第5章 戦国と幻想の決戦①……霧隠才蔵

 朝日が夜の帷を払って尚、霧の影が世界を覆い隠していた。

 此処は湖水地方までの入り口近く。クロスウェイトの南。

 そこで俺、霧隠才蔵はたった一人で陣を張る。

 いつもの忍び装束ではない。

 黒地の南蛮具足に赤いビロードのマント。兜には中心に梵字で真言を象った輪貫の前立。手には大身槍、腰には愛刀小烏を差して、軍馬に跨る。

 堂々たる騎馬武者の姿だ。

 俺は此処で、ブリテン軍を迎え撃つ。

 無茶で無謀で、馬鹿らしい。だがこうでもしないとあの娘を救えない。

 俺の命など幾らでもくれてやる。安いものだ。

 もちろん勝算はある。その為にこんな格好までして待っているのだ。

 一応背後には陣幕を張り、篝火まで焚いて無視できないようにしている。

 さて、そろそろの筈だが……。


「来たか!」


 楽器の音が聞こえた。行進曲だ。

 続いて馬蹄と軍靴の音。兵のざわめき。棚引く旗の音。

 程なく、ブリテン軍がその陣容を現わした。

 

 左翼、騎兵1千に弓兵3千。

 右翼、騎兵1千と歩兵1千に弓兵3千。

 後方、騎兵7百に弓兵2千。

 総勢、1万1千7百。

 

 間違いない。アーサー王が直々に率いる本軍だ。

 煌びやかな行軍の中、モードレッドは……いた!

 右翼後方。率いるはガウェインの軍。

 やはり、すぐには殺されなかった。ガウェインが庇ったのだ。

 死後、正式な神父の祈りを受けねば天国には行けない。

 キリスト教徒とはそう信じる人々であり、ガウェインが愛する妹には戦場の斬首ではなく、教会での告解を経た安らかな死を望む事は想像に難くなかった。

 だからこそ、彼女の命はこの戦いが終わるまでであり、助け出すにも最後の機会でもあった。


「さて、やるか……」


 ここからは気合いの勝負。ゆっくりと騎馬を進める。

 あちらからはさぞ、異様な騎士に見えるだろう。こちらを認識し、ざわめき出す将兵の声が徐々に大きくなる。


〈頃合いか……〉


 特殊な訓練で身につけた呼吸法で、腹がはち切れんばかりに空気を溜める。


「止まれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーッッ!!」


 天を破る雷鳴が如き大音量で叫ぶ。もちろん英語だ。

 あまりの大声に、ブリテンの全軍が一斉にその動きを止めた。

 成功だ。ならば続いて……。


「我こそは日ノ本にその人ありと呼ばれた大武辺者!一刀流皆伝の霧隠才蔵也!!円卓の騎士達とは無垢なる乙女をめぐり些かの遺恨あり!!」


 ここは一気にまくし立てる。奴らが驚いて止まっている間が勝負だ。


「故に、ガウェイン、ランスロット、トリスタン、パーシヴァル、ユーウェイン、ケイ、ベディヴィア、パロミデス、ボールス、ガレス、ガヘリス、ライオネル、エクター、サグラモール、アイアンサイド、ペレアス……」


 思いつく限りの円卓の名を並べ立てる。


「これら円卓以外も名誉を誇りとする騎士らも含め!」


 もう一度、息を吸い込み。


「モードレッドを賭け、十番勝負を申し入れるッッ!!」


 最大の音量で吐き出した。

 つまり我と思う騎士は十人、勝負するから出てこいと言ったのだ。

 ざわめきが一層大きくなった。


〈さて、ここまでの反応は良いが……〉


 普通なら、相手にしない。こんな事で一々行軍を止めていては、幾らでも時間稼ぎをされて戦争に勝てなくなる。

 だが彼らは円卓の騎士。

 例え中身は史実の名将だろうと、円卓というおとぎ話の殻を被ってしまえば、そのあり方からは逃れられない。

 この俺たち、真田十勇士もそうだからだ。

 だから、作り話のような戦いを差し出された彼らは、作り話の英雄たらんとする業に突き動かされ必ず勝負を受ける。


「どうした!ただのひとりに臆したか、円卓!!」


 最後の一押し。果して彼らは……。


「その勝負、この俺が受けよう!」


 この賭け、俺の勝ちだ。

 進み出てきたのは、真っ赤な鎧を着た騎士。しゃべる言葉に些かの訛りと粗暴さが混じっていた。


「我が名はアイアンサイド。大言を吐くその大口、引き裂いて我が神に捧げてくれようぞ!」


 いきなり、円卓らしからぬ奴が出てきたな。

 何はともあれ、こいつのおかげで策が実った。

 ささやかな感謝の気持ちとして、丁重に葬ってやろう。


「承知!」


 槍を扱いて前に出る。


「ではッッ!」


「勝負ッッ!」


 相手は典型的な重装槍騎兵。槍を抱えて一直線に騎馬突撃。

 単純だが強力な攻撃。

 油断して良い相手ではない。

 だが、その時ふとモードレッドの事が気になった。

 彼女の方を見ると、何か必死に言っているのが見えた。

 たぶん、「逃げて」とかそういうのだろう。

 だから笑いかけてやった。


〈大丈夫、すぐに助ける〉


 声には出さず、口の動きだけでそう言ってみせた。


「貴様、どこを見ている!」

 アイアンサイドとかいう騎士の怒声。

 ああ、そういえば勝負の途中だったな。

 視線はそのまま、ただ槍だけを振るう。

 奴の槍は約2メートル。小脇に抱えるから、射程は実質1.5メートル。

 こちらの大身槍は3メートル。石突きの方を握れば腕の分だけ射程は更に伸びる。

 だから、ただ振るうだけで勝てる。

 兜も鎧も問題じゃない。斬鉄破岩の術は心得ている。

 たとえばこの場合、振り下ろした槍を直前で急停止させるだけで良い。

 そうすれば……。


―――バンッッ!!―――


「ば、馬鹿な、はや……」


 そこまで言って、アイアンサイドとかいう騎士は事切れた。

 槍は見事に兜を割って、頭蓋を斬り裂いていた。

 一刀流秘技”拂捨刀”。

 運動中の物体を急停止させると、本来より短い距離で一挙に運動エネルギーを消化しようとして逆に急加速する。

 徐々に使われるはずのエネルギーが一瞬で解放されるのだ。

 アイアンサイドとかいう騎士は、異様な加速をする槍を前に避ける間もなく頭を砕かれた。

 どさりと、奴の躰が崩れ落ちる。

「次……」

 低い声で言った。恐怖を煽るように……。

 




 あれから数時間。

 名乗り出る騎士を9人まで討ち果たしていた。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 既に槍は折れ、兜は弾け飛び、鎧は所々壊れ血に染まっている。

 馬もない。槍が折れた時点で徒となり、剣による勝負に切り替えていた。

 流石にガウェインやランスロット等、有名な騎士は出てこない。

 当然だ。いま彼らは軍指揮官として多くの兵を預かる身。馬の骨相手に指揮権を放り出してまで一騎打ちに興じるなど出来るはずもない。

 だが、それもこれまで。


「太陽の騎士ガウェイン!!」


 否が応でも引きずり出す。ご指名だよお兄さん!


「最後のひとり、誰よりも遺恨のある貴公を望む!」


 時は正午前。ガウェインの力が最大となる時間。しかも俺は相次ぐ連戦で疲労困憊。そんな中、ただ一人名指しされて出なければそれこそ騎士の名折れ。

 名誉を何よりも重んじる円卓の騎士ならば、受けずにはおられまい。

 案の定、右翼が大きく騒ぎ出していた。

 程なく、ここ数日ですっかり見慣れた顔が進み出る。


「よくぞお受けされた。感謝する!」


「言葉はいらねぇ。茶番もだ!!」


 右翼大将ガウェイン。指揮権を誰かに委譲してのお出ましか。

 中身がどこの誰かは知らぬが、この男、相当に熱い!

 敵味方でなければ、酒でも酌み交わし夜通し語り合いたい。そんな男だ。

 だが、モードレッドを助ける為ならばどうしても越えねばならぬ壁だ。


「ならば剣で語り合おう。存分にな!」


「抜かせぇッッ!!」


 互いに剣をかち合わせる。


「いざ尋常に!!」


「勝負ッッ!!」


 殺し合いが始まった。



「燃えろぉ!!」


 開幕、ガウェインは力を全開にする。

 文字通り炎の連檄が俺を襲う。

 前回勝てなかった戦い。だが前と違うのは、今はこちらも鎧を着ていること。

 出来うる限り剣で受け流しつつ、流しきれないものは鎧で受ける。

 ただし、一撃受けるごとにその部位の鎧が吹き飛んでいるので、同じ場所では二度と受けられない。

 一撃ごとに、俺は追い詰められていく。だが、負ける気はしない。優位なはずのガウェインの剣には、焦燥と苦悩がにじみ出ていたからだ。


〈ガウェイン、貴様は何をそんなに苦しいのだ?〉


 斬り返しの一刀に思いを込める。


(貴様に解るものか!)


 返す剣に、そんな思いが乗っていた。


〈ならば問う。貴様は本当にモードレッドを死なせたいのか!〉


 思いは、刀に力を与える。


(死なせたい訳ないだろッッ!)


 怒りは、剣に熱を与える。


〈生きて欲しいならモードレッドは俺に任せろ!必ず助けてみせる!〉


(信じられるか!)


〈何故だ?〉


(それはおまえが異教徒だからだ!神の御心に背くことになる!地獄に堕ちる!)


〈それがあの娘のためだ!〉


(なに!?)


〈地獄なら俺も堕ちる!死して尚あの娘を守れる!永遠にな!!〉


(なん……だと!?)


 俺の刀が、ガウェインの剣を大きく弾く。


「必ず守る!!」


 最高のタイミングでの袈裟懸け。躱せるものではない。


 だが……。


「駄目なんだよぉ!!」


 涙が混じったかのような叫びと共に、ガウェインを中心に爆発が起こった。

 最高の一撃は弾かれ、俺は大きく吹き飛ばされた。


「ぐ、はぁ……」


 全身が痛む。所々に感覚がない。

 見れば太陽は中天にあり、ガウェインの力が最大となった瞬間であった。


「無理なんだよ……」


 ガウェインが、ゆっくりと歩いてくる。


「俺にも勝てないテメェの力じゃ、どうやっても出来ないんだよ……」


 悲しそうに、そして残酷に。俺に剣を突きつけて言う。


「テメェの、負け……」


「いや、俺の勝ちだ!」


 俺は嗤う。改心の笑み。


「なっ!?」


 俺と奴の間に、一発の銃弾が飛んできた。

 思わず飛び退くガウェイン。

 その隙に、おれは陣幕を張っていた綱に手裏剣を投げて解き放つ。

 視界が開け、湖側の道が露わになる。

 嘶く軍馬。煌めく槍。そしてはためくは孫子の旗。


―――疾如風 徐如林 侵掠如火 不動如山―――

 

 率いるは甲斐の虎、武田信玄。

 連なるは日ノ本にその名を馳せし二十四将。

 戦国最強、武田軍が参陣した!!



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