第4章 森の守護者③……霧隠才蔵
「テメェ、俺のモードレッドに何をした」
冷たい声で奴は言った。
太陽の騎士ガウェイン。弟、いや妹を大事に思う気持ちは人一倍強いようだ。
だからこの霧隠才蔵は、この言葉を返してやらんといかんな。
「女にしてやった」
吐いた嘘で、ガウェインの表情がみるみる変わった。
「テメェはッッ!」
剣を振り抜かれ、弾き飛ばされる。
「許さねぇッッ!!」
言って、ガウェインが赤く燃えた。
「燃えろぉ俺様ぁ!もっとだもっとぉッッ!!」
剣を天に掲げて叫び上げる!
「燃え上がれぇぇーーーーーーッッ!!」
掲げた剣が変形し、ガウェインを赤い閃光で包んだ。
「覚悟しろッッ!!」
光の後、全身真っ赤に燃え上がらせて、こちらに剣を真っ直ぐ向けた。
「それが貴様の”精霊の加護”か」
この世界、一部のいくさ人は物理的な効果を伴う諸天神仏の加護を受けている。
かく言う我らが主の信玄公や幸村様も、それはある。
俺たちはそれらを”神様の依怙贔屓”と呼んでやっかんではいるものの、こうして対峙するとやはりその力と迫力に圧倒される。
〈こりゃ、死ぬかもな……〉
だけどここで退いてはいられない。
少しでも俺が引きつけて、時間を稼がねば。
その為に、わざと怒らせたのだから。
「来いよガウェイン。俺たちゃもう兄弟だぞ!」
更に煽ってみる。
「抜かせッッ!」
炎の軌跡を残しながら、ガウェインが剣を薙ぐ。
大振りなその一撃をわざと大きく躱すようにして、ノッティンガム方面へ走る。少しでもモードレッドから引き離さねば。
「逃がすか!!」
目論見通り、ガウェンが追ってくる。
「来いよ、”兄弟”!!」
煽り、斬り合いながら走る。置き去りにした馬車が見えないほどの位置までおびき寄せた。
「これ以上は、行かせんぞ!」
俺の眼前を炎が走る。ガウェインが剣から放ったものだ。ここらが限界か。
急停止した俺は、ゆっくり向き直って剣を下段に構える。
「さて、やるか……」
「観念しろや!」
暫しにらみ合ってからの……。
「ぬんッッ!」
「ハッッ!」
鍔競り!
〈やはり、無理か……〉
単純な膂力では俺はガウェインに及ばない。
まして奴は、加護により力が徐々に上がっている。
今かろうじて耐えられても、次の瞬間叩き潰されてもおかしくはない。
〈ならばここは……〉
絡め手に限る。
力を抜いて剣を受け流すと共に、足下の小石を蹴って目つぶしとした。
瞬き一つの隙で、俺が勝つ。
だが……。
「しゃらくせえッッ!」
瞬きどころか、一切避ける事無くガウェインは剣を振り切った。
「くっ……」
避けきれず左肩を軽く斬られた。傷は浅いが、灼熱の剣に焼かれ傷口が激しく痛んだ。
動きが鈍る。その隙を見逃すガウェインではなかった。
「そら!そら!そら!そらあッッ!!」
左薙ぎ、袈裟斬り、左斬上、刺突、逆風。
一気に攻勢を掛けられ、防戦一方となる。
〈殺られ……〉
何度目かの剣を流したとき、躰が勝手に奥義の構えを取った。
剣は左手で握り、右手は刀身半ばに軽く添えるようにして横薙ぎに構える。
一刀流の極一部の門下にのみ伝えられる秘技。
これなら、ガウェインを斬れる。本能がそう判断した。
だが……。
〈やめろ……〉
本能を押しのけ、心が全細胞を急停止させた。
ふと頭を過ぎったのだ。兄を失ったモードレッドの泣き顔が……。
「何の真似だッッ!」
逡巡に気付いたガウェインが、叱るような口調と共に容赦のない勢いで剣を斬り上げた。
一瞬固まっていた俺は、抗う術なく剣を弾き飛ばされた。今度は糸もない。
徒手空拳。並の兵ならそれでも倒せるが、相手はあのガウェイン。
その戦力差は絶対的なものとなる。
止めとばかりに、ガウェンが大上段に構えた。
装具は何一つ間に合わない。
「どりゃああぁぁーーーーッッ!!」
掛声が放たれたと同時に、俺は死を覚悟した。
覚悟したからこそ、俺は少し嗤った。
それは、自嘲の嗤いだった……。
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