第4章 森の守護者①……霧隠才蔵

「おい、こりゃどういう事だ……」


 珍しく緊張した面持ちで佐助が呟いた。

 夜明け前、早々に宿を引き払った俺たちは、ノッティンガムの北に広がる森の中にいた。

 馬車の御者は十蔵。佐助とミレディが馬で左右を固め、俺は馬車の中でモードレッドを直接守っていた。

 ガウェインの襲撃を十分に警戒しての行軍だったが、森の半ば辺りに来ていつの間にか周囲を囲まれていることに気が付いたのだ。

 手練れの忍び三人が、揃って囲まれるまで気が付かなかった。とても騎士などとう不器用な武人に出来る芸当ではない。

 同業者、それもこの森をよく知る一流の隠密のみに出来る芸当だ。

 騎士三人という組み合わせに油断してしまったという他ない。


「モードレッド、ここいらを縄張りにしてる盗賊とかいるのか?」


「知らぬ。聞いたことがない……」


 長く幽閉されていた彼女が、そんな事を知るはずがないか……。

 そもそも、俺たち真田忍軍の調査網に引っ掛からなかったのだ。それだけで脅威に値する相手と考えて良い。


「なあ、少し聞くが……」


 外から、佐助が話しかけてきた。


「この森って、名前あるか?」


「森の名?たしか……」


 モードレッドが、額に軽く指を当てて考えて、それから……。


「シャーウッドだ」


「!?」


 その名を聞いたとき、全員が戦慄した!


「ぬかった!」


「おい、やべぇだろ!?」


「ここに来て、奴らか……」


 どよめく俺たちに、モードレッドが不思議そうな顔をした。


「おまえ達、何をそんなに……あ!?」


 どうやら彼女も気付いたようだ。


「ロビン・フッド。この時代におけるゲリラ戦のプロね!」


 流石のミレディも堅い口調で呟いた。

 ゲリラ。本来はスペイン語で”小さな戦争”を意味する言葉。奇襲や攪乱を行う遊撃戦としての意味として使われるようになったのは、ナポレオン戦争以後の筈だ。

 この女、やはり……。

 いや、今は余計な詮索をする余裕など無い。


「ここがシャーウッドなら間違いなく奴だ。どうする!」


 佐助に指示を仰ぐ。忍びとしての頭は奴だ。


「正面突破だ。あいつを倒してな!」


 そう言った佐助の視線の先に奴はいた。

 道の真ん中。剣を両手で杖のように立て、不動の姿勢で立ちはだかる。

 朝日を浴び、鎧を存分に輝かせたその男は、紛れもなく太陽の騎士ガウェイン。

 モードレッドの兄にして、円卓最強の一角。

 そしてその後ろには、巨大なドリルのような槍を持った弟ガレスが控えていた。


「才蔵、もう一回闘れるか?」


 先日のようにはいかないのを、百も承知で佐助が言う。あれは実質奇襲だ。

 しかも今は朝だ。これから正午まで奴の力は三倍にまで膨れあがる。


「闘るさ。切り札はまだある」


 強がりではない。死を覚悟すれば勝ち目はあるから。


「なら、俺はガレスを抑える。十蔵はロビンとその一党を攪乱してくれ」


「簡単に言うなよ!」


 と言いつつ、十蔵もやる気だ。


「ボクはどうする?」


「モードレッドちゃんは、ミレディちゃんと一緒に一直線に湖畔地方まで逃げてくれ。突破口は俺らが作る!」


 佐助が馬車の馬を顎で示す。その馬達にはあらかじめ鞍と手綱が取り付けてある。


「良いかい、ここに居ないもう一人の騎士が邪魔をするかもしれんが、相手にしちゃ駄目だぞ!」


 口調は甘いが、目は少しも笑っていない。


「おまえの身の無事が俺たちの最優先事項だ。決して無理はするな」


 俺も念を入れる。


「分った。これでも円卓の一席だ。彼女を守って切り抜けてみせる」

 彼女とはミレディの事だ。敵から逃げるという行為は騎士の信条に合わないからか、女性を守る為という事にして納得したのだろう。


「よろしくね。可愛い騎士さん」


 茶化すな性悪女。


「それじゃあ、行くぞ!」


 佐助の号令の下、全員が戦闘準備を整えた。



「そこの馬車、止まれ!!」


 割れんばかりの大声でガウェインが叫んだ。

 止めるまでもなく、恐れた馬の方が悲鳴を上げて勝手に止まった。


「俺は円卓の騎士ガウェイン。我が弟を拐かした賊を追っている。検める故、身分姓名を明らかにせよ!」


 策も駆け引きもない。ストレートに攻めて来たな。


「こちらはマリ伯爵ご令嬢のマーガレッド様とその一団である。ガウェイン卿、いかな嫌疑を持って我らの道を阻むのか!」


 馬で進み出て、佐助がガウェンと対峙する。ガウェインと面識がないスコットランド貴族の名で牽制した。

 スコットランドはブリテンにより征服された国である。旗下に収ってはいるものの、いつ反乱が起きてもおかしくはない。

 そんな土地の貴族。普通なら火種を恐れて臆するはずだが。


「マリ伯爵のご令嬢が何故、アーサー王ご遠征中の今にノッティンガム領を通るのか!ご令嬢直々に承りたい!」


「な、無礼であるぞガウェン卿!!」


「ここはブリテンである。通達も無しにスコットランドの公人が足を踏み入れて良い土地ではない!」


 こちら負けである。口八丁手八丁が通用する相手では無かったようだ。


「……分かり申した。暫し待たれよ」


 佐助が諦めてこちらに来た。


「手筈は良いか?」


「ああ、今のボクを見れば兄上は必ず怯む。その隙に強行突破だ!」


「大丈夫か?やはり俺が先に出た方が……」


 出来れば俺が突破口を作ってからモードレッドを逃がしたいが、彼女はそれを否定する。


「駄目だ。変装したくらいで手合わせした相手を見間違えるほど兄上は甘くない。おまえを見た瞬間襲ってくるぞ。円卓の騎士とはそういうものだ」


 何かその辺、湖の軟派男が散々やらかしていた気がするが、彼女がそう言うからには信じた方が良さそうだ。


「では……」


 才蔵がガウェインに向き直る。


「ガウェイン卿、マーガレット様が直々にご説明くださる。高貴なるご婦人の前だ、剣を納めよ!」


 交換条件とばかりにガウェインがこちらの納刀要求に従った。


「では、お嬢様。こちらへ……」


 佐助が馬車の扉を開けて、モードレッドの手を取る。

 足からゆっくりと出て少女は兄に向き直った。


「ガウェイン卿……いや兄上……」


 ガウェインの目が、懐疑から驚愕へとその色を変える。


「今のボク、綺麗ですか?」


 スカートの端を軽く掴んで、会釈するようにニコッとモードレッドが微笑んだ。

 ……ガウェイン、完全に固まったようだ。


「あらよっと!」


 その隙に、佐助が煙り玉を叩き付けた。

 黒煙が周囲を遮った刹那、俺は馬車から飛び出て馬の綱を斬った。

 自由になった馬三頭に、俺と十蔵とモードレッドが素早く乗り込む。

 初めから騎乗していた佐助とミレディーと共に、左右に分かれてガウェインがいた場所を通り抜ける。

 ここまでは順調。後は一気に駆け抜けるだけだが。


「ガレス!!」


「承知!!」


 突然の暴風。ガウェン達を中心に、煙が一瞬にして吹き散らされた。


「アニキ、本当にモル兄ぃをやるんだね」


「当たり前だ、男が一度交わした誓いを違えるな!!」


 原理は分らないが、ガレスが持つ螺旋の槍が暴風を巻き起こしたようだ。

 幼い顔をして、相当の実力者だ。


「易々と通してはくれんか!」


「なら、やるこたぁ一つだ!」


 俺の呟きに佐助が応える。それが合図だ。


「後は頼むぞ、十蔵!」


「分ってる。安心して死んでこい!!」


 ガウェンの真横に来たところで、俺は馬から跳ぶ。


「勝負だ!ガウェイン!!」


 一挙に変装をはぎ取り、斬りかかる。


「アニキ!!」


「こっちだ坊主!」


 同時に佐助がガレスに糸を飛ばす。槍に絡みつかせてその動きを止める。

 だが……。


「甘い!」


 槍が猛烈な回転をして、佐助の糸を引き千切った。


「佐助、カマイタチだ!」


「分ってる!」

 暴風の正体が分った。ガレスの槍は刻まれた螺旋に沿って溝が掘ってあり、槍の内部に仕込まれたプロペラによって風を起こし、また吸い上げる。

 驚くべきは、それが真空の刃を巻き起こすほどの強烈な吸引だということだ。

 カラクリが分れば対処法も分る。簡単なことではないが、猿飛佐助という男はそれができる。何故なら馬鹿が付くほどの忍術の天才だからだ。

 だから俺は安心して、俺の仕事を始めよう。


―――キイィィンッッ!!―――


「よくぞ受けたな、ガウェイン!」


「サイゾーとか言ったな、テメェ……」


 剣をかち合わせ、二人の視線が交差する。


「テメェ、俺のモードレッドに何をした……」


 冷たい声で、奴は言った。



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