第4章 森の守護者⑤……モードレッド
凍てつく風が、痛みを与え熱を奪っていく。
ボクはミザリィーただ一人を連れ、騎馬で森を駆ける。
足止めに残った三人の事は心配しない。信じているから。
それより、今は自分とミザリィーの身を守ることが何より大切。
それが、彼らの信頼に応える事だから。
「来たわよ、モードレッド!」
「ああ、分ってる!」
ミザリィーの呼び声に、自信を持って答える。やや前方、その左右の茂みに十数名の弓兵の気配を感じた。
「突っ切るぞ!」
「ええ!」
熟練の弓兵とて、騎馬で駆ける相手に矢を当てる事は容易ではない。
だが、それでも何本かは当たる。
「ミザリィー、大丈夫……」
襲い来る矢を払いのけながら彼女の案じて振り返るが、当の本人は二本のナイフで矢を軽く切り払っていた。
「やるな!」
「このくらい、淑女の嗜みよぉ!」
妖艶に微笑む美女から、何故か血と硝煙の臭いを感じた。
「よし、ならば行くぞ!」
気を取り直し、出口を目指す。この森を突破すれば、おそらく追手は完全に振り切れる。
その後も、散発的に降りかかる矢を払いながら、順調に馬で駆けた。
「見えたわ。出口ね!」
森の切れ目。光差す大地が見えた。
「まて、あれは……?」
その出口に、騎士が一騎立ちはだかっていた。
足の先から頭の天辺まで、全身を覆う白金の板金鎧。
何者か判らないが、ここは押し通らせてもらう。
「そこの騎士、不作法で悪いが!」
挨拶も無しにクラレントの一撃を放つ。
牽制で放った一撃だが、並の騎士なら軽く吹き飛ばすことが出来る。
こう見えてもボクは、円卓の中でも屈指の実力があると自負している。
「ここは退け!!」
ボクの警告に、白金の騎士は剣を抜いて応えた。
刹那、地の津波は凍り付き、砕けた。
「な!?」
氷の剣。まさか!?
「美しく育ったな。モードレッド……」
聞き覚えのある優しい声。
だが、彼がここに居るはずはない。
だが……。
「まさか、貴公は……」
馬を急停止させ、その姿をじっと見る。
「何、あの男は……」
並んで止まったミザリィーが、怯えが混じった声で問う。
「これは失礼した、マドモアゼル。ご婦人の前でこの兜は無粋でしたね」
言って、兜を脱いだ。流暢なフランス語だった。
鎧と同じくプラチナブロンドの長く美しい髪に、輝く碧眼。鼻筋は通り、掘りは浅からず深からず、それでいて涼しげな目元。
この世の美を集めて形にしたかのような美青年。
此処に居るはずもない、だが確かに此処に居る男。
「ラ、ランスロット卿……」
フランス侵攻の先鋒にして要。
湖の精霊に愛されし、円卓最強の騎士。
ランスロット、その人に間違いなかった。
「あれが、湖のランスロットなの……」
ミザリィーが怯えるのも無理はない。
フランス人でありながらその忠誠をブリテンのアーサー王に捧げ、対フランスにおいても多大な戦果をあげた厄災に等しき男だ。
「ミザリィー、彼はボクが相手をする。君は彼に隙が出来れば……」
隙を作れるのかという迷いは、必死で押し殺す。
「逃げろ!」
敵わぬまでも、逃がしてみせる。
「分ったわ。でもあなたは……?」
「心配ない。ボクとて円卓の騎士だ!」
そして自らも逃げ切ってみせる。
「槍はない。降りて戦おう!」
騎士の習いとして、馬上は槍で戦うものだ。先に自ら降りて、剣での決闘を促す。
「いや、その前に聞きたい……」
馬上のまま、穏やかに問いかけてきた。今降りれば、決闘を承諾したことになる。
「君は、天に召されることを選んだんじゃないかい?」
微笑すら浮かべながら、残酷なことを言う。何故死なないのかと言っているのだ。
「自殺と変わらぬ死などに、救いなどない!」
ボクはサイゾーによって救われた。
これこそ、神が哀れな子羊に使わした天の救いだ。
だから、最後まで救われてみせる!
「悪魔にでも唆されたのかい?」
「何とでも言え!ボクの意志は変わらぬ!」
問答は無用。ただ、剣によって応えるのみ。
「仕方ないね。それじゃあ……」
馬から降りる。決闘は、承諾された。
「君の剣に聞くしかないね」
流麗な所作で、決闘の礼をして剣を構える。
氷の剣アロンダイト。
湖の乙女から授かったとされるその氷刃は、触れるもの全てを凍らせ、砕く。
凍えるほど冷たい闘気が、その剣から放たれた。
「正式な決闘の礼、感謝する!」
こちらも決闘の礼を取る。
こうして相対して、最強と呼ばれるランスロットの力を嫌でも感じる。
巨大な雪山を思わせる闘気が、否応なくボクを威圧する。
攻め手が見つからない……。
「いざ!!」
ボクの迷いを突くように、ランスロットが先手を切った。
「くっ!!」
雪崩を思わせるボクを襲う。
一撃々々が速く、重く、鋭い。
剣で受けるだけで精一杯。反撃など思う間さえない。
「あなたは、何故いま此処にいる!?」
それでもなんとか口だけ出す。逃げるにしても、そもそも何故フランス遠征中だったランスロットが此処まで退き戻っているか解き明かさねばならない。
「星さ……」
その一言で全て解った。マーリンの星占いだ。
サイゾー達、いやその背後のシンゲンとかいう将の動きに感付いたマーリンが、ガウェイン兄さんに続いてランスロット卿もブリテンに戻したのだ。
となると、軍も和睦に先立ち戻しているはずだ。
もたもたしていると、湖水地方に逃げ込むどころかサイゾー達の故国まで攻め込まれる事になる。
そんな事はさせない。
命を掛けてでも此処を切り抜け、必ずこの事をサイゾー達に知らせねばならない。
だが、反撃の機は……。
「きゃあ!?」
その時、ミザリィーが小さな悲鳴を上げた。
思わず、そちらに注意が逸れる。
森の弓兵に掴まれたミザリィーが、ナイフでそれらを斬り払っていた。
どうやら彼女は心配なかった。だが、斬り合いの最中注意を逸らしたボクのミスは致命的だった。
次の瞬間、必殺の一撃が飛んでくる。
筈だった……。
「こら、その美しいご婦人を手荒に扱うんじゃない!」
ボク以上に気が逸れた男がいた。
今にも駆けだして行きそうな気配すら発して、円卓最強の騎士が弓兵達を制止していた。
何はともあれこの好機、逃すボクではない!
「クレラントッッ!!」
ありったけの力を愛剣に込める。掲げられた剣が、輝きを増す。
「いっけーーー!」
一気に振り下ろす。
あっさり避けられ、剣の刃が大地に深く突き刺さる。
だが、これで良い。
「砕けぇぇーーーッッ!!」
大地を砕き、天に吹き上げながら刃を斬り上げる。
踏みしめる大地を砕かれ、体勢を崩された相手は、そのまま飛礫に撃たれながら下から切り裂かれる。
かつて、聖ジョージがアスカロンと共に得意としたと伝えられるこの業。
ランスロットと言えど、防ぎきれるものではない!
だが、甘かった……。
「まさか、そんな……」
吹き上がった地面は半分。
もう半分は、突き立てられたアロンダイトによって堅く凍り付けにされていた。
「ボクの足まで……」
そしてその氷は、ボクの足まで続いていた。
「勝負あったね」
勝利の笑みを浮かべるランスロット。
動けぬ足で、あの斬撃を受けきれる筈がない。
だけど、それでも……。
「ミザリィー、サイゾーに伝えろ!」
ランスロットの軽いひと薙ぎで、ボクの剣は弾き飛ばされた。
「ブリテンは軍をすぐそこまで進めている!一刻も早く軍を……」
ランスロットの手がボクの首にかかる。
声が途絶えると共に、頸動脈が押さえられ意識が遠のく。
「備え……」
意識が消ぇ……。
サイゾー……。
ごめ……ん……。
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