第4章 森の守護者⑥……霧隠才蔵

 死の覚悟は、人を死人と成す。

 死人に迷いはない。だからこそ、死人は己が身を捨てて死中に活を見出せる。


「サイゾー。テメェ、無駄な足掻きを……」


 足掻きではない。一刀流極意、白刃止めである。

 剣が振り下ろされて勢いを付ける前に拳を握った両腕を×の字に掲げ、頑丈な籠手でその刃を受けて止める。無手の極意だ。

 本当はこのまま腕を捻るって剣を奪うのだが、ガウェインの膂力が相手だとそうはいかない。

 但馬のとっつあんなら自慢の無刀取りで易々とやってのけるかもしないが、俺はまだそこまでの境地に達してはいない。

 腕を熱に焼かれながら、徐々に押し込められていく。

 このままだとじり貧。しかし、反撃の糸口はない。

 ついに膝を突く。

 だが、ここからがいくさの本分。

 鉢金を付けた額を剣に当て、そのまま頭も加えて剣を押し返す。

 押し切る前に鉢金が割れると死ぬ。

 押し切れなくても死ぬ。

 分の悪い賭け。だが、死人には関係がない。

 徐々に押し返す。

 この力比べ、勝機はある。

 だが、決着が着く前に・・・。


「ガウェイン、モードレッドは取り返した!戻るぞ!」


 突然の声に、二人同時に気が逸れる。

 見れば、白金の騎士がモードレッドとガレスを抱えて馬で駆け抜けていった。


「モード……」


「野郎!!」


 次の一手は、ガウェインの方が速かった。

 無防備の腹に、蹴りが飛んできたのだ。


「ぐっ!」


 咄嗟に腹筋を固めて防いだが、その勢いまでは殺せなかった。

 森の中を吹き飛び、木に激突する。


「ぶふぉッッ!!」


 背中を強く打ち付け、体内の空気が弾き出される。

 何とか気絶せずに済ませたが、追撃を受ければ一溜まりもない。


「待てコラァ!」


 ガウェインは来ない。

 代わりに、口笛で馬を呼んで先程の騎士を追っていった。


「完敗だ……」


 暫く動けない。

 動けなければ彼女を取り戻せない。

 どうしようも無い。

 今は……。


「才蔵、無事か?」


 程なく、佐助が駆けつけてきた。


「遅いぞ」


「お互い様だろうが」


 お互い、減らず口を叩く。まだ、闘志が残っている証拠だ。


「奴らは?」


「ノッティンガム方面」


「追うか?」


「無理だ。今の俺たちにガウェインは討てん」


 万全の状態の俺が、夜に殺す覚悟で挑んでなんとかといったところだ。


「夜まで待つか?」


「いや、恐らくは……」


「才蔵!」


 今度は十蔵。馬に乗ってミザリィーと二人で来た。

 乗っている馬が違うが、恐らくモードレッドが乗っていた馬だ。


「モードレッドは、連れてかれたのか?」


「ああ、ついさっきな」


「追わねぇのか?」


「……」


 判断するにも情報が足らない。だが、予想通りなら……。


「駄目よ。死にに行くようなものよ!」


 ミザリィーが口を挟む。いつになく、真剣な目だ。


「モードレッドからの命を掛けた伝言よ。ブリテン軍はすぐそこまで来ている。疾く軍を展開すべしとね」


「!?」


 予想が当たった。しかし何故奴らはこんなに速く?


「どうもマーリンの星読みによるものらしいわね。それが証拠に先程駆けていった白金の騎士はランスロット。フランスとの和睦前から軍を戻し始めていて、彼らはその更に先駆けのようね」


 解を得た。ならば手はある。


「佐助、これより先は戦さだ」


 忍びとしての頭は佐助。隠密中は奴の判断が優先される。

 だが、戦さとなれば話は別。戦場において最もいくさ人に近しいのはこの俺だ。

 その気になれば、俺は数千の軍すら動かせる自信はある。


「だから、ここから先は俺が決めるぞ!」


「わーった。で、どうすんだ?」


 ふざけた返事だが、これで正式に指揮権を受け取った。


「佐助、おまえは幸村様にブリテン軍が迫っている事を急ぎ知らせろ」


「おう、任せろ!」


「十蔵、おまえは御舘様だ。幸村様から預かった御免状を使って直接伝えろ」


「そいつは下手を打てば打ち首だな。だが分った」


「それとミザリィーだが……」


「あら、私はあなたの部下じゃないわよ?」


「解っている。だが、頼みがある」


 悔しいが、これはミザリィーしか頼めない。


「船を用意してくれ。それとモードレッドのフランスへの亡命手配」


「彼女は、貴方たちの国へ連れてくんじゃなかったの?」


「戦いの趨勢によっては、それも出来なくなる」


 正直言うと、俺はあまり信玄公を信用していない。無垢な小娘なんぞいくらでも道具として使い捨てる極悪人だ、あれは。


「ふ~ん。でもそれは私の任務の範囲を超えてるわね。何か他に見返りがあるの?」


「金!」


 ストレートに言う。俺たちは諜報のため、多額の甲州金を渡され、隠している。


「いかほど?」


 手元にあった、少し大きめの石を持ち上げて見せる。


「乗ったわ」


 これで全ての指示は終わった。


「で、おまえはどうすんだ?」


 佐助の問いに、俺は嗤ってみせる。


「奴らを足止めする」


「軍を?どうやってだ?」


 問いには答えず、吹き飛ばされた刀を拾って掲げた。


「これだよ!」


 戦うという意味だ。


「おまえは馬鹿か?」


「いや、考えた末だ。奴らの最大の弱点を突くのさ!」


 自信はある。

 だが、馬鹿だというのは否定出来ないな。




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