠れるか、卑怯者め!」


 聖王の悪態が虚しく響く。卑劣の固まりみたいな御舘様に言っても効果はない。


「貴様が魔の業と使うなら、我は己が運命を神に委ねるのみだ……」


 アーサー王が剣を眼前で構えたまま、微動だにしなくなった。

 時が凍り付いたかのような静寂。だがそれは、聖王によって突如破られる。


「アレルヤッッ!」


 神への賛美の言葉。その叫びと共に、背後を斬り付ける。


「あれが”啓示”か!」


 五感でもない。直感でもない。ただ神への祈りが、真実の声となって信者の心に響き渡るのである。

 要するに、神様の告げ口だ。


「侵掠すること火の如く!」


 果してそこに虎はいた。だが虎は、火炎を伴う猛烈な一撃で聖王の剣を弾き返す。


〈騰虵か!〉


 陰陽道における十二天将。炎を纏いし飛翔の蛇神。その力を借りて行う火炎の法。

 これも、武将である御舘様が本来持ちうる力ではない。


「小癪な!」


 弾かれたアーサー王。しかし、怯むことなく更なる輝きを纏った聖剣で打ち返す。

 火炎の猛撃と聖剣の閃光が、天と地を響かせて激しく打ち合う。


「!?」 


御舘様の刃が、僅かな隙を見せた。

 アーサー王がすかさずその隙を突く。御舘様の刀は大きく弾かれ、胴体ががら空きになる。


「止めだ!!」


 聖王の剣が迫る。慌てて銃を構えるが間に合わない。


「御舘様ぁぁぁッッ!!」


 何一つ聖王の剣を止める手が無く、悲哀の叫びが虚しく響く中……。


「動かざる事、山の如し……」


 虎が、ぽつりと呟いた……。



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