第4章 森の守護者④……筧十蔵

 走る!奔る!疾る!

 森の中、美女と美少女を連れて馬で駆ける。

 この俺、筧十蔵は二人の道を切り開くように先を走っていた。

 既に囲まれている。木々の間を、草の後ろを、数十の影が着いてきている。

 盾となるのは速度のみ。少しでも遅れれば即座に襲われる。

 だから駆ける。二人を連れて。


「そろそろ限界か……」


 されどそれも時間の問題。包囲が徐々に狭まってきている。


「十蔵、前ッ!!」


 モードレッドの警告。一瞬で眼前に綱が張られ、俺を馬から振り落とそうとする。


「勘弁しろよ!」


 つい愚痴が出る。面倒は嫌いだ。


―――ドオンッッ!!―――


 銃声一発。

 素早く取り出した短銃で、張られた綱を撃ち切る。

 火縄銃ではない。火打ち石を使った燧石銃。衝撃が強いので狙撃には使えないが、火縄を付ける必要もなく即座に撃てるので緊急時の護身用に便利な銃だ。

 もちろん、単発銃なんで一発ごとに弾を込め直さねぇといかねぇ。


「まだだ十蔵!今度はう……」


 言い終わる前に次の銃で真上に撃つ。頭上から襲いかかって来たフード姿の男がそのまま吹き飛ぶ。


「危な……」


 今度は一斉に十人が襲いかかってきた。


「派手にやるか!」


 バサリと、マントを翻す。内側に貼り付けられた数十丁の短銃が露わになる。

 両手にそれぞれ短銃を掴み、ニヤリと嗤う。


「祭りだ!」


 刹那、十発十中。

 次々に短銃を取り替えながら俺は、十人の刺客を一発も外すことなく撃ち落す。

 尚、撃ち終った短銃は括り付けた紐でマントにぶら下がっている。使い捨てるなんて勿体ねぇことはしない。


「やるな、十蔵!」


「朝飯めぇよ!」


 日本の慣用句だが、通じんかもしれんな。


「ならばボクも!」


 触発されたのか、横に並んだモードレッドが剣を抜いて構えた。


「クラレント!」


 呼びかけに応えるように、モードレッドの剣が振動した。


「いっけぇぇぇーーーーッッ!!」


 馬で走りながら、ポロでボールを打つように剣で地面を弾いた。

 ドドドっという轟音を響かせて、巻き上がる土柱が地面を走る。

 そして前方で待ちかまえる刺客達ごと、張り巡らされたバリケードを吹き飛ばした。


「それがおまえの”精霊の加護”か?」


「そうだ!このクラレントは地を砕きそこに立つ者を撃つ!」


 頼もしいが神様ってのは不平等だな。お気に入りだけにこんな能力をくれやがる。

 大した取り柄もない凡人としては、人知の及ぶ限りで頑張るしかねぇな。


「おしゃべりはそこまで!様子がおかしいわ!」


 ミレディーが鋭く言う。

 周囲を囲む、敵の気配が消えていた。

 追手を振り切った訳ではない。

 追撃は十分に可能だった筈だ。そして何より俺の勘が警鐘を激しく鳴らしていた。

 注意深く周囲を探る。

 風の音、虫の声、木々のざわめき、それらに混ざる異音を探す。


「そこだッッ!!」


 左斜め後ろ。上体はそのまま、右手の銃を左脇下に潜らせて横目に視る。


「!?」


 視界に入ったのは、目前までに迫った矢だった。

 慌てて標的を矢に変えて撃ち落す。


「く、今度はそっちか!?」


 今度は右斜め前。再び迫った矢を撃ち落した。


「クソッタレ!」


 更に今度は真上。銃を持ち替えて撃ち落す。

 仕掛け矢じゃねえ。確実に人間が直接放った矢だ。

 それもひとり。たった一人が瞬時に移動して四方から矢を射かけてやがる!!

 そうか、こいつが……。


「モードレッド!ミザリィー!先に行け!!」


 ロビン・フッド。一手撃ち合っただけでどれだけの難敵か判る。


「手伝うぞ!」


「心配ねぇ、俺には誂え向きの相手だ!一騎打ちと洒落込むぜぇ!」


「……」


 一騎打ちと聞いて、モードレッドは引き下がる。正直俺はそんな殊勝な心がけは持ち合わせてねぇが、お堅い騎士様にはこれがよく効く。

 まあ、そんなんだからこいつの相手は任せられねぇんだけどな。


「大丈夫か?」


「おまえさんは自分事だけ心配しときな」


「分った。行くぞミザリィー!」


 俺が少し速度を緩めると同時に、二人は馬に拍車を掛けて追い抜いていく。


「じゃあ、後はよろしくね!」


 すれ違いざま、ミザリィーが軽くウインクして手を振る。

 お嬢ちゃんをこいつ一人に任せるのは心配だが、今はそれしか手はねぇ。


「じゃあな雌狐。嬢ちゃんを頼むぞ」


 この間、奴は仕掛けてこなかった。俺が一人になるのを待ってやがるんだ。


「さて、ここからは……」


 馬上で一回転し、そのまま鞍の上に直立する。


「獣の世界だなッッ!」


 前と斜め右、ほぼ同時に迫ってきた矢を一度に撃ち落す。

 罠と嘘。騙し騙されの化かし合い。

 狂気と憎悪。善意と正義を嗤う喰らい合い。

 血と肉。血を奪い肉を削る殺し合い。

 唯々、牙と爪のみが支配するクソッタレ共の宴だ。

 だからこうする!


「よっと!」


 後方宙返りで馬から飛び降りる。

 当然空中で無防備になるため、矢が次々に放たれる。

 錐揉み回転しながら、四方から襲いかかる矢を撃ち落す。

 やりながら、点火した火縄のあちこちに放り投げた。


「仕上げだ!」


 地に降りると同時に、馬に取り付けたままの荷物に弾丸を一発。

 同時に、緑のフードを被った男が馬の上を通り過ぎる。


「ビンゴ!」


 刹那、荷物が馬ごと爆発して大量の煙と共に鉄の破片をまき散らした。


「ウグアッッ!」


「よっしゃあッッ!!」


 負傷した敵のうめき声に、思わず喜悦が零れた。

 いけねぇ。轟音と煙が治まる前に、素早く草むらに隠れる。

 身が隠れたところで、背中から火縄銃を取り出し構える。侍筒と呼ばれる大型の小銃だ。命中精度も威力も短銃とは段違いな狙撃向けな銃だ。

 音が消え、煙が晴れる。森が静寂を取り戻す中、そこには誰も居なかった。


〈さて、どこに消えた……〉


 ここからは我慢比べ。狙撃手同士、先に動いた方が負ける。

 音もなく臭いもしない弓弦に比べ、こちらは煙も臭いも出る火縄銃。些か不利だが、手は打ってある。

 森のあちこちから、煙と臭いが立ち上る。先程まき散らした火縄が、場所の特定を防いでいるんだ。

 後は、見つかるより先に見つけるだけ。

 一秒が一分。一分が一時間に引き延ばされるような耐え難い緊張感との鬩ぎ合い。

 五感を研ぎ澄ます。

 視覚は何一つ捉えられなかった。

 聴覚は森のざわめきに遮られた。

 嗅覚は……。


〈そこだ!!〉


 真上!

 先程の馬爆弾によって微かに生じた焼けた肉と血の臭いが、俺に奴の居場所を知らせた。

 ひっくり返って捕捉。そこには、既に弓を構えるフード男。

 相打ち必至。だが、十分な勝算を持って撃ち放つ。


―――ドオォォンッ!―――


 轟音と共に撃ちだされた弾丸は、同時に放たれた矢を弾いて突き進む。

 所詮は弓矢。火薬の爆発によって弾き飛ばした鉛の弾とかち合えばこちらが勝つ。

だが……。


〈!?〉


 弾丸とかち合った筈の矢が、飛ばされることなく突き進んできた。

 よく見れば矢は淡い光を放っており、そしてこちらの弾丸も僅かに射線を逸らされている。

 これが”英雄ロビン・フッド”の”加護”か!

 冗談じゃねぇぞ!!

 70口径はある鉛の弾丸と互角とか、非常識にも程がある!!

 そんな事を考えながら、避ける間もなく左肩を貫かれ、そのまま突き抜けて大地に縫いつけられる。

 弾丸で削ってなお、この威力!

 かち合わせてなかったら、確実に死んでいたぞ……。


「だが、奴は!」


 自分の事ばかり構ってはいられない。放った弾丸の行方。それを見届けねば……。

 当たっていた。

 奴の左腿。辛うじて掠めた弾丸は、その血肉を抉り取っていた。

 そして奴はそのまま吹き飛び、大きな音を立てて地に落ちた。

 お互い、弾と矢で与えあった傷は似たようなものだった。

 勝負としては引き分け。そして……。


「仕事はしたぞ、才蔵……」


 そして俺の勝ちだ。

 奴は足を負傷した。そして空中にいた事が災いして落ちた拍子に激しく躰を打ち付けた筈だ。


「今はもう、追えねぇだろ……」


 急速に、奴の気配が遠ざかっていく。

 ひとまず任務完了。

 大の字に寝転がって、深呼吸する。

 一息ついた。

 これから走って、モードレッドを追わねぇといかねぇ。

 骨が折れるな……。

 そうため息吐いたとき、もと来た方へ走る馬の足音が聞こえた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る