第5章 戦国と幻想の決戦②……筧十蔵

「なんとか間に合ったようだな……」


 この俺、筧十蔵が信玄公に拝謁したときには、既に戦さ準備は始まっていた。

 そして俺の知らせを受けた信玄公は即座に決意。急ぎ、全軍に出陣を命じた。

 だが、急な出陣。全力で急いだが、あと半日遅れれば湖を占拠されていただろう。

 才蔵の時間稼ぎが功を奏したな。

 でもあいつ、俺がいなきゃガウェインに殺られてただろうに、大丈夫なのか?

 ともあれここからはいくさ人の時間。

 戦国最強と称される武田軍の実力、しかと見せてもらおう。

 信玄公のすぐ傍で……。


「十蔵、才蔵は首尾良く離脱したか?」


「は、こちらの出現と同時に姿を消しましてございます」


「うむ、此度奴は一番手柄となるやもしれん。生き延びて欲しいものよ」


「御意!」


 信玄公の馬廻り。

 生きた心地しねえ……。

 才蔵からの知らせを伝達したあと俺は、ブリテンの内情をよく知る事と目の良さを買われ、そのまま信玄公の傍に侍る事を命じられたのだ。


「十蔵、敵の数、判るか?」


「は、 向かって右に騎兵1千に弓兵3千。左に騎兵1千と歩兵1千に弓兵3千。後方、本陣と思われる所に騎兵7百に弓兵2千。総勢、1万2千弱かと!」


「ふむ、こちらは8千。ちと苦しいか……」


 こちらの陣容は……。

 

 先手   初鹿野忠次 兵3百

 右翼二陣 両角虎光  兵1千4百

 右翼三陣 内藤昌秀  兵1千2百

 左翼二陣 秋山信友  兵1千4百

 左翼三陣 武田信繁  兵1千3百

 本陣   武田信玄 兵1千5百

その他  遊勢後詰め 兵9百

 

 陣形 鶴翼


 数的不利な状態で、包囲戦前提の陣を敷く理由が俺には解からねえ。


「さてどう出ると思う、勘助」


 傍に控えていたもう一人の男に、信玄公が問いかけた。

 隻眼破足、異様な風体の男。

 軍師山本勘助晴幸である。


「は、奴らならまずは矢戦の後、騎馬による槍突撃が常道かと思います」


「防げるか?」


「左右の二陣だけでは防げませんな」


「ではどうする?」


「その為の三陣でござる!」


 淀みなく答える隻眼の軍師。明らかにおかしい。

 この男、恐らく俺たちと同じ転生人。あり得ぬほど万般の知識を修めている。それから見るに、史実上存在のあやふやな山本勘助晴幸という幻の軍師を幻想人と判じ、現代人をその中身に当てはめたのだ。

 危険だ。武田信玄ほどの名将を動かせる立場の人物に、後世の歴史軍略に通じた男を組み込めば、どのような野心を持って波乱を巻き起こすか分ったものではない。

 だが、俺はその事を御舘様に忠告する立場にはない。そして何より、この世界により口にすら出せぬ制約を受けている。

 難儀なものだ。ミザリィーはこの辺どうやって逃れたんだ?

 だがまあ、今この男は味方。

 その鬼謀を存分に振るってくれ。


「やつらの弓矢、存外激しいな」


「は、イングランド自慢の長弓隊でござる」


「二陣、少し崩れたぞ」


「では来ますな。西洋騎士お得意の重装騎兵槍突撃!」


 来た。左右同時にランスチャージ。

 両角隊、秋山隊と激突。

 あっさり、両隊の陣を突き破った。


「ここからですぞ」


「うむ。内藤と信繁の手並みを見物するか」


 二陣を突き破ったブリテン騎士隊は、後方の三陣に襲いかかる。

 だが、その騎士達は陣に辿り着く前に次々と討ち取られた。

 わざと通した二陣。二陣と三陣の間にびっしりと配された弓隊。

 全ては誘い込む罠。全滅必至のキルゾーン。

 強力な和弓の狙撃によって、騎士達はその鎧を撃ち抜かれたのである。


「奴らめの弓は曲射。故に射程と速射に優れておりまする。それに対し我が国の弓は直射。射程と速射に劣る代わりに威力は段違いにございまする」


 和弓もやろうと思えば曲射も出来るのだが、邪道だからしないだけだ。

 しかし第一陣の騎士達、ほぼ全滅したようだ。

 二陣の穴もすっかり塞がっており、三陣はほぼ無傷だ。


「十蔵、奴らの二陣は来ぬか?」


 言われて目をこらす。


「いえ、動きはございません……」


「うむ。勘助!」

「は、流石はブリテン。いやイングランド!二度同じ罠に飛び込むほど愚か者ではございませんな」


「ならば、今度はこちらから動くか!」


 言って、信玄公は軍配を振り上げた。

 全軍前進。

 武田軍はブリテン軍に殺到した。


「さて、これで判るか?」


 信玄公も馬を進めながら勘助に問うた。

「軍の采配には必ずそれぞれ色がございまする。その色によってアーサー王の正体、しかとこの勘助が見極めまする」


 正体。つまりアーサー王は誰が転生した姿なのか調べるのか。

 この男、一体何処まで知っているのか?

 御舘様と並んで進むこの男の背中を身ながら、俺はいつかその背中を撃たねばならないかもしれないと考えていた。

 いや、今はそんな事を考えるな。いくさに集中しなければ。


「ん!?」


 見ると、突撃した先手と二陣がおかしい。

 敵に取り付けないでいる。

 どうも斜めに差された杭に邪魔され、移動が鈍ったところ大量の弓矢を浴びせられているようだ。

 不味い!今度はこちらが敵の罠に嵌っている!


「御舘様!!」


 警告の言は、しかし山本勘助に遮られた。


「御舘様、判りましたぞ!」


 その貌には、とんでもないほど邪悪な喜悦が浮かんでいた。


「アーサー王の正体、エドワード3世でござる!」


 エドワード3世。クレシーでフランスの大軍を破った英雄王。本格的な長弓戦術を用いて騎士を中心とする騎兵戦術を完膚無きまでに打ち砕いた戦術の改革者。

 強敵である。

 と、なるとこの弓矢も熟練された戦法。何か手を打たねば殲滅させられるぞ!


「ふむ、貴様が前に言っていた獅子心王ではないのか。残念だな」


 暢気なことを言う。


「御舘様!このままでは両隊が壊滅いたします!何か手を……」


 思わず言ってしまった。この俺は御舘様に直接進言出来る身分にない。


「心配するな……」


 それでも御舘様は答えてくれた。


「手ならほれ、打っておるわ」


 これまた邪悪な笑みを浮かべて、右の木々が生い茂った小山を指さした。

 そこには何も……否!


「春日、飯富、馬場、真田。奴らが率いる別働隊1万2千、既に迂回させておったわ」


 山本勘助が喜悦を漏らしながら言う。


「これが、儂の啄木鳥戦法。必勝の戦術よ!」


 敵左軍に襲いかかる別働隊。

 その中には、我が主たる真田幸村と、仲間の十勇士の姿が見えた。




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